酔 遊 記

No.16 私の居酒屋五つ☆

しばらくご無沙汰しました。
仕事に熱中していまして、〔酔遊記〕が気になっていたのですが、居酒屋巡りもままならない状況が続いていました。
でも、そうこうするうちに私家版 居酒屋データベースが2012年1月末に300軒を突破しました。居酒屋めぐりを思い立ったのが2009年の7月でしたから、2年半で到達したことになります。知らない土地では頑張って1晩に3軒をハシゴしたりしたこともありますが、それでも我ながらすごいなぁと感心してしまいます。
300軒を30ヵ月で割ると、月に10軒です。このペースで新しい店を巡り歩くというのは、なかなかの努力でした。意志を強く持たなければできなかったでしょう(このエネルギーと意志力を仕事に振り向ければもっと何とかなるはずですが)。
大変だったのは、時間だけではありません。金も結構使いましたし、γ-GTPの値も跳ね上がりました。どうやら少し休養が必要のようです。

せっかくですから、ここで300軒達成記念として「私の居酒屋五つ☆」を発表しておくことにします。
ひとつひとつ解説したいところですが、一行コメントで失礼します。


■東京編
<東京周辺>
 ふくべ(東京駅八重洲口):看板には通人の酒席とあるが、確かにすごい酒揃え。煤けた店内は雰囲気満点。
 やまだや(築地):築地にあってモダンな店構え。しっかりした料理がワインにも合う。
 佃喜知(銀座):銀座のこんなところにこんな店があったのかと思うだろう。ここは酒より料理を楽しんだほうがよい。
 やす幸(銀座):おでん鍋から立ち上がる湯気を前にして座ると、銀座の良さが伝わってくる。安くはないか。
 よし田(銀座):蕎麦屋にしてそのまま居酒屋。銀座の休憩室のような雰囲気。
<品川周辺>
 牧野(京急新馬場):めずらしいのは穴子の刺身と穴子の踊り焼。魚介類が新鮮。
 よし鳥(五反田):こだわりの青森シャモロック。焼くタイミングが良いのでつい酒が。
<渋谷周辺>
 和(なごみ=恵比寿):大人の酒処。お通しから上等。お薦めはいろいろあるが、まずは刺身8種盛りを。
 金田(自由が丘):名店だが品数の多さには目を見張る。せっかくなら1階のカウンターで。
 穂のか(武蔵小山):狭いけれど日本酒が揃っている。是非酒盗の焼味噌をご賞味あれ。
<新宿周辺>
 笹吟(代々木上原):メニューが豊富で、特に野菜料理の多いのが他とは違うところ。日本酒が揃っている。老若男女の万人向き。
 やきとん秋元屋(野方):焼トン店は数々あれど、味、値段、雰囲気はピカイチ。
 伊勢藤(神楽坂):木造の二階家は外も中も文化財的価値がある。やや堅苦しいが、たまにはこういう空気の締まっているところも悪くない。
 蕎楽亭(神楽坂):入りやすい。てんぷら、穴子白焼、出し巻き卵をとって、最後は自慢のざる蕎麦で締め。
 萬屋おかげさん(四谷):予約が取れたらしめたもの。刺身の出し方が凝っている。
<池袋周辺>
 ふじ(池袋):夫婦で営む静かで落ち着いた隠れ家的存在。気さくで酒好きな常連が多い。
 江戸一(大塚):店のシブさがきれいにカッコよく飲みたくさせる。燗酒に合う定番酒肴がどれも安くて美味しい。
 こなから(大塚):〔酔遊記〕No.8をご覧ください。
 齊藤酒場(十条):近くまで行ったら無理しても寄りたいところ。酒場という呼び方がまさにふさわしい。
<上野周辺>
 八幡屋(御徒町):私の中での一押し居酒屋。品数は多くないが、どれも逸品。冬はふぐと白子豆腐。酒は岡山の酒一筋。
 シンスケ(湯島):いわずと知れた老舗居酒屋。一人カウンターに座り鮪のぬたと鰯の岩石揚げを頼む。酒は両関のみ。
 赤津加(秋葉原):ビルの谷間の昭和の居酒屋。店員さんと客の息がぴったり合っている。
 鷹番(小川町):日本酒の店だが、白ビールがめずらしい。料理は何でもOK。馬刺し、クエ鍋がgood。
 鍵屋(鶯谷):古い民家で、中も超レトロなところがいい。燗付器のぬる燗を注文すべし。うなぎのくりから焼き、鶏皮煮が好き。
 志婦"や(浅草):何といっても下町のよさに溢れている。酒の種類は多くないが、新鮮な魚介類が豊富。
 大はし(北千住):都心からはチョッとあるが、並んで待つとしても行ってみる価値がある。煮込みが美味い。大衆性抜群。
 山利喜(森下):下町の名店。新装したが煮込みの味は変わらない。酒肴は和洋折衷型。
 ほそ川(両国):蕎麦屋としてその名を知られているが、酒も肴も凝っている。要予約。

■東京以外の地方は、まだ時間も情報も不十分ですが、これからも出張を活用して励みたいと思っています。
 <旭川>独酌三四郎:煤けた店内と燗をつけるかまど、店構えだけでなく肴も味わいがある。
 <弘前>しまや:津軽の家庭料理ということで訪れたが、女将の話し上手が一番の肴になった。
 <秋田>酒盃:シブい装飾、こだわりの酒と料理。店主のフィロソフィーが伝わってくる。味噌貝焼がお薦め。
 <一関>こまつ:土蔵作りの店内は明るく柔らかな空気。牡蠣・葱料理、てんぷら、そして最後は鴨汁蕎麦。
<仙台>一心:酒は宮城の地酒中心。店も料理も上等だが、高くない。ほや料理が今も忘れられない。
<横浜>武蔵屋:〔酔遊記〕No.7をご覧ください。
<藤沢>久昇:カウンターで一人杯を傾けていると、酒を飲む喜びが湧いてくる。店の人も客も丸く穏やか。
 <岐阜>八十八商店:地元の人に安くて美味しいと教えられて行ったが、その通りだった。最後は鯛めしで。
 <名古屋>大甚本店:名古屋に大甚あり。創業105年の老舗ながら、とても庶民的。ここに居酒屋の原点がある。
 <京都>赤垣屋:酒、味、雰囲気、客、値段、清潔感すべて文句なし。赤ネオンの看板がいい。
<大阪>明治屋:看板、神棚、品書き、酒樽、燗付け器、椅子とテーブル......絵に描いたような居酒屋。
         上かんや:心斎橋筋にあるこざっぱりとした店。燗酒で凝った料理をゆっくりと味わいたい。
     ながほり:居酒屋とはいいがたいハイレベルな店。日本酒が揃っていて、野菜の創作料理がいい。
<長崎>朱欒(ざぼん):〔酔遊記〕No.12をご覧ください。
        安楽子(あらこ):〔酔遊記〕No.13をご覧ください。
    
ここでは立ち飲みを除きました。しかし、立ち飲みにもかねます(勝どき)、大島や(月島)、徳多和良(北千住)、竜馬(新橋)、カド(神楽坂)、富士屋本店ワインバー(渋谷)、角うちいしまる(大宮)といった私の五つ☆があります。いつか別に書いてみたいと思っています。

 

No.15 一見さんはつらいよ?

先日、外出の用事が早く済んだので、せっかくだからちょっと遠くへ足を延ばしてみたいという気になりました。
会社が終わってからですと、山手線より外の地域には、なかなか行けません。会社から小一時間かかるようなところだと、せっかくその居酒屋を目指していっても、到着するのがまさに客足のピークの7時頃になってしまい、満員で断られることがよくあるのです。簡単には出直せないと思うと、回転がよさそうな店のときには、並んでも待つことにしています。1時間近く待ってようやく席に着けたというところもありました。
居酒屋の開店時間は店によって違いますが、5時か、5時半頃には開きますので、6時頃ならば、予約がなくても、大抵はカウンターの席につくことができます。
だから、まだ空いている時間帯に居酒屋に辿り着ける外出先から直帰できる機会は貴重なのです。

私はそんなチャンスにウキウキしていました。国会議事堂前から地下鉄に乗って、渋谷の2つほど先の駅に降り立ちました。
目的の店は駅から五分ほど歩かなければなりません。駅前の商店街は帰宅途中の買い物客で混雑していて思うように進めません。6時に近くなっていて気分は少々焦っていました。地図を片手に夏の西日を浴びながら汗びっしょりになって、ようやく辿り着きました。
店は夏だというのに、扉も窓も開け放ってあります。中を覗くと客は一人もいません。ホッとした気分で暖簾をくぐりました。

主人らしき四十半ばの男性が下を向いて調理をしているらしい姿がカウンター越しに見えます。
「ひとりですが、カウンターに座っていいですか」と尋ねるも、すぐに返事が来ません。考えている様子だったが、ややあって、「今日は予約でいっぱいなんだ。すみません」とぶっきらぼうに言ったかと思うと、すぐにまた下を向いてしまいました。
予約でいっぱいと言ったって、まだ誰もいません。ここで怯んでなるものかと、「遠くから訪ねて来たんです。ちょっとの間でいいから飲ませてください」と懇願しました。冷ややかな沈黙があります。
もう一度、「ふらっと立ち寄ったというんじゃないんです。この店の評判を聞いて、是非一度と思って、電車に三十分乗ってやって来ました」と付け加えました。
このひとことが返って刺激してしまったのかもしれません。
「そういうのがこの頃多いんだよ。雑誌で見たとか、ネットで見つけたとかというやつらには困っちゃうんだ。どうせ一度しか来ないんだから」
怒っているような荒っぽい口調です。
見れば、店員が一人、隅の方でモジモジしています。あァ、これはだめだと思った瞬間、また言葉が返ってきました。
「一時間以内と約束してくれれば。一番奥に座って」
面倒くさそうな声だったが、雲行きは急変しました。この機を逃すまいと、「ありがとうございます」と神妙にして、さっさと席に着きました。

カウンターは6席、小上がりが2つの狭い店です。壁には所狭しと品書きが貼ってあります。少しゴチャゴチャしていますが、掃除が行き届いていて清潔感が漂っています。
カウンターの一段高い場所には焼酎の一升瓶が十本ほど並べられていて、奥の席からは主人の姿が見えません。
若い店員にまずはビールを頼んで、品書きを眺めます。魚介類を中心に、野菜、肉など幅広い料理ですが、焼き鳥、焼き豚の類はありません。品書きから魚へのこだわりが感じられます。ほどよい値段です。
魚の刺身は毎日食べているのでやめておいて、ビールが来たところで"秋田岩がき"を注文。
食べたいものがいろいろあり、かなり迷うが"青森ホヤ"を追加。

岩がきが来ました。実が肥えていて、ねっとりした下触りに思わず「おいしいですねぇ」と言うと、「岩がきは8月も終りじゃぁ、そろそろおしまいだよ」
今度は"ホヤ"が来ました。山葵醤油です。思わず「軟らかくて、味がいい」と言いますと、また、「ホヤももう終りの時期で、美味いのが入ってこないんだけどね」と冷たい響きの声が返ってきた。今頃こんなものを食べて美味いと言ってるようじゃ、おまえはわかってないなと言われているような気がしてしまいます。
こっちは食べたいと思うものを注文しているのだし、しかも品書きにあるのだから、ブツブツ言われる筋合いはありません。しばしの沈黙。

ビールがなくなって、私はようやく声を発しました。
「"加賀鳶"を燗でお願いします」
運ばれてきた酒の燗の具合も丁度良く、料理の盛り付けもぞんざいなところは少しもなく、上等に思えました。
なんだか掟を破るようで少し躊躇われましたが、酒瓶の向こうに思い切って話し掛けてみます。
「どこかで修行されたんですか」
「ほかの店で働いたのは少しだけで、ほとんど独学です。自分で店を始めてから考えて覚えたほうが多いかな」
意外とスラスラした答えが返ってきました。そこから会話が始まりました。
ひとしきり、自分が培ってきた鮮魚や野菜の仕入れの方法について語ってくれました。なんだか段々言葉遣いも丁寧になってきて、打ち解けてきた感じになってきました。

話が一段落したところで、私は席につく直前の会話を蒸し返すように、恐る恐る言ってみました。
「私は、居酒屋歩きを楽しみにしてるんです。近くはないので、これからちょくちょく来るっていうわけにはいかないけれど」
「うちはほとんどが常連さんでねぇ」ぐっと前へ張り出すような声です。常連だって、最初は一見客から始まったに違いないのです。
「私みたいのが突然やって来てしまって、申し訳ないですねぇ」
「最近そういうお客が増えて困ってるんですよ。そういうのに限ってこういう店に来たらマスターと話し込むものだと思い込んでる奴が多いんだ。こっちはお客さんに美味しいものを出してやりたいと思って一生懸命集中しているのにさ、やたら話し掛けてくる」
私に向かって返答しているのか、独り言なのか。私も、下ごしらえをさえぎって話し掛ける、ただの一見の客に過ぎません。
「でも、こうして知らない居酒屋を巡礼すると、何かを発見することがあって楽しいんです」
「こっちの商売にはちっとも嬉しくない。だから最近は、取材は断っているんです」
そういいながら、見れば小上がりのところの柱に雑誌の紹介記事がきれいに額に入れて飾ってあるではありませんか。

そんなとき、二人連れの客が入ってきました。話のやり取りから常連客であることがすぐにわかりました。
主人の声色も微妙に変わりました。
「今日は米沢牛のいいのが入っています。たたきか、ステーキで召し上がりませんか」と勧めます。
会話はそこで途切れてしまいました。私はすっかり常連客の話を聞く立場に変わりました。

私は、ほろ酔い加減というわけではなかったけれど、約束の時限が来る前に立ち上がりました。勘定を払ってつり銭を受け取るとき、主人がニコッと笑いました。いや、ただの気のせいかもしれません。
私は、陽の落ちた商店街を、人波を避けて駅へ向かいながら呟きました。
『偏屈なオヤジだった。そういえば、独りでやってる居酒屋のオヤジって、変わっているのが多いなぁ』。
でも、客なのにこんなに気を遣って飲ませていただいたのは初めてです。一見はつらいなぁ。

 

No.14 大丈夫か、日本の居酒屋

イギリスではパブが経営難で、急な勢いで姿を消しつつあるそうです。
その背景は、近年イギリスでは犯罪が増え、それに伴って酒を規制する法律ができたり、若者たちの嗜好がパブの飲み物であるビールからワインに移り、バーやカフェが新しい世代のたまり場になっていることと、飲食店での喫煙を禁じる法律ができたことが追い討ちをかけてパブに人が来なくなってしまったということです。
パブはこのままイギリスからなくなってしまうのでしょうか。イギリス好きの私には、何とも寂しい話です。

そんな話題が飛び火したように、日本の居酒屋も衰退の一途を辿っているという、非常にショックな話を耳にしました。日本の居酒屋の市場規模はこの10年あまり縮小し続けているのだそうです。
ピークだった1992年頃には1兆4,629億円の市場規模だったのが、2010年には1兆円程度にまで減少してしまっているというのです。さらに、今後10年間で2,000億円くらい減るだろうと予測されています。

にわかには信じがたい現象です。繁華街を歩くと、どんどん新しい店ができ、入ろうとしても満員で断られることがしばしばあるので、居酒屋は繁盛を極めているかのように思い込んでいましたが、事実はまったく違うのですね。日本の居酒屋は大丈夫なのでしょうか。

確かに繁華街では、席数200以上もあるような大型チェーン店の出店競争ばかりが目に付きます。店頭や街角では、『全品270円』とか、『呑み放題1,200円』とか『最初の1杯無料』といったチラシやティッシュが配られ、声をかけられます。実に激しい集客戦争が行われています。
しかもそういう大型チェーン店がひとつのビルの中に集中してあったりしています。これはどういうことなんだと不思議に思うのですが、それはそれで理屈があるようなのです。
しかし、これでは売上高も収益力も落ち込んでしまうのは当たり前だと思うのですが、勝敗の分かれ目は何なのでしょうか。

味や雰囲気やサービスで勝負しない日本の居酒屋メジャーは完全に負のスパイラルに落ちっています。大型チェーン店の近い将来の淘汰もやむをえません。しかし、どんなことになっても個性のある、いい居酒屋は必ず残ります。

居酒屋は、イギリスのパブと同じように、日本の大衆文化であり伝統です。私としてはどこの国でも居酒屋文化が衰退してほしくはありません。
でも、日本の居酒屋の将来は暗いんだなぁと、チョッと憂鬱になりました。

No.13 長崎は美味しい(2)

二日目の長崎。昼食にはチャンポンを食べました。
仕事を終えて思案橋に戻ってきましたが、まだ真昼のような明るさです。なかにし礼の小説「長崎ぶらぶら節」の舞台になった丸山界隈を散歩してみることにしました。
思案橋というのは、男たちが花街であったこの丸山の橋の袂に佇んで、入ろうか入るまいかと迷った入り口であったそうです。今はその橋はありません。街並みに入ると、丸山公園というのがあります。そのあたりはレトロな感じが漂っています。昭和の初め頃かと思われる石造りのしゃれた交番があり、別な一角にはカステラの老舗・福砂屋本店があります。福砂屋本店は、黒塀に囲まれた大きな屋敷で、いかにも老舗の商家といったどっしり落ち着いた構えです。ちなみに寛永元年(1624)の創業です。
公園の先には料亭・花月があります。「竜馬がゆく」や「長崎ぶらぶら節」にも出てくるそうです。確かに歴史を感じさせる堂々とした外観です。いかにも高級そうで、こんなところで卓袱料理を食べてみたいものです。隣の建物は長崎検番という、その昔芸者の取次ぎや事務を取り扱ったところだそうです。
そこからは小高い丘になっていますが、家がびっしりとひしめくように建ち並んでいます。花月と検番の間の道をしばらく登ると、梅園身代わり天満宮があり、さらにその上に中の茶屋がありますが、現在は修理中で見られませんでした。丘の上に出て歩くと、幕末の砲術家・高島秋帆旧居跡に出ます。取り立ててなにもありませんが、そこから長崎の町並みが眺められます。丘の向こう側に降りて大きな道路に沿って思案橋まで戻りました。約30分の散歩でしたが、さすが歴史の街・長崎、どこへ行っても史跡に当たります。

さて、そろそろ酒場に繰り出すのに程よい時間です。まずは思案橋のすぐ近くの「安楽子」(あらこ)へ。

軌道電車の走る思案橋通りからひとつ裏に入った小道の角に、建物を廻らすようにして大きな看板があります。「大衆割烹 安楽子」と大書してあります。店先には黄色いスーパードライの看板が立てかけてあったりして、見かけはありきたりの居酒屋の様相です。
7時チョッと前ですが、中に入ると、カウンターに二人連れが一組いるだけで、拍子抜けするくらい客がいません。私は端っこに座らせていただきます。外見に比べて店内は、実にクラッシックです。黒光りした柱や天井が落ち着いた雰囲気を醸し出しています。カウンターの前に長いガラスの冷蔵ケースがあるからでしょうか、居酒屋というよりはチョッと昔の寿司屋のようなつくりです。小上がりのほかに部屋もいくつかあるようで、中はけっこう広いのです。

いつもの通り、最初はビールを注文します。ケースの中には、大きいのから小さいのまで、ものすごい種類の魚介類が溢れんばかりに詰め込まれています。しかもどれも艶々しています。しかし、品書きを見ると、鯨料理がずらりと並んでいて、ばかに鯨が強調されています。これは普通ではありません。関東では鯨といえば赤身とさらし鯨、ベーコンくらいでしょうか。
目の前で魚を捌いている人のよさそうな若主人に尋ねます。
「長崎は鯨も美味しいんですか?」
「何を言ってるんですか、長崎の鯨は日本一ですよ。市内のかなりの料理屋においてあります」
それは知りませんでした。サエズリ、ホンガワ、オノミ、コロ、ヒメワタ、スエヒロなど聞いたことのあるような/ないような名称が並んでいます。鯨料理は東京でも新宿の樽一、駒形どぜうといったところで食べられます。しかし、こんなにもいろいろな種類はありません。思い出した、秋田で食べた塩鯨と茄子の汁が美味しかったのを。
新鮮な長崎の魚にも惹かれるけれど、ここは鯨を食べてみることにします。
「何がお薦めですか」
「いろいろ試してみるのに、盛合せをつくりましょうか」と言ってくれたのでお願いしました。

あぁ、ビールが美味い。
鯨の刺身を待っている間に、次々と客が入ってきて、たちまち賑やかになってしまいました。中高年のサラリーマンが多く、若い人や女性は見られません。
ガラスケースの向こう側近くに、葱を巻いて縛ったものが皿に山のように盛られています。今つくったばかりと主張するかのように光を放っています。美味しそうなのでこれを注文します。葱巻きと呼ぶそうですが、酢味噌で食べるので葱ぬたと同じです。ただ、幾重にも巻き込んで締めてある分、濃密な味わいがあります。これはいくらでも食べられそうです。

鯨が出てきました。サエズリ、ベーコン、スエヒロの3種類です。ビールを飲みながら鯨の話を聞かせてもらいます。
「捕鯨は禁止と言われながらも、今でもけっこう食べられるんです」。「日本で流通している鯨はミンク鯨などの調査捕鯨の鯨で、ペニスやヒゲまで余すところなく食べてしまいます」。「アメリカだってヨーロッパだって、昔は鯨油を機械油や灯油として利用するために太平洋まで捕鯨に伸して来てたんですよ。自分たちが使わなくなったから食用はだめだなんてなっちまって」。
サエズリというのは舌の部分で、セセリともいうそうです。一切れの長さは5~6センチで、本体は白く、片側2ミリくらいが黒っぽく、反対側1~2センチが赤身がかった肉です。口に入れるとモチッとした感じですが、口内で温まるとトロッとしてきます。ポン酢で和辛子を付けながら食べます。
ベーコンは畝須(うねす)という下顎から腹部に掛けての部分の肉で、外側が赤色に着色されています。東京でもかなりレベルの高いものを食することができますが、この店のベーコンはさらに上等です。鯨のベーコンをこんなに美味しいと思ったことはありません。
スエヒロは、ベーコンと同じ畝須を水煮したもので、煮ることで脂分が程よく抜けているので、さっぱりしています。でも、私はベーコンのほうが好きですね。
こんな具合に、鯨の肉にしばし酔いしれました。

次に何を飲もうかと見渡すと、「案楽子」と命名された酒もあります。しかし、焼酎の品揃えがすごい。ここで日本酒を飲んでしまうと後が続かなくなってしまうことも考え、焼酎を注文します。銘柄は忘れましたが、とにかく九州のものしか目に付きませんでした。

もうひとつどうしても食べてみたいものがあります。イイダコの刺身です。イイダコといえば塩焼きかおでんのような煮物で、刺身というのは味わったことがありません。これを注文します。わさび醤油で食べてみると、コリコリした歯ごたえはありますが、思ったほど生臭いということもありません。その代わり、あまり味もなく、フーン、これがイイダコの刺身かという程度の感想しか持てませんでした。やっぱり刺身には向いていないんだろうな。

店内も8時近くになって、ほぼ満員状態です。それではもう一軒まいりましょう。
昨日の思案橋横丁に行って「味処こいそ」を探します。地図を持っているのですが、なかなか見つかりません。ようやく人が一人通れるくらいの細い路地の奥の奥に店の看板を探し当てました。これはもう地元の常連さん相手の居酒屋としか言いようがありません。

中へ入ります。チョッと洋酒バーのような雰囲気で、薄暗く細長い店です。右側がカウンター席、左側がテーブル席、奥に小上がりという配置で、どこも人で埋まっています。カウンターの真ん中あたりに一席空きがありました。
カウンターの上には10種類ほどの大皿料理が並んでいます。野菜を使った惣菜が目に付きます。そして、見るからに日本酒の品揃えが豊富です。

久留米の万年亀という純米酒を燗でいただきます。肴は刺身類もあるのですが、目の前に並ぶ惣菜から揚げ茄子の唐辛子味と長芋の唐揚げを注文。鯨のカツもあるのですが、やめておきました。
一人酒は私だけで、みんな連れと賑やかにやっています。人のよさそうな主人が、フラッと入ってきた私に、料理の説明など丁寧にしてくれて気を遣ってくれます。客層もすいずん若いし、女性も多いのです。主人と奥さん、それに手伝いの人でよくこれだけの客を愛想よく切り回せるなと感心します。
残念ながら、料理は私がたいしたものをとらなかったせいもあるが、可もなく不可もない一般的な味です。店の人はこの上なくいい人なのですが、欲を言えば、居酒屋としてもう少し雰囲気づくりを工夫してほしい気がしました。

もう腹はいっぱいだし、酒もそう飲みたくはないのですが、もう一軒、おでんの「はくしか」が残っています。おでんは昨日食べたし、もういいかと気持ちが引っ込みましたが、「はくしか」は長崎では名店らしいのです。せっかく来たのだから、エエィ、こうなったら行っちまおう。

また思案橋に戻り、電車通りを渡って飲食店街の中を、今度は、ブラブラではなくてフラフラと歩きます。横丁は昼間よりも多い人の波で賑やかです。時間が時間だからでしょうか、すれ違う人はみんな陽気な顔に見えます。まるで夜の新橋駅あたりの光景です。
大通りから百メートルくらい路地奥へ進んだところに「元祖淡口おでん はくしか浜町店」はありました。これがおでん屋?と疑いたくなるような立派な店構えです。

中へ入ると、けっこう混んでいますが、こざっぱりした店内は広くてゆったり感じます。コの字カウンターの中に立つ、大柄な割烹着姿の女将さんみたいな人が、「ここどうぞ」と言って入り口近くの角の席を指してくれます。
見晴らしの良い席です。カウンターの向こうもゆったりしています。そう感じるのは、おでん舟が大きいからでしょうか。昨夜の「桃若」よりもさらに大きいのは確かです。神棚があるではないですか、こういうのがあると居酒屋らしくて嬉しくなってしまいます。その下には「おでん一筋五十年」と書いてあります。長崎の居酒屋はどこも歴史がありますねぇ。
酒は白鹿で、焼酎は5種類くらい。おでん屋にしてはめずらしくワインが置いてあります。ボージョレ、シャブリと5種類くらい揃っているのには感心しました。おでんにワインとはどんなものかと考え、コノスル・カベルネ・ソーヴィニョンというチリの赤ワインを頼みます。
続いておでんはと思って見回すも、壁にはおでんの品書きがなく、どんなものがあるのかわかりません。わたしが舟のほうをそれとなく眺めるとすかさず、髪を大きく頭の上に丸めたアキ竹城似の女将さんに「こちらは初めてですか」と聞かれました。
「ここへ来たら、はくしか特選揚げを食べなきゃだめよ」と言われたので、それではと、それと豆腐と昆布を頼みます。ここから見るおでん舟の出し汁はお湯のように澄んでいます。女将さんが、すぐにユラユラ立ち上る湯気の中から注文の品を取り上げてくれます。おでん種は25種類くらい入っているそうです。言われるように、はくしか揚げは美味しい。柔らかいさつま揚げのようなもので、いろいろ野菜が入っています。

奥にある座敷の客たちが帰ろうとしています。そうか、もう9時近かったのです。客の一人が女将さんに何か冷やかしを言ったので、転げるように大笑いしながら言葉を返しています。その会話から女将さんの名前がのぶこさんであることがわかりました。
おでんを除く品書きが、剣道場の名札のように鉤状の釘に整然と掛けられてあります。美味しそうなメニューが並んでいます。
ハトシというのがあります。のぶ子さんが答えてくれました。
「ハトシっていうのはねぇ、長崎名物なんですよ。パンの間に海老のすり身を挟んで揚げたもので、おいしいですよーォ。お試しあれ」という言葉に、そのまま注文。ついでにこれも珍しいのでオランダコロッケもお願いしました。ほかに鰯のやわらか煮、鯖の燻製なども気になりましたが、とりあえず。

なぜか不思議とゆったりとした空気が漂っています。のぶこさんの個性が光りますが、もう一人、やはり割烹着を着た年配女性が奥で忙しく立ち働いています。のぶこさんより細身です。そこは調理場になっていて、彼女がおでん以外の肴を拵えているようです。そこそこ混んでいるのに、あまりうるさく感じません。客たちも話をしているのだけれども大騒ぎする輩はいません。
のぶこさんを見ていると、急いでいるようには見えないのですが、すごい手際の良さです。客たちとのコミュニケーションを絶やさないようにしながら、奥にも声をかけ、自分の持ち場を仕切っています。客に対する気配りもたいしたものです。私は、失礼ながら、のぶこさんの人生を思いました。毎日こんなふうにして、忙しくカウンターに立ち、愛想を振りまいて客の相手をして人生を終えるんだろうけれども、楽しくて幸せなんだろうなと。

おでんにワインも悪くはありません。つみれに、糸こんに、はんぺんを追加します。くどいようですが、おでんは、薄味で、形が崩れてなく上品な感じで、中までしっかり味が滲み込んでいます。
ハトシと、とろけるチーズをマッシュドポテトで包んだようなオランダコロッケも美味しかったです。

いつの間にか客たちが減ってきています。アーァ、いい気分だ。そろそろお暇しましょう。ウムッ、「こいそ」を出たときには腹がいっぱいと思ったのに、どうしてこんなに飲んだり食ったりできたのでしょうか。ワインで酔ってしまった、というより「はくしか」に来る前から酔っていたので、今は酩酊状態です。でも、最後にがんばって来た甲斐のある店でした。


はじめは5軒なんてとても回れないと思っていたのが、案外簡単に巡ることができたのは、まずは長崎の居酒屋がどこへ行っても美味しかったからにほかなりません。長崎の食文化の高さを知らされました。もう一つは、長崎の人が皆人懐こくて親切で優しかったからです。
明日の昼は、康楽(かんろ)の皿うどんにしようッと。
長崎は美味しい!

注)鯨についての記載の一部は、「くじら日和」(http://www.rakuten.ne.jp/gold/kuziran/)を参考にさせていただきました。

 

No. 12 長崎は美味しい(1)

先日、長崎に2泊で出張しました。3日間の出張というのは飛行機やホテルの手配から始まって、パッキングまで、準備がけっこう大変です。出張に出るのですから、当然、夜は居酒屋へと思ってはいましたが、出かけるまであたふたしてしまい、そちらのほうは太田和彦氏の「居酒屋味酒覧」を適当にコピーして鞄に放り込みました。
往路の飛行機の中でコピーを取り出してみると、そこには長崎市内の居酒屋が5軒も取り上げられているではありませんか。いくらなんでも2晩で5軒を巡るのは難しい。

さて、大村市まで行って仕事を済ませ、長崎に5時半頃に戻ってきました。長崎は4度目ですので、街の感覚はつかめています。まずは思案橋あたりをうろうろしてみようかと迷いましたが、やはりせっかく長崎まで来たのですから、外れの店には入りたくないと思い、太田氏の薦めに従うことにしました。5軒のうち4軒が思案橋に集中していますが、一つだけ離れた場所にあります。『朱欒』(ザボン)という店です。いくつ回れるかわからないけれど、最初はその居酒屋へ行ってみることにしました。

長崎駅前から市電に乗って諏訪神社前で降りました。目の前に、長崎くんちで知られた有名な諏訪神社の立派な鳥居が見えます。それだけ見ても、神社の荘厳さが想像できます。チョッと寄ってみようかなと思いましたが、もう夕方でしたので酒を急ぐことにしました。
電車道を逸れて川伝いに進みましたが、地図の上ではもうそろそろだろうと思えるのにそれらしき店に出会いません。ふと向こう岸を見ると、植木のある少し大きな料亭のような建物があります。裏側からですが、あれが居酒屋であるはずがない、しかし、あそこしか考えられないなと思いながら橋を渡ってみます。橋の向こうの道路を挟んだ高台に、さらに立派というか豪壮な屋敷が現れました。それは卓袱料理で有名な富貴楼ではありませんか。入ったことはありませんが、何度か写真で見ていて、その楼閣は目に焼きついていました。しばし城壁のようにそそり立つ雄姿に見とれました。
川沿いに電車通りへ戻る道を歩いていくと、さきほどの料亭らしき建物の前に出ました。店先に釣瓶井戸があって小さい植え込みと花が生けてあり、居酒屋らしくない店構えです。やはり料亭かとやや落胆しましたが、よく見ると石灯篭に小さい字で『朱欒』とありました。

チョッと敷居が高いなとためらいましたが、格子戸を引きます。すると、「いらっしゃいませ」と言いながらきっぱりとした感じの細身の女性が出てきました。右側がカウンターで7席あり、反対側は子上がりになっていて座卓が3つあり、一番奥にはすでに客がいます。
店内はかなり変わっていて、まず居酒屋らしくありません。一言で言えば黒い木を使った民芸調で、どちらかというと喫茶店の雰囲気です。店内は、骨董の箪笥、芹沢圭介の作品、ガラスの電燈の傘、壁や棚を飾る数々の陶器やガラスの調度品などで整えられていて、それが店の空気を引き締めています。ややうるさく感じられなくもありませんが、カウンターに座ると妙に落ち着きます。たまにはこういうのもいい。

女将さんは六十路に差しかかろうかという感じですが、たいへんに愛想のいい人です。しかし差し出されたメニューを見てビックリです。値段が書いてありません。うむ、これはまずいところに入ってしまったなと一瞬思いましたが、この店構えでは仕方がないかと覚悟を決めました。それほど品数は多くはないけれど、どれも美味しそうで迷います。
まずはビールと刺身の盛り合わせを頼みました。料理を待つ間、ついきょろきょろ見回してしまいます。

ビールを持ってきた女将さんが注いでくれます。
「どこからいらしたんですか」「長崎は昨日まで天気が悪かったんですよ」「お薦めはざぼん揚げですよ。長崎で取れた魚を使ってすり身にした揚げ物です」と、こちらが黙っていても、とても自然に、心を解きほぐすように、気さくに話しかけてくれます。
刺身はたっぷりとした皿に、(もう忘れてしまったが)金目鯛、平目、しま鯵、〆鯖など5、6種類が美しく盛り付けられて出てきました。言うまでもなく、どれも新鮮で美味かったです。
刺身が食べ終わる頃、かなりのお年と思える老婦人が挨拶に現れました。女将さんの母親であるらしい、ということは大女将ということです。話し始めて間もなく、もうじき創業60年になると明かしてくれました。そうかぁ、ずいぶん歴史がある店なんだ。店に出るのが嬉しくてたまらないという顔つきでニコニコしています。

もちろん「ざぼん揚げ」も食べました。それから、鯛の白子焼。これが実に美味でした。料理が美味しく見えるのは器や道具にも凝っているからです。気取っているというよりは、しゃれているといったほうが適切でしょう。それだけ何でも丁寧なのです。これだけの店はそうざらにあるものではありません。そして、何といっても積み上げられた年月です。
女将さんの話によると、なんでもこの店では最後はカレーライスで締めるらしい。居酒屋で最後がカレーというのは何ともアンバランスな感じがしますが、そういわれるとつい食べて見たくもなります。しかし、今夜はここで終わるわけにはいきません。何としてももう一軒は行かなければなりませんので、このへんで失礼することにしました。

勘定の段になり、フッと値段のない品書きが頭を過ぎりました。しかし、それも杞憂に終わりました。差し出された手書きの札をみると、何と3,900円とあります。一瞬、間違っているのではないかと思いましたが、何といっても値段が書いてなかったのだから、今更確かめようがありません。それにしても上等な店構えなのに、美味しくて安かった。


さて、ホテルに落ち着いて、荷物を解くと、気分も軽くなり、外へ出かけてみました。幸いホテルは長崎一の繁華街・思案橋のど真ん中です。車がやっとすれ違えるような狭い道をぶらぶら歩いていくと、すぐに思案橋横丁という飲食街に出合いました。確か、『居酒屋味酒覧』に載っている「桃若」という老舗のおでん屋がこの一角にあるはずです。探検家の気分でそこの路地に入ります。
ホルモン焼をはじめとして、居酒屋やバーの類の店、和洋中の小さな食堂が混然と並んでいます。どの店も歴史がありそうで、何とも昭和の懐かしさを覚える横丁です。まったく危ない感じはありません。一軒一軒覗きながら百メートルほど奥にはいった左側に、「おでん 桃若」とある赤提灯をみつけました。格子窓から柔らかな明かりが漏れています。入り口には縄のれんが下がっていて典型的な居酒屋の風情です。  
戸を開けると、店内はL字のカウンターとテーブル席があり、けっこう混んでいます。ご主人が人懐こそうな笑顔を向け、空いている席を案内してくれました。

店のつくりは小料理屋風で、おでん舟もどっしりと大きく、安っぽい感じはしません。
もうビールは飲めません。ここは九州の焼酎をロックでいただきます。
おでんを目の前にして、ネタを眺めながら頼みます。最初に「たこ」「「大根」「ふくろ」「はんぺん」など。薄味のおでんはネタがチョッと大振りです。フン・フン、しっかりと味がついています。どれも素材の新鮮さが伝わってきます。長崎ではおでんに和辛子のほか、柚子胡椒を付けて食べるのだそうです。これが悪くありません。病み付きになってしまいそう。

ご主人のほかに奥さんと息子さんらしき人がまめまめしく立ち働いています。
「関東は地震だけでなく原発問題もあって大変だねぇ。こっちは地震もなければ計画停電もなくて安心だが、それだけのんびりしてるといえばそうなんだがね。」とやや大きめな声で話しかけてきます。
話題を絶やしません。息子は息子で、動きながらもほかの客と楽しそうに話しています。女将さんも常連らしい人たちと話しこんでいます。なんともいえない陽気な雰囲気が店内を包んでいるのです。それに知らずに引き込まれています。客層もいいのかなぁ。
おでん以外にあるものといったら、新香、塩辛、それからご飯くらいか。「一年中おでんのみで、もう七十年、おでん一筋です」。息子さんが四代目だそうです。おでんだけでもこの店には客が寄ってくるのでしょう。

居心地の良さからか、酒は大して飲まなかったのに、けっこうたらふく食べてしまいました。おでんは別腹か?

"長崎は美味しそう"、また明日の夜が楽しみです。

No.11 居酒屋の時間帯

15年ほど前になりますが、大学時代の同窓会が新宿であって、18時頃に始まり、何軒もハシゴして、気がついたら夜が明けていたということがありました。まだそういうバカなことができる歳だったからよかったけれど、今ではとてもできません。その時、新宿のような盛り場には朝まで営業している居酒屋がたくさんあるのに驚きました。

24時間営業というところはないかもしれませんが、東京ではどこかの店が開いてないという時間帯はないように思います。当然のように、新宿だけでなく、渋谷、銀座などには明け方までやっている居酒屋があります。逆に、赤羽にある「いこい」のように、早朝7時に開店するところもあります。

鉄道関係に勤務する知人から聞いた話ですが、夜勤明けなどには、やはり飲みたくなるそうで、朝から飲める行きつけの居酒屋がいくつかあるそうです。確かにそう人たちが朝に行ける酒場だってなくてはならないでしょう。

昼頃からやっているホルモン屋もけっこうみかけます。蕎麦屋も昼から酒を飲んでもおかしくない空気があるから不思議です。神田の「やぶそば」だって、赤坂の「砂場」だって、昼時に飲んでいる人を見かけるのは珍しくありません。もうなくなってしまいましたが、半蔵門にあった「三城」という蕎麦屋は―なかなか美味しくて高級でしたが―昼時しか営業しなくて、必ず片口に入れられた酒が2合と新香の盛合せがセットで出されました。蕎麦を口にする頃にはほろ酔い加減です。昼酒もなかなかいいものです。

いったい居酒屋というのは何時頃から開店しているのでしょうか。手元にある『東京居酒屋名店三昧』で調べてみました。

そこには東京23区の居酒屋70店が掲載されていますが、一番朝早くから店を開いているのは、前出の赤羽の「いこい」です。「いこい」の営業時間は7時~22時までと、実に15時間です。二番目はこれも赤羽の「まるます家」で、9時の開店(21時半の閉店)です。どうやら赤羽という場所には、朝から酒好きの人たちが集まってくるらしい。三番目は三軒茶屋の「味とめ」で、なぜか中途半端な10時です。

12時の開店率は11.4%(70店中8店)と、けっこう高い割合いです。これは東京だからこその数字だと思います。
その後も五月雨のようにダラダラと開店していくところがあり、16時になると一気に増えます(門前仲町の人気店「魚三酒場」は夕方16時に開店しますが、15時半頃から店の前に行列ができます)。16時の開店率は31.4%(22店)です。
16時半開店は10店。17時には開店のピークを迎えます。開店率は87.1%(61店)という状況です。さらに18時頃には95.7%と、ほとんどの居酒屋が開店します。
遅いのは、阿佐ヶ谷の「善知鳥」で18時半、日暮里の「麻音酒場」と中野の「石松」が19時などです。常連さんが中心だからでしょう。

さて、今度は閉店時間を見ることにしましょう。
早いのは青物横丁の「丸富」で19時半、次いで立石の宇ち多"の20時です。どちらも昼間の営業をしているから早仕舞いなのでしょう。遅いところは26時が2店(2.9%)、25時が2店ありました。
閉店時間の一番多い時間は23時で、22.9%(16/70店)が閉めます。次いで22時半の18.6%(13/70店)です。23時までに閉店する割合は71.6%と、4店に3店が閉めます。22時が12.9%(閉店率30.0%)、23時半が11.4%(閉店率71.6%)となっています。

これにより居酒屋のスタンダードな時間帯というのは17時から23時ということになります。19時における開店率は100%です。20時における開店率は97.1%、21時では91.4%ですので、居酒屋のゴールデンタイムというのは、19時から21時の2時間ということになるでしょうか。

ついでながら、朝からやっている居酒屋を紹介した書籍があると聞いています。『東京朝呑み散歩』というムックですが、まだ入手できていません。

No.10 大阪流串揚げ体験記

串揚げ専門の居酒屋は、関西ではかなりポピュラーな印象を受けます。大阪に出張したときなどに暖簾越しに店内を覗くと、昼間からサワーなんかを傾けて楽しそうに飲んでいる人たちを見かけます。大概が立ち飲みのようです。

関東では、一般に串揚げ屋というと食堂をイメージしますが、最近は東京でも串揚げの居酒屋が広がっているようです。
串揚げだけを酒のアテにして飲むというのはどうも私の趣味に合わないし、それに食べ過ぎると胸焼けがするのではないかと思い敬遠していました。しかし、東京ではかなり流行しそうな兆しが感じられることから、物は試しと一度体験してみることにしました。

ガイドブックやネットによりますと、東京ではその類の店は新橋と新宿に多いようです。でもここは、大阪串揚げの有名店、田町の『たけちゃん』を訪ねることにしました。

田町の駅に降り立ったのは、19時頃。居酒屋でいえば、客足のピーク時です。「たけちゃん」は慶応通り商店街の賑やかなところにありました。店先に立つと、扉は開け放たれていて、店内は丸見え。奥に椅子席はあるものの、カウンターは満員です。でも、外で待つ人はなく、2-3分もしないうちに席が空きました。

席に着けたといっても、半身を引いたダーク状態です。鍵状のカウンターには10人ほどがいます。一串の値段は90円、110円、210円の3種類で、酒類はビール、日本酒、サワーのみです。至ってシンプルです。そうですねぇ、串揚げに日本酒は合いそうにありません。やはり最初はビールでしょうか。

注文したビールと一緒に湯飲みが置かれました。中に箸が入っていますが、なぜか1本しかありません。隣の人の湯のみにも同じように1本しかありません。湯飲みは食べ終わった串を入れるためであることは想像できますが、箸が一本入っているのはどういうことだろうかと考えます。カウンターの上には箸立てはなく、店の人は特に割り箸もくれません。

次いで、ステンレスのトレイ(これをバットというのだそうです)に盛られた生キャベツが渡されます。なかなか店のしきたりがわかりません。あわてて注文せず、チョッとの間見学に徹することにしました。今度は串揚げを受けるバットがカウンターの上の段に置かれました。カウンターには2人に一つの割合でかなり大き目のソースダレが置かれていて、板壁には「2度づけはだめよ」という貼り紙があります。

カウンターの向こうで一心不乱に鍋の中を見つめて串を揚げているのが主人のたけちゃんでしょう。その脇で、注文に応じて串を準備しているのが奥さんだと思います。何といっても二人の息が合っていますから。水切りの布巾の上に置かれている肉類も魚介類も野菜類も、すべての素材が新鮮そうです。

まずは、串揚げではないけれども大阪・新世界の名物、土手焼きを2本。土手焼きといっても焼き物ではなく、牛筋の味噌煮込みのことです。目の前で煮込まれている土手焼きが、ヒョイと摘まれて私の取り皿に載せられました。なるほど、やわらかくて美味い。ドロッとした味噌に生姜の風味が効いています。腹が空いていたために、あっさりとたいらげてしまいました。

さて、今度は串揚げです。90円は、チーズ、ちくわ、牛肉。110円は砂肝、もち豚、イカ、タコ、ウインナー、玉子、じゃがいも、かぼちゃ、ぎんなん、玉ねぎ、にら巻き、れんこん、ししとう、山芋、にんにく、こんにゃく、生しいたけ、なす。210円はホタテ、エビ、ベーコン、ヒレ、唐揚げです。板札の品書きにない季節のものもありましたが、何だったか忘れました。

牛肉、タコ、玉ねぎ、ししとうを注文。キャベツを手でちぎってソースダレに漬け、いったん取り皿に受けてすぐに口へ。ちょっと酸味のあるような、ウスターソースっぽい味です。この段階になって、「たけちゃん」では箸を使わないシステムになっていることが徐々にわかってきました。箸を使いたいときには2本の串を箸代わりにして上手く使えということのようです。

手際が良いせいで、思う間もなく串揚げが登場しました。まさに揚げたてで狐色になったパン粉の上で油がピチピチはねています。バットのソースにゆっくり浸して口へ。カラッと揚がっていて衣がサクサクとします。これはビールが美味くなります。

次に、串揚げというだけでも脂っこいのにヒレ、ベーコン、もち豚と行きました。出てくるテンポがいいのです。もっともこの単価でトロトロやってたらソロバンに合わへんで。

3回目の注文は、紅生姜、こんにゃく、ナス、えび。何であったか忘れましたが、中には小麦粉の衣のものもあった気がします。これでもう腹いっぱい。ビールはもうアキマヘン。サワーにしとこか。関西でいうサワーは、関東の酎ハイのことのようです。

私も30分ほどで上がりましたが、実に客の回転が早い。これだけ見ていると繁盛しているなぁという印象を持ちます。値段の割には美味しく、不思議とそれほど脂っこさを感じませんでした。何が一番美味しかったかいいますと、紅生姜でしょうか。エビも美味しかった。
結局はわかりませんでしたが、湯飲みに最初に刺した1本の箸は、どうやら飲み物の勘定に関係があったのではないかと推測しています。

胸焼けや胃のもたれはありませんでしたが、こんなものを毎週でも食べていたら、すぐに3-4キロは太りそうです。やはり、たまに行くのが良いのではないだろうかというのが率直な感想です。でも、今度大阪に行ったときには、気楽に串揚げ屋に入れそうな気がします。

No.9 ニューカヤバはレトロな立ち飲み

渋谷の『富士屋本店』、四谷の『鈴傳』と並んで名高い立ち飲み屋『ニューカヤバ』へ初めて行ってきました。

地下鉄東西線の萱場町駅の階段を上がると、小寒の震え上がるような冷たい風がコートの下から這い上がってきます。思わずコートの裾を手で閉めました。
『ニューカヤバ』は証券会社の並ぶビル街からチョッと路地を入ったひっそりとした場所にありました。川べりの古ぼけたビルの軒下には"焼とり ニューカヤバ"という大きな赤提灯が下がっていますが、そこはガレージで、外からは到底居酒屋があるようには見えません。車の脇を進むと、縄のれんの奥に店の明かりが見えました。

入り口の貼り紙に思わず目が行きます。"犬にさわらないでください。噛み付きます"とあります。店の入り口なんかになぜ犬がいるのかと思いながらおそるおそる辺りを見回します。しかし、それらしき影は見当たりません。開店中はどこかほかに移されているのでしょうか。

引き戸を開けると、すぐ左手にビール用の冷蔵庫とごく狭い調理場があり、広くはない店内にはデコラの円テーブルが10卓ほど配置されています。入り口の割には、実に入りやすい店です。すべてのテーブルに人が着いていますが、立ち飲みとしてはまだ余裕があります。中ほどのテーブルに3人組がいて、私が近づくと自然にスペースをつくってくれました。これが立ち飲み屋のルールといえばルールですが、いつもながら席に着けると感謝の気持ちが湧きます。

ここで、『ニューカヤバ』の原則を先に述べてしまいます。
女性だけの入店はお断りです。ということは必ず男性同伴でということです。ビール以外の酒類は自動販売機で売られています。しかもなんでも100円という信じがたい値段です。アテはすべてカウンターにある見本をもとに現金と引き換えに買い求めます。焼き鳥だけは生の串刺しを買って奥の焼き場に行き自分で炭の上に乗せて焼かなければなりません。焼酎やウイスキーを買ったら、カウンターのところに備えられている氷と水を適当に入れて席に戻ります。飲み終わって帰るときにはカウンターの端の下げ場にコップと皿を返します。
まあ、ざっとこんなシステムです。徹底した省力化ですが、開業当時からこんなスタイルだったのでしょうか。気楽といえば気楽で、初めての私もすぐに慣れました。

サッポロラガービール赤星を買って、まず一杯。アテは新香の150円から50円刻みで鮪刺しの300円まで14,5品目というシンプルさ。蛸ぶつと厚揚げ焼を買ってテーブルへ持ち帰りました。

お腹も気分も落ち着いたところで、店内をゆっくり観察します。
酒類の自動販売機というのも今では極めて珍しい代物です。日本酒、芋焼酎、麦焼酎、黒糖焼酎、ウイスキーの5台が調理場と反対の壁にズラリと並んでいます。その上の壁には、木村拓哉が新聞を広げて競馬のテレビ放送に見入っているJRAの大きなポスターが貼ってあります。これが実にこの店に似合っています。それもそのはず、この店で撮影したものだからです。

突き当たり奥の二間の窓には、またなにやら貼り紙が。近寄ってみると、"窓は開きません"とあって、窓の把手の辺りには、あちこち棒板が打ち付けられています。窓を開けようとすると、枠がグズグズッと壊れてしまいそうです。とにかく、暑いからといって窓を開けられないのは確かです。

店の人は家族らしき人たち3人です。昭和39年の創業ということですから、多分二代目夫婦とおばあちゃんかと思います。3人ともいつもニコニコと愛想がよく、とても親切です。ヒョロヒョロと背の高いジャージ姿のご主人は、飄々とした風貌で、人懐っこく、親しみを感じます。ここにチェーン店では真似できない商売の秘訣があるようです。

『ニューカヤバ』には、まるで時代に取り残されたかのように昭和がそのまま残っています。新しくなったのは張替えられた板壁とテレビくらいで、ほかの何もかもが創業当時のままではないかと思われます。かといって、暗いイメージはどこにもありません。

横浜の『武蔵屋』とはまた一味違った平和な空気があります。どこが一番違うかといいますと、『ニューカヤバ』が立ち飲みであることと客層でしょうか。『武蔵屋』は年配者ばかりで、まったりとした穏やかな空気でした。そこへもってくると、『ニューカヤバ』は中高年者が中心ですが、若い人たちも三分の一くらい混じっています。風体もネクタイ姿のサラリーマン、作業服姿の人、ブルゾンやジャージ姿の人などさまざまです。一日の仕事を終えた人たちがそれぞれの思いを抱きながら集っているという雰囲気です。その分だけ店内のにぎやかさも違います。変わりがないのは飲んでいる人たちが屈託のない顔をしていることと、空気がゆったりとしていて騒がしくないことでしょうか。

次は何にしようかと短冊の品書きを眺めます。隣の人の鮪刺しも美味そうです。焼き鳥は、焼き場の周りに人がびっしり張り付いているのでやめておきましょう。
おでんと煮こごりを買って来ました。それから日本酒を一杯、日本盛です。

小一時間の滞在になりましたが、居心地が良かったせいか、そんなに長くは感じませんでした。店は9時までと居酒屋にしてはたいそう早仕舞いですが、私が帰ろうとした8時頃にはますます込んできて、いつまでも酒場の賑わいは消えそうにありませんでした。

外に出ると、ビルの間の地面をさらうように吹き抜けてきた寒風が温かい体に突き刺さります。永代通りに出て橋の袂に立つと、その下には流れが止まったような静かな川面があり、両側の古いビルから漏れる明かりがゆっくりと揺れています。
橋から眺める川の夜景にも、どことなくレトロな雰囲気が漂っていました。

 

No.8 おいしい生ビール

私は、普通であれば、居酒屋に行った時、最初にビールを頼むのを習慣にしています。口の中に何も料理の味がしないうちに、まずはビールを一杯味わいたいと思うからです。冷たいビールが口に入り、喉元を過ぎて胃に落ちて広がっていく時の、「アァーッ」と声を出したくなるほどの開放感が何ともいえません。それで一日の疲れやアカが洗い流されるようです。

最初のビールが美味しいということはいいことです。これから食する料理を上等な状態で迎えるための準備のようなものです。やはり瓶ビールよりも生ビールですね。瓶ビールはどこで飲んでもそう大して味に違いは感じられませんが、生ビールは店によって大いに味が違います。
さて今回は、極上の生ビールを味わった体験を再現してみたいと思います。

時は、1ヵ月ほど前にさかのぼります。大塚の『こなから』という店を訪問しました。大塚には、『江戸一』、『串駒』、『きたやま』など質の高い名店が揃っています。

『こなから』は初めてですが、下調べで、予約が必須とありましたので、友人を誘って二日前に予約しました。「こなから」とは、半分の半分、すなわち四半分の意味で、「小半」・「二合半」と書きます。「小半酒」といえば、二合五勺の酒または少量の酒を意味します。(広辞苑)

中へ入ると、まだ客は一組しかいません。こざっぱりした、清潔感の漂っている店内です。中年に差し掛かったかという、坊主頭の主人が愛想よく迎えてくれます。
「入り口のテーブル以外なら、どこでもお好きなところへどうぞ」
今日は金曜日ですが、予約の取れない店としてはめずらしくすいているのかもしれません。奥のテーブルへ案内してくれたのは奥さんでしょうか。

相棒と品書きをゆっくり眺めます。こういう店ではこういう時間が大事です。日本酒の銘柄は20種類以上、焼酎も負けないくらい揃えてあります。しかも、銘柄としてはどちらかというとマイナーな部類のものが多く、さすが酒揃えで有名な店だけのことはあります。酒肴の種類はそう多くはありませんが、品書きから料理にこだわっている姿勢が伺えます。
まずは、ビールを注文。

注文する肴を決めて、そろそろと思ったときに生ビールが運ばれてきました。銘柄は、キリン「ブラウマイスター」です。薄くて軽いグラスに、ビールがいい感じです。見事なくらいにビールと泡の割合が7:3に注がれています。

ビールを陶器の重い器に入れて出すなどというのは、気取っているようですが間違っています。ビールは、グラスでビールの色や泡を眺めながらでないと絶対に美味しくありません。誰かが、どこかで書いていました。ビールを薄くて軽いグラスに入れると、ビールをそのまま持ち上げているような気になると。

まずは一口目。
滑らかな口当たり。舌先で泡のきめ細かさがわかります。さわやかな苦さ、ほどよい冷たさです。ビールを一番美味しく感じる温度は、4―5℃だそうです。上唇で泡を抑え、大口で喉へ流し込みます。ウーン、クリーミーで、喉越しがいい。
うまい。ウォーッ、泡が口の周りについて、弾ける。グラスの中には、まだたくさんの泡が残っている。

グラスの底に残ったビールを飲み干す時、不味いと感じるのは、ぬるくなってしまっているのと、泡がなくなってしまっているからです。ですので、ビールは泡が残っているうちに早く飲んでしまうほうがいいのです。ビールを続けて2杯、3杯と飲み進むにしたがってだんだんペースが遅くなるのは当然です。そうすれば、時間がかかる分だけビールは不味くなってしまいます。ですので、私は生ビールは最初の一杯だけと決めています。

本来、美味しい生ビールは、品質、温度、洗浄が管理されていれば、どこの店で飲んでも同じ味わいが得られるはずです。ところが実際は一店一店違っているのです。極端に言えば、ビールの出し方を見ただけで、その店の酒と料理へのこだわり方がわかります。

ビールを口元に持っていったときに、生臭い臭いがしたり、変な味がしたりするのは、間違えなくサーバーの洗浄・管理が行き届いてないからです。美味しい生ビールを提供するためには、ビールの注ぎ方とともに、サーバーの清掃に気を配らなければなりません。それに、なによりグラスやジョッキをきれいによく洗い、丁寧に水を拭き自然乾燥させることです。

二口目、三口目と飲み進むと、白い泡の線がグラスにリング状に刻まれます。泡もちのいい証拠です。あまりにも見事なエンジェルリングでした。

私が言うまでもないのですが、ビールを注ぐ角度は、最初は泡を立てないように60度に傾けて、そこに溜まり始めたら少し直して45度で本体を、最後はゆっくり静かに縦に戻します。泡は細かければ細かいほどいい。口で言うほど簡単でないのは、どこの店でも同じようにできるわけではないのを見てもわかります。もっとも今は自動ビールサーバーなんていうものもありますが。

残念ながら、ご主人が注いだのか、奥さんが注いだのか見ていませんでしたが、単に○○マスターとか、○○の達人という資格を持っているというだけでなく、『こなから』にはそれ以上のものを感じました。これだけで、もう後は何も語らなくてもいいようなものです。『こなから』というと日本酒という方が多いかもしれませんが、必ずビールも美味しく飲めるでしょう。

突き出しは、蜆のお澄まし。注文した刺身の盛合せも、マグロなど入っていません。のど黒、かつお、金目鯛、しまあじ、しめ鯖です。どうです、この組み合わせ、美味しそうでしょう。この刺身へのこだわりは、四谷の『萬屋おかげさん』、恵比寿の『和』(なごみ)に通じるところがあります。

ビールのあとは福井の『早瀬浦』を燗で注文。ほかには、生牡蠣、堀川ごぼうのから揚げ、栃尾の揚げ焼き、香の物。料理はすべて、文句なし。いつの間にか、店内は満員になっていました。

私たちが飲んだのは、「こなから」で、ほどよい加減でした。

No.7 武蔵屋は永遠の居酒屋

行ってきました、幻の居酒屋『武蔵屋』へ。

11月末の雨のそぼ降る夕方、横浜・桜木町の駅に降り立ちました。

伝聞によると、『武蔵屋』は看板も出ていない民家ということです。居酒屋のガイドブックや情報誌には、「地図はお店の都合により掲載しません」とあります。これだけで十分な神秘性があります。
しかも、開店するのは週3日間だけです。これに加えて、店を営む老姉妹が八十代後半という高齢のために、時々長期にわたって店を閉めることがあるとも聞いていました。もしかしたら、店はもう閉じられてしまっているかもしれません。店が開いているか不明なのですから、武蔵屋で酒を飲めることになったら、僥倖に恵まれたというしかありません。

野毛の商店街を外れて脇の小道へ。ここまで来てしまってから、閉まっていたらどうしようか、電話をしてみればよかったな、混んでいて入れない場合にはどうしようかなどという考えが頭をよぎります。

緩やかな坂を上り、見当をつけた辺りをぐるりと一回りしてみましたが、それらしき店は見当たりません。もう一度と思って角を曲がろうとしてひょいと見上げると、平屋の玄関から明かりの漏れる民家がありました。
木の塀があって、中には2、3本の木が植わっています。しかし、看板はありません。これだと思いながら石段を登って入り口に立ち、恐る恐るガラス戸を開けます。

ここだ、ここだ。みんな談笑しながら気持ちよさそうに飲んでいるではありませんか。右にカウンターがあって、左にはテーブルが2卓、奥には小上がりがあります。カウンターとテーブルはすでに一席残らず占拠されています。
店が開いていたことに気が緩んだのか、入り口にボーッと佇んでいると、「おひとり?」とカウンターの向こうから声がかかりました。

「奥の座敷にどうぞ」と案内されます。私は、これが武蔵屋かという昂ぶる気持ちを抑えて店の中を眺め回しながら奥へと進みました。

座敷というのはなぜか畳4枚と中途半端な広さです。ここに座布団が14枚敷かれています。そして、すでに6人が座っていました。14人は窮屈だと思いますが、私を入れてあと6人は大丈夫そうです。でも、たった4畳に10人以上が座れるなんて発見です。

誰か素人がこしらえたかと思うような頼りない、低くて細長い座卓が4つ置かれています。周りの壁は全部板張りです。山小屋と言われれば山小屋のような、見るからにすべてが質素なつくりです。

頭の上にはぐるり四方に額がかけてあります。それらは、色紙だったり、絵だったり、写真だったりしています。平山郁夫という名前の色紙があります。写真には、創業者の木村銀蔵さんが写っています。居酒屋の主人にふさわしい、いい名前だと思います。
額は、テーブル席の上にも、カウンター席の上にもかけられています。画家に政治家に作家、どれも有名人が贈ったものなのでしょう。

ここには昭和がそのまま生きています。骨董的存在ではなく、今もそのまま暮らしが息づいているという感じです。人をノスタルジックに包み込んでくれるやさしい風景です。

店の人は、老姉妹と学生アルバイトと思しき男女2人の4人だけです。まだ、開店したばかりの時間帯なので、若い人たちがコップを席に置いたり、突出しを配ったりしています。

この店のしきたりというのをあらかじめ覚えてきました。酒は3杯まで、品書きはなく、酒の肴は決められた5品ということです。

私のところにも、若い女性がコップと最初の肴を持ってきました。おからと玉葱の酢漬けが小皿に盛られています。
「お酒でいいですか」と尋ねられ、「はい」と答えます。
いつもならば、まずはビールを飲むところですが、普段は酒を3杯なんて飲まないので、今日はがんばって酒だけでいってみましょう。あとは、ここのしきたりに従ってただ待つだけです。

間もなくして、老婦人が、というよりもここではおばあちゃんといったほうがふさわしいと思いますが、土瓶に入れた酒を持って回ってきました。
「お待たせしました」と言って土瓶を高々と上げコップめがけて注ぎます。こぼれんばかりの表面張力でピタリと止めました。見事な技です。
周りの人を見ますと、最初の一口は、誰もが腰を屈めて顔をコップに持っていき、すすり込んでいます。私もそれに倣って一口すすります。燗の温度も絶妙です。
酒は桜正宗。美味い。

小上がりにいる人たちはみんな常連のようです。しかも年配の人ばかり。おばあちゃんのことを「おかあさん」と呼んでいます(ここからは私も「おかあさん」と呼ばせてもらいます)。酒を注いで回っているおかあさんがお姉さんのほうで、今年米寿のお祝いをしたそうです。お元気です。

ここで騒ぐ人はいないでしょう。かといって、厳粛な雰囲気は微塵もありません。ここに集う人たちはみんなが、ずっと知り合いで、和気藹々と人生のひと時を楽しんでいるといった雰囲気です。誰でも暖かく迎え入れてくれる、分け隔てのない空気に好感が持てます。

酒がなくなったのを見計らって、今度は若い男性が土瓶を持って現れ、上手な手つきで注いでくれました。アルバイトなのでしょうか、それにしては上手い。おかあさんと同じくらいの技があります。

納豆と鱈豆腐の小鉢が運ばれてきました。鱈の塩味が効いて、美味しい。鱈豆腐の味は、私にとっては懐かしい味です。

お姉さんおかあさんは、人たちの間に立って談笑を愉しんでいます。妹さんはお燗器の前のいすに座ってニコニコと店の中を眺め回しています。

この店には妙にさっぱりとした清らかさがあります。色が抜けているというのか、生臭い浮世など無縁な不思議な安寧を醸し出しています。そういう意味では、ありそうでなかなか出会えない非日常的な空間でしょう。

3杯目も、若い男性が上手に注いでくれました。
5品目の肴の漬物が出てきました。

私は、入り口近くにある銅製のお燗器が気になりました。これに近いものを御徒町の「八幡屋」で見たことがあります。おかあさんが近くに来たので、話を伺いました。

武蔵屋の創業は大正8年で、このお燗器は昭和10年製だそうです。75年前のものということになります。二層構造になっていて、下部には練炭を入れ、上部の水槽を熱します。湯の中には錫の管が2周り巡らされていて、上の入り口から注いだ酒は管の中を回って温められ、下の蛇口に到達して土瓶に入れられます。
許しを得て写真を撮らせてもらいましたので、それをご覧ください。

 

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ほぼ1時間の滞在でしたが、3杯を気持ちよくスルスルと飲んでしまいました。初めての訪問なのに、前からの馴染みであるかのような居心地の良さがあります。それはこの店の歴史とおかあさんたちの自然な穏やかさとそれを受け入れてきた客たちが作り出す和やかな空気によるものでしょう。
居酒屋は酒や料理で決まるものではないということを武蔵屋は教えてくれています。

私がいる間には小上がりに新しい客は来ませんでした。しかし、長居は無用とお勘定をお願いすると、なんと2,200円でした。

外に出て冷たい空気に触れると、武蔵屋がなぜこんなにも愛されるのかがわかってきました。"幸福とは何か"という命題に対する答えがここにあります。

武蔵屋がいつまで営業できるのかわかりませんが、ここに集う人たちにとって武蔵屋は永遠の居酒屋です。

翌日になっても武蔵屋の不思議な空間が私を包み込んでいました。
昨夜私が訪れたのは幻のユートピアだったのでしょうか。