酔遊記

No.20 仙台『源氏』は、やっぱりクラッシックだった

先日、念願が叶って行ってきました。
仙台駅の西口を出てまっすぐに徒歩10分、中央通りを過ぎて最初の路地を左に曲がったあたりに文化横丁という通りがあります。言わずと知れた飲み屋街です。
仙台には定禅寺通りや晩翠通りを含む国分町のような繁華な飲食街がありますが、こちらの方は寂れた昭和の駅前酒場の集まりのような大衆的空気に満ちています。
そこの一角の路地の、またさらに細い路地を入ったところに、居酒屋『源氏』はありました。

5時開店ですが、あいにく30分ほど遅れての到着。
路地を突き当たると、白いライトの中に『源氏』の文字が浮かんでいました。
典型的な縄のれんをくぐって木の引き戸を開けると店内は満員です。でも、ちらっと私に目をくれた女将さんが「こちらへ」と手のひらで入り口近くの端っこの席を指してくれました。


空いているのは、この一席だけ。開店したばかりですから出て行く人がいるわけではないので、待つことにならずにラッキー。

それにしても年季の入った、丸太を縦に切ったようなカウンターと長椅子です。
明かりといえば壁と天井に掛かる行灯の電球色がボーッと照らしているだけで、どちらかといえば昔に返ったような古くさい薄暗い酒場のようです。

片隅には横浜『武蔵』にあるのと同じ曲がりくねった長い管のついた付いた燗付け器があります。天井は船底で低く、現代的といえるようなものは皆無です。
しかし、この空間にはどこか品がある。さりげなく飾られている花や絵がいい。思った通り何ともクラッシック。なかなかやりますねぇ、女将さんのセンスでしょうね。こういうところって落ち着きます。一言で言えば、「しぶい」。

コの字のカウンターの中には着物に割烹着の女将さんひとり、七十くらいでしょうか。

客席は二十くらいですが、これを一人で仕切っているのだから大変です。とにかく動作が止むことがないので、注文するタイミングがむずかしい。

しばらく眺めていると、どうやらほかの人も同じらしい。

ちょうど隣にお通しを運んできたときに、すかさずビールを注文できました。
半紙に墨で書かれた品書きをゆっくりと眺めます。どれもこれも、酒飲みが好きそうな酒肴ばかりです。魚介の刺身に干もの、エビ味噌、ホヤの酢の物、笹かま・・・・途端に、次はお酒だなと思いました。


店の奥にある茶室の躙り口のような障子の向こうが厨房のようですが、料理が出てきたときしか見えません。先にお通しの野菜の炊き合わせが出てきました。これが6種類も野菜が入っていて、お通しとはいえない量です。つい摘まんでしまいます。

と、ほどなく女将さんが注いだ生ビールが届きました。
うまい、泡の細かさが年季を示しています。女将さんは寡黙で、極めて上品です。
おっと、場内もそれに呼応するかのように静かです。三分の一くらいはひとりで来ている人と思われますが、連れのいる人たちも大きな声では話していません。
どうやら、ここはそういう酒場で、来る人たちが雰囲気を作り出しているようにも見えます。東京でいえば、『伊勢藤』や『シンスケ』のようなものでしょうか。

ここまで言えば、どんな店かはだいたい想像がついたことでしょう。

肴にハゼの刺身と漠来を頼みました。ビールの後には高清水の三年もの古酒を燗で2杯追加したのですが、そのたびにお通しがつくのです。2杯目はお新香、3杯目は湯豆腐でした。

ちなみに、お新香を褒めた客がいました。女将さんからは、すかさず「昭和25年から使っている糠床です」と答えが返ってきました。

今の私には3杯は飲み過ぎです。
1時間くらいでほどよい加減。何だかすごく満たされた気持ちで仙台を後にしました。牛タンなんか食べるよりずっとよかった。

  なかなかに 人とあらずは
     酒壺に なりにてしかも 酒に染みなむ
                               ――――大伴旅人

No.19 ご無沙汰しております

長らくのご無沙汰を心よりお詫び申し上げます。

 

最後の掲載が20121126日でしたから、2年近くの空白となってしまいました。

きっと、いつも読んでいただいていた方も、更新されないのでもうやめたのかと思われているかもしれません。

 

中断していた理由のひとつは、昨年6月の健康診断で、膵臓がんの腫瘍マーカーであるCA19-9の値が80mg/dLと異常を示し、10月まで検査が続いていたことです。

「酔遊記」を続けなければいけないと焦りはあったのですが、なんといっても疑われたのが膵臓がんですので、気持ちがついていけませんでした。

 

CA19-9が高値を示すときは末期であることが多い(初期ではあまり反応しない)と知ったときには、「まあ、これで終わりだな。あと半年かな」と思いました。意外と恐ろしさとか、焦りとか、心配とかはなく、「酒を十分過ぎるほどに飲んできたのだから、こういう結果になることもあるだろう。ここまで十分よく生きたし、死ぬことになってもそれほど思い残すことはない。いい人生だった」といった、淡々とした気持ちでした。

 

膵臓がんである場合には、手術も化学療法も選ばず疼痛緩和療法だけを受けることにしようと決めました。できるところまで普段と同じ生活をし、動けなくなったら徐々に衰えていくのに任せ、なるべく自然に死にたいと思ったからです。

 

今回は、この間の経過を少し報告させていただきます。

 

20136月、健康診断でCA19-9の異常値を指摘され、総合病院を受診しました。肝胆膵の超音波検査では所見はありませんでしたが、CT撮影により膵管の膵頭部に辺縁不明瞭な個所があると診断されました。そこで、さらに7月になり、同病院でMRCPを実施。これでも同個所に不明瞭な陰影があり、膵臓がんが疑われる結果になりました。

 

しかし、その総合病院ではそれ以上の検査ができないということで、8月に大学病院のお世話になることになりました。

 

大学病院の専門家による判定も総合病院とほぼ同じものでしたが、その時行った血液検査でCA19-9300mg/dL4倍近くに上昇、「これは何かあるかもしれない」と疑いは強まり、もう一段精細な検査として超音波内視鏡をすることになりました。そのとき、医師から「飲んでいるサプリメントがあればやめてみてください」と言われました。

 

超音波内視鏡検査でも膵臓にはっきりとした病変は見当たりませんでした。CA19-9はほかの臓器のがんでも上昇することがあるというので、頭部・肺のCT、大腸内視鏡検査も行いましたが、何も出ません。

 

9月になり、最後の方法として体内に入れた放射性物質の分布により全身のがんを調べるPETという検査を行うことになり、同時に血液検査も行いました。

 

10月になり、PETの結果を聞くために外来を訪れると、PETでの所見は何もなく、CA19-925mg/dLとまったく正常値に戻っていたのでした。

医師からは「サプリメントをやめたのでしたら、それに反応した可能性が高いですね」と言われました。

 

実は、去年の4月頃から妻の薦めるサプリメントを飲み始めたのですが、膵臓がんが疑われてから、免疫力を高める効果があるというので、量を倍に増やしていたのでした。だから数値が上昇したわけです。

悟ったようなことを言っておきながら、あさましい話です。

 

しかし、医師は疑いを無にしたわけではありません。一応、膵臓がんの疑いは晴れたものの、膵頭部の辺縁不明瞭な陰影は経過観察を要するとのことで、もちろん禁酒令を仰せつかり、半年後に再検査をすることになりました。

 

その頃には、6月から節酒していたものの、禁酒にまでいたっておらず、肝機能も改善していたもので、がんの疑いが薄れて行くに従って飲酒量も復活し、それなりに充実した飲酒生活を送っておりました。

 

そして、今年の3月、再検査が行われ、膵管の辺縁不明陰影は慢性膵炎によるものとの診断がくだされ、肝機能も元に戻って悪化、飲酒がばれてしまいました。慢性膵炎の癌のリスクファクターは普通の人の8倍だそうです。

 

背痛はないものの、ときどき軽度の腹痛、悪心、脂肪便、下痢といった慢性膵炎の症状があり、節度をもって暮らす毎日です。

 

そういうことで、この2年間、ほとんど新しい居酒屋の開拓をしていません。しかし、何といっても過去の経験が豊富です。折に触れて居酒屋にまつわる「酔遊記」を書いていけたらいいなと思っております。

 

さて、今夜は下弦の月かな。それではちょっとだけ、寄っていきますか。

 

  白玉の歯にしみとほる秋の夜の 

     酒はしづかに飲むべかりけれ     若山牧水

No.18 1年ぶりに竜馬へ

1年ぶりくらいで新橋の立ち飲み、『竜馬』に行ってきました。
『竜馬』は私の中の五つ☆のひとつです。

午後7時近く、相変わらず入り口あたりから満員状態。相棒と一緒に、壁に掛けられた坂本龍馬の写真を見ながら、立錐の地を求めて奥へ奥へ。どん詰まりまで行くと、店の人が調理場の前のカウンターあたりに声をかけて場所をつくってくれました。

コートを掛けて両脇の人に挨拶をしてから我々のスペースに立たせていただきます。臨戦態勢がようやく整いました。
キャッシュオンデリバリーシステムですので、とりあえず3,000円を籠の中へ置き、ビールを注文。
メニューは魚の刺身から乾き物、サッポロ一番塩・味噌ラーメンまで何でも揃っています。ちなみに、値段の一番高いものが鮪の脳天刺身・鮪とアボガドの山葵和えの500円で、一番安いのが塩もみキャベツの100円です。すべてが500円以内と頑張っています。
酒だってワイン、カクテル、ティオペペまで何でも揃っています。焼酎などは麦・芋・米・その他というふうに一覧表ができています。

ビールが来たので、相棒と乾杯。
矢継ぎ早にどんどん注文してしまいます。
今日は残念ながら、お目当ての鮪脳天刺しが切れています。代わりに鮪の中落ちを。それからポテトサラダ・コンビーフ乗せ、焼き鳥、厚焼き、牡蠣の唐揚げ・・・・。 

この混み具合が何ともいえません。一人の人は少なく、二人連れか、グループの人が目立ち、あっちでもこっちでも、ワイワイガヤガヤ。
また人が入ってきました。常連さんなのでしょう、顔見知りのところに寄って行き、上手に分け入って壁にもたれるようにして立ちました。

こんなに混んでいるのに注文の品の出てくるのが早い。
前が調理台なのですべてが見えます。揚げ物、焼き物、サラダの盛り付けと、2人の調理人が、いっぺんに3つか4つの作業を進めています。頭の中は料理に集中しているというよりも、自然に無駄なく体が動いてしまっているといったほうがよいでしょう。

ポテトサラダ・コンビーフ乗せは『竜馬』でなくては食べられません。コンビーフがたっぷり乗っています。うまい。自分の家でも作れるでしょうが、それよりなんといってもこの組み合わせをよく考え着いたなと思う次第です。

中落ちも来ました。これで500円?二人で食べて十分です。
白子ポン酢も全部一人で食べてしまったらコレステロールの取りすぎが心配になる量です。
焼き鳥ももう食べられない。

食べるのに夢中で、飲むのを忘れていた。
カウンターの向こう側には、焼酎のボトルが並んでいますが、50、60種類はありそうです。それでは、籠に金を足して「佐藤の黒」をロックで頼みましょうか。

立ち飲みで長居は無用というのが私の信条ですが、相棒がいたせいか、もうかれこれ1時間半を超えました。

何を食べても美味くて、安くて、店もいい、客もいい。
帰り際、カウンタの上で懐手して立っている竜馬像と目が合いました。『竜馬』は、新橋の居酒屋の隅から日本を変えようとしていると感じました。『竜馬』は、その名にふさわしい酒場です。

アァ、やっぱり『竜馬』はいいなぁ。

 

No.17 立ち飲み礼賛

東京では近頃、立ち飲み屋が急増しています。チョッと古いデータで恐縮ですが、おなじみ吉田類の著書「東京立ち飲み案内」(2009)によりますと、2008年末までの都内の立ち飲み屋の数は600軒余りと推定されたそうです。
でも、この3-4年の間に立ち飲み事情は急変していますので、今では優に1,000軒を超えているのではないかと思います。この本郷界隈で思いつくだけでも4-5軒新しい店ができましたし、地価の高い銀座や新橋、東京駅周辺ですら増えたなぁという印象です。
立ち飲み事情の急変とは、美味い酒肴を提供する店が増えていることと、女性客が増えたという、この2つの現象です。今や立ち飲みは文化です。

立ち飲みとは、文字通り、立ったまま飲酒をすることで、それを常態とする居酒屋のことですが、ずっと昔は、立ち飲みといえば酒屋の奥にテーブルを置くか、隣の倉庫のようなところで酒の木箱をひっくり返し台にして、酒好きの常連たちが集まって、店で定価で買ったビールや清酒を、乾き物や缶詰を肴に夕方一杯やるというのが古典的スタイルでした。イギリスのパブのような気張らない人たちの社交場だったのでしょう。こういう酒の提供の仕方は歴史を遡ると19世紀の江戸時代後期にはあったようです。今でも名残を残す店を見かけないわけではないですが、少なくなりました。

私が立ち飲みを愛好している理由を挙げてみます。
まず第一に、一人でも気軽に入って飲める。
第二に、一般的には安い。
第三に、注文した物が早く出てくる。
第四に、連れがあっても近い距離感で気楽に話せる。
第五に、長居にはならない。
第六に、立ち飲み屋独特の熱い雰囲気と喧騒がたまらない。
こんなところでしょうか。

一言で言えば安くて、気軽に入れて、好きなときに帰れるということです。一人のときの私の滞在時間は早ければ一杯引っ掛けて15分、普通で30分というところでしょうか。連れがいたって1時間か、せいぜい1時間半。なにせ腰を落ち着ける椅子がないのですから、宴会をやったり、ダラダラと飲むのは立ち飲みのマナーに適っていません。
狭い空間で客の回転がいいのですから、安いのは当たり前。

ただ、美味い酒を飲もうというのには立ち飲みは向いていません。燗酒を飲む人は少なく、ビールは普通にしても、ホッピーとかハイボール(下町では焼酎ハイボール)とかサワー類が中心で、不思議とそういう酒類が空気に合っているのです。

狭い空間に肩を寄せ合って立つのですが、それがちっとも煩わしく感じないのです。自然に場所を譲り合ったり、話をしなくても隣の人たちとの間に親近感が生まれたり、時には常連さんの話しに入れてもらったりするのが嬉しいのです。
今は夏ですので、混雑していると相当蒸し暑く感じます。クーラーなしで窓を開け放っている中でも汗を拭き吹きジョッキを傾けるのが立ち飲み流なのです。

最近は、バルとか洋酒バーとかいうのがはやっていて、けっこう美味しい料理を出します。酒を飲むというより、料理と雰囲気を楽しむ女性客が目立ちます。外国人のたまり場になっている店もあります。

立ち飲み屋の会計は、先払いというところが増えています。これをキャッシュオンデリバリーというのだそうです。篭や皿にお金を入れておくと、店員がオーダーが一品届くたびにそこから勘定分だけ取っていくシステムで、極めて明朗会計です。

最後に、私の好きな都内の立ち飲み屋を幾つか紹介しておきましょう。
新橋『竜馬』、『魚金ゆりかもめ店』、田町『竹ちゃん』、渋谷『富士屋本店』、勝どき『かねます』、北千住『徳多和良』、四谷『鈴傳』、神楽坂『カド』、水道橋『うけもち』、門前仲町『立ち飲み太陽』、茅場町『ニューカヤバ』、吉祥寺『伊勢屋総本店』、銀座『マルギン』、丸の内『日本再生酒場』、それに本郷の『魚伊之』など。
立ち飲み屋もそれなりに個性があります。店主の考えが色濃く出るのは椅子席酒場と同じです。

No.16 私の居酒屋五つ☆

しばらくご無沙汰しました。
仕事に熱中していまして、〔酔遊記〕が気になっていたのですが、居酒屋巡りもままならない状況が続いていました。
でも、そうこうするうちに私家版 居酒屋データベースが2012年1月末に300軒を突破しました。居酒屋めぐりを思い立ったのが2009年の7月でしたから、2年半で到達したことになります。知らない土地では頑張って1晩に3軒をハシゴしたりしたこともありますが、それでも我ながらすごいなぁと感心してしまいます。
300軒を30ヵ月で割ると、月に10軒です。このペースで新しい店を巡り歩くというのは、なかなかの努力でした。意志を強く持たなければできなかったでしょう(このエネルギーと意志力を仕事に振り向ければもっと何とかなるはずですが)。
大変だったのは、時間だけではありません。金も結構使いましたし、γ-GTPの値も跳ね上がりました。どうやら少し休養が必要のようです。

せっかくですから、ここで300軒達成記念として「私の居酒屋五つ☆」を発表しておくことにします。
ひとつひとつ解説したいところですが、一行コメントで失礼します。


■東京編
<東京周辺>
 ふくべ(東京駅八重洲口):看板には通人の酒席とあるが、確かにすごい酒揃え。煤けた店内は雰囲気満点。
 やまだや(築地):築地にあってモダンな店構え。しっかりした料理がワインにも合う。
 佃喜知(銀座):銀座のこんなところにこんな店があったのかと思うだろう。ここは酒より料理を楽しんだほうがよい。
 やす幸(銀座):おでん鍋から立ち上がる湯気を前にして座ると、銀座の良さが伝わってくる。安くはないか。
 よし田(銀座):蕎麦屋にしてそのまま居酒屋。銀座の休憩室のような雰囲気。
<品川周辺>
 牧野(京急新馬場):めずらしいのは穴子の刺身と穴子の踊り焼。魚介類が新鮮。
 よし鳥(五反田):こだわりの青森シャモロック。焼くタイミングが良いのでつい酒が。
<渋谷周辺>
 和(なごみ=恵比寿):大人の酒処。お通しから上等。お薦めはいろいろあるが、まずは刺身8種盛りを。
 金田(自由が丘):名店だが品数の多さには目を見張る。せっかくなら1階のカウンターで。
 穂のか(武蔵小山):狭いけれど日本酒が揃っている。是非酒盗の焼味噌をご賞味あれ。
<新宿周辺>
 笹吟(代々木上原):メニューが豊富で、特に野菜料理の多いのが他とは違うところ。日本酒が揃っている。老若男女の万人向き。
 やきとん秋元屋(野方):焼トン店は数々あれど、味、値段、雰囲気はピカイチ。
 伊勢藤(神楽坂):木造の二階家は外も中も文化財的価値がある。やや堅苦しいが、たまにはこういう空気の締まっているところも悪くない。
 蕎楽亭(神楽坂):入りやすい。てんぷら、穴子白焼、出し巻き卵をとって、最後は自慢のざる蕎麦で締め。
 萬屋おかげさん(四谷):予約が取れたらしめたもの。刺身の出し方が凝っている。
<池袋周辺>
 ふじ(池袋):夫婦で営む静かで落ち着いた隠れ家的存在。気さくで酒好きな常連が多い。
 江戸一(大塚):店のシブさがきれいにカッコよく飲みたくさせる。燗酒に合う定番酒肴がどれも安くて美味しい。
 こなから(大塚):〔酔遊記〕No.8をご覧ください。
 齊藤酒場(十条):近くまで行ったら無理しても寄りたいところ。酒場という呼び方がまさにふさわしい。
<上野周辺>
 八幡屋(御徒町):私の中での一押し居酒屋。品数は多くないが、どれも逸品。冬はふぐと白子豆腐。酒は岡山の酒一筋。
 シンスケ(湯島):いわずと知れた老舗居酒屋。一人カウンターに座り鮪のぬたと鰯の岩石揚げを頼む。酒は両関のみ。
 赤津加(秋葉原):ビルの谷間の昭和の居酒屋。店員さんと客の息がぴったり合っている。
 鷹番(小川町):日本酒の店だが、白ビールがめずらしい。料理は何でもOK。馬刺し、クエ鍋がgood。
 鍵屋(鶯谷):古い民家で、中も超レトロなところがいい。燗付器のぬる燗を注文すべし。うなぎのくりから焼き、鶏皮煮が好き。
 志婦"や(浅草):何といっても下町のよさに溢れている。酒の種類は多くないが、新鮮な魚介類が豊富。
 大はし(北千住):都心からはチョッとあるが、並んで待つとしても行ってみる価値がある。煮込みが美味い。大衆性抜群。
 山利喜(森下):下町の名店。新装したが煮込みの味は変わらない。酒肴は和洋折衷型。
 ほそ川(両国):蕎麦屋としてその名を知られているが、酒も肴も凝っている。要予約。

■東京以外の地方は、まだ時間も情報も不十分ですが、これからも出張を活用して励みたいと思っています。
 <旭川>独酌三四郎:煤けた店内と燗をつけるかまど、店構えだけでなく肴も味わいがある。
 <弘前>しまや:津軽の家庭料理ということで訪れたが、女将の話し上手が一番の肴になった。
 <秋田>酒盃:シブい装飾、こだわりの酒と料理。店主のフィロソフィーが伝わってくる。味噌貝焼がお薦め。
 <一関>こまつ:土蔵作りの店内は明るく柔らかな空気。牡蠣・葱料理、てんぷら、そして最後は鴨汁蕎麦。
<仙台>一心:酒は宮城の地酒中心。店も料理も上等だが、高くない。ほや料理が今も忘れられない。
<横浜>武蔵屋:〔酔遊記〕No.7をご覧ください。
<藤沢>久昇:カウンターで一人杯を傾けていると、酒を飲む喜びが湧いてくる。店の人も客も丸く穏やか。
 <岐阜>八十八商店:地元の人に安くて美味しいと教えられて行ったが、その通りだった。最後は鯛めしで。
 <名古屋>大甚本店:名古屋に大甚あり。創業105年の老舗ながら、とても庶民的。ここに居酒屋の原点がある。
 <京都>赤垣屋:酒、味、雰囲気、客、値段、清潔感すべて文句なし。赤ネオンの看板がいい。
<大阪>明治屋:看板、神棚、品書き、酒樽、燗付け器、椅子とテーブル......絵に描いたような居酒屋。
         上かんや:心斎橋筋にあるこざっぱりとした店。燗酒で凝った料理をゆっくりと味わいたい。
     ながほり:居酒屋とはいいがたいハイレベルな店。日本酒が揃っていて、野菜の創作料理がいい。
<長崎>朱欒(ざぼん):〔酔遊記〕No.12をご覧ください。
        安楽子(あらこ):〔酔遊記〕No.13をご覧ください。
    
ここでは立ち飲みを除きました。しかし、立ち飲みにもかねます(勝どき)、大島や(月島)、徳多和良(北千住)、竜馬(新橋)、カド(神楽坂)、富士屋本店ワインバー(渋谷)、角うちいしまる(大宮)といった私の五つ☆があります。いつか別に書いてみたいと思っています。

No.15 一見さんはつらいよ?

先日、外出の用事が早く済んだので、せっかくだからちょっと遠くへ足を延ばしてみたいという気になりました。
会社が終わってからですと、山手線より外の地域には、なかなか行けません。会社から小一時間かかるようなところだと、せっかくその居酒屋を目指していっても、到着するのがまさに客足のピークの7時頃になってしまい、満員で断られることがよくあるのです。簡単には出直せないと思うと、回転がよさそうな店のときには、並んでも待つことにしています。1時間近く待ってようやく席に着けたというところもありました。
居酒屋の開店時間は店によって違いますが、5時か、5時半頃には開きますので、6時頃ならば、予約がなくても、大抵はカウンターの席につくことができます。
だから、まだ空いている時間帯に居酒屋に辿り着ける外出先から直帰できる機会は貴重なのです。

私はそんなチャンスにウキウキしていました。国会議事堂前から地下鉄に乗って、渋谷の2つほど先の駅に降り立ちました。
目的の店は駅から五分ほど歩かなければなりません。駅前の商店街は帰宅途中の買い物客で混雑していて思うように進めません。6時に近くなっていて気分は少々焦っていました。地図を片手に夏の西日を浴びながら汗びっしょりになって、ようやく辿り着きました。
店は夏だというのに、扉も窓も開け放ってあります。中を覗くと客は一人もいません。ホッとした気分で暖簾をくぐりました。

主人らしき四十半ばの男性が下を向いて調理をしているらしい姿がカウンター越しに見えます。
「ひとりですが、カウンターに座っていいですか」と尋ねるも、すぐに返事が来ません。考えている様子だったが、ややあって、「今日は予約でいっぱいなんだ。すみません」とぶっきらぼうに言ったかと思うと、すぐにまた下を向いてしまいました。
予約でいっぱいと言ったって、まだ誰もいません。ここで怯んでなるものかと、「遠くから訪ねて来たんです。ちょっとの間でいいから飲ませてください」と懇願しました。冷ややかな沈黙があります。
もう一度、「ふらっと立ち寄ったというんじゃないんです。この店の評判を聞いて、是非一度と思って、電車に三十分乗ってやって来ました」と付け加えました。
このひとことが返って刺激してしまったのかもしれません。
「そういうのがこの頃多いんだよ。雑誌で見たとか、ネットで見つけたとかというやつらには困っちゃうんだ。どうせ一度しか来ないんだから」
怒っているような荒っぽい口調です。
見れば、店員が一人、隅の方でモジモジしています。あァ、これはだめだと思った瞬間、また言葉が返ってきました。
「一時間以内と約束してくれれば。一番奥に座って」
面倒くさそうな声だったが、雲行きは急変しました。この機を逃すまいと、「ありがとうございます」と神妙にして、さっさと席に着きました。

カウンターは6席、小上がりが2つの狭い店です。壁には所狭しと品書きが貼ってあります。少しゴチャゴチャしていますが、掃除が行き届いていて清潔感が漂っています。
カウンターの一段高い場所には焼酎の一升瓶が十本ほど並べられていて、奥の席からは主人の姿が見えません。
若い店員にまずはビールを頼んで、品書きを眺めます。魚介類を中心に、野菜、肉など幅広い料理ですが、焼き鳥、焼き豚の類はありません。品書きから魚へのこだわりが感じられます。ほどよい値段です。
魚の刺身は毎日食べているのでやめておいて、ビールが来たところで"秋田岩がき"を注文。
食べたいものがいろいろあり、かなり迷うが"青森ホヤ"を追加。

岩がきが来ました。実が肥えていて、ねっとりした下触りに思わず「おいしいですねぇ」と言うと、「岩がきは8月も終りじゃぁ、そろそろおしまいだよ」
今度は"ホヤ"が来ました。山葵醤油です。思わず「軟らかくて、味がいい」と言いますと、また、「ホヤももう終りの時期で、美味いのが入ってこないんだけどね」と冷たい響きの声が返ってきた。今頃こんなものを食べて美味いと言ってるようじゃ、おまえはわかってないなと言われているような気がしてしまいます。
こっちは食べたいと思うものを注文しているのだし、しかも品書きにあるのだから、ブツブツ言われる筋合いはありません。しばしの沈黙。

ビールがなくなって、私はようやく声を発しました。
「"加賀鳶"を燗でお願いします」
運ばれてきた酒の燗の具合も丁度良く、料理の盛り付けもぞんざいなところは少しもなく、上等に思えました。
なんだか掟を破るようで少し躊躇われましたが、酒瓶の向こうに思い切って話し掛けてみます。
「どこかで修行されたんですか」
「ほかの店で働いたのは少しだけで、ほとんど独学です。自分で店を始めてから考えて覚えたほうが多いかな」
意外とスラスラした答えが返ってきました。そこから会話が始まりました。
ひとしきり、自分が培ってきた鮮魚や野菜の仕入れの方法について語ってくれました。なんだか段々言葉遣いも丁寧になってきて、打ち解けてきた感じになってきました。

話が一段落したところで、私は席につく直前の会話を蒸し返すように、恐る恐る言ってみました。
「私は、居酒屋歩きを楽しみにしてるんです。近くはないので、これからちょくちょく来るっていうわけにはいかないけれど」
「うちはほとんどが常連さんでねぇ」ぐっと前へ張り出すような声です。常連だって、最初は一見客から始まったに違いないのです。
「私みたいのが突然やって来てしまって、申し訳ないですねぇ」
「最近そういうお客が増えて困ってるんですよ。そういうのに限ってこういう店に来たらマスターと話し込むものだと思い込んでる奴が多いんだ。こっちはお客さんに美味しいものを出してやりたいと思って一生懸命集中しているのにさ、やたら話し掛けてくる」
私に向かって返答しているのか、独り言なのか。私も、下ごしらえをさえぎって話し掛ける、ただの一見の客に過ぎません。
「でも、こうして知らない居酒屋を巡礼すると、何かを発見することがあって楽しいんです」
「こっちの商売にはちっとも嬉しくない。だから最近は、取材は断っているんです」
そういいながら、見れば小上がりのところの柱に雑誌の紹介記事がきれいに額に入れて飾ってあるではありませんか。

そんなとき、二人連れの客が入ってきました。話のやり取りから常連客であることがすぐにわかりました。
主人の声色も微妙に変わりました。
「今日は米沢牛のいいのが入っています。たたきか、ステーキで召し上がりませんか」と勧めます。
会話はそこで途切れてしまいました。私はすっかり常連客の話を聞く立場に変わりました。

私は、ほろ酔い加減というわけではなかったけれど、約束の時限が来る前に立ち上がりました。勘定を払ってつり銭を受け取るとき、主人がニコッと笑いました。いや、ただの気のせいかもしれません。
私は、陽の落ちた商店街を、人波を避けて駅へ向かいながら呟きました。
『偏屈なオヤジだった。そういえば、独りでやってる居酒屋のオヤジって、変わっているのが多いなぁ』。
でも、客なのにこんなに気を遣って飲ませていただいたのは初めてです。一見はつらいなぁ。

No.14 大丈夫か、日本の居酒屋

イギリスではパブが経営難で、急な勢いで姿を消しつつあるそうです。
その背景は、近年イギリスでは犯罪が増え、それに伴って酒を規制する法律ができたり、若者たちの嗜好がパブの飲み物であるビールからワインに移り、バーやカフェが新しい世代のたまり場になっていることと、飲食店での喫煙を禁じる法律ができたことが追い討ちをかけてパブに人が来なくなってしまったということです。
パブはこのままイギリスからなくなってしまうのでしょうか。イギリス好きの私には、何とも寂しい話です。

そんな話題が飛び火したように、日本の居酒屋も衰退の一途を辿っているという、非常にショックな話を耳にしました。日本の居酒屋の市場規模はこの10年あまり縮小し続けているのだそうです。
ピークだった1992年頃には1兆4,629億円の市場規模だったのが、2010年には1兆円程度にまで減少してしまっているというのです。さらに、今後10年間で2,000億円くらい減るだろうと予測されています。

にわかには信じがたい現象です。繁華街を歩くと、どんどん新しい店ができ、入ろうとしても満員で断られることがしばしばあるので、居酒屋は繁盛を極めているかのように思い込んでいましたが、事実はまったく違うのですね。日本の居酒屋は大丈夫なのでしょうか。

確かに繁華街では、席数200以上もあるような大型チェーン店の出店競争ばかりが目に付きます。店頭や街角では、『全品270円』とか、『呑み放題 1,200円』とか『最初の1杯無料』といったチラシやティッシュが配られ、声をかけられます。実に激しい集客戦争が行われています。
しかもそういう大型チェーン店がひとつのビルの中に集中してあったりしています。これはどういうことなんだと不思議に思うのですが、それはそれで理屈があるようなのです。
しかし、これでは売上高も収益力も落ち込んでしまうのは当たり前だと思うのですが、勝敗の分かれ目は何なのでしょうか。

味や雰囲気やサービスで勝負しない日本の居酒屋メジャーは完全に負のスパイラルに落ちっています。大型チェーン店の近い将来の淘汰もやむをえません。しかし、どんなことになっても個性のある、いい居酒屋は必ず残ります。

居酒屋は、イギリスのパブと同じように、日本の大衆文化であり伝統です。私としてはどこの国でも居酒屋文化が衰退してほしくはありません。
でも、日本の居酒屋の将来は暗いんだなぁと、チョッと憂鬱になりました。

No.13 長崎は美味しい(2)

二日目の長崎。昼食にはチャンポンを食べました。
仕事を終えて思案橋に戻ってきましたが、まだ真昼のような明るさです。なかにし礼の小説「長崎ぶらぶら節」の舞台になった丸山界隈を散歩してみることにしました。
思案橋というのは、男たちが花街であったこの丸山の橋の袂に佇んで、入ろうか入るまいかと迷った入り口であったそうです。今はその橋はありません。街並みに入ると、丸山公園というのがあります。そのあたりはレトロな感じが漂っています。昭和の初め頃かと思われる石造りのしゃれた交番があり、別な一角にはカステラの老舗・福砂屋本店があります。福砂屋本店は、黒塀に囲まれた大きな屋敷で、いかにも老舗の商家といったどっしり落ち着いた構えです。ちなみに寛永元年(1624)の創業です。
公園の先には料亭・花月があります。「竜馬がゆく」や「長崎ぶらぶら節」にも出てくるそうです。確かに歴史を感じさせる堂々とした外観です。いかにも高級そうで、こんなところで卓袱料理を食べてみたいものです。隣の建物は長崎検番という、その昔芸者の取次ぎや事務を取り扱ったところだそうです。
そこからは小高い丘になっていますが、家がびっしりとひしめくように建ち並んでいます。花月と検番の間の道をしばらく登ると、梅園身代わり天満宮があり、さらにその上に中の茶屋がありますが、現在は修理中で見られませんでした。丘の上に出て歩くと、幕末の砲術家・高島秋帆旧居跡に出ます。取り立ててなにもありませんが、そこから長崎の町並みが眺められます。丘の向こう側に降りて大きな道路に沿って思案橋まで戻りました。約 30分の散歩でしたが、さすが歴史の街・長崎、どこへ行っても史跡に当たります。

さて、そろそろ酒場に繰り出すのに程よい時間です。まずは思案橋のすぐ近くの「安楽子」(あらこ)へ。

軌道電車の走る思案橋通りからひとつ裏に入った小道の角に、建物を廻らすようにして大きな看板があります。「大衆割烹 安楽子」と大書してあります。店先には黄色いスーパードライの看板が立てかけてあったりして、見かけはありきたりの居酒屋の様相です。
7時チョッと前ですが、中に入ると、カウンターに二人連れが一組いるだけで、拍子抜けするくらい客がいません。私は端っこに座らせていただきます。外見に比べて店内は、実にクラッシックです。黒光りした柱や天井が落ち着いた雰囲気を醸し出しています。カウンターの前に長いガラスの冷蔵ケースがあるからでしょうか、居酒屋というよりはチョッと昔の寿司屋のようなつくりです。小上がりのほかに部屋もいくつかあるようで、中はけっこう広いのです。

いつもの通り、最初はビールを注文します。ケースの中には、大きいのから小さいのまで、ものすごい種類の魚介類が溢れんばかりに詰め込まれています。しかもどれも艶々しています。しかし、品書きを見ると、鯨料理がずらりと並んでいて、ばかに鯨が強調されています。これは普通ではありません。関東では鯨といえば赤身とさらし鯨、ベーコンくらいでしょうか。
目の前で魚を捌いている人のよさそうな若主人に尋ねます。
「長崎は鯨も美味しいんですか?」
「何を言ってるんですか、長崎の鯨は日本一ですよ。市内のかなりの料理屋においてあります」
それは知りませんでした。サエズリ、ホンガワ、オノミ、コロ、ヒメワタ、スエヒロなど聞いたことのあるような/ないような名称が並んでいます。鯨料理は東京でも新宿の樽一、駒形どぜうといったところで食べられます。しかし、こんなにもいろいろな種類はありません。思い出した、秋田で食べた塩鯨と茄子の汁が美味しかったのを。
新鮮な長崎の魚にも惹かれるけれど、ここは鯨を食べてみることにします。
「何がお薦めですか」
「いろいろ試してみるのに、盛合せをつくりましょうか」と言ってくれたのでお願いしました。

あぁ、ビールが美味い。
鯨の刺身を待っている間に、次々と客が入ってきて、たちまち賑やかになってしまいました。中高年のサラリーマンが多く、若い人や女性は見られません。
ガラスケースの向こう側近くに、葱を巻いて縛ったものが皿に山のように盛られています。今つくったばかりと主張するかのように光を放っています。美味しそうなのでこれを注文します。葱巻きと呼ぶそうですが、酢味噌で食べるので葱ぬたと同じです。ただ、幾重にも巻き込んで締めてある分、濃密な味わいがあります。これはいくらでも食べられそうです。

鯨が出てきました。サエズリ、ベーコン、スエヒロの3種類です。ビールを飲みながら鯨の話を聞かせてもらいます。
「捕鯨は禁止と言われながらも、今でもけっこう食べられるんです」。「日本で流通している鯨はミンク鯨などの調査捕鯨の鯨で、ペニスやヒゲまで余すところなく食べてしまいます」。「アメリカだってヨーロッパだって、昔は鯨油を機械油や灯油として利用するために太平洋まで捕鯨に伸して来てたんですよ。自分たちが使わなくなったから食用はだめだなんてなっちまって」。
サエズリというのは舌の部分で、セセリともいうそうです。一切れの長さは5~6センチで、本体は白く、片側2ミリくらいが黒っぽく、反対側1~2センチが赤身がかった肉です。口に入れるとモチッとした感じですが、口内で温まるとトロッとしてきます。ポン酢で和辛子を付けながら食べます。
ベーコンは畝須(うねす)という下顎から腹部に掛けての部分の肉で、外側が赤色に着色されています。東京でもかなりレベルの高いものを食することができますが、この店のベーコンはさらに上等です。鯨のベーコンをこんなに美味しいと思ったことはありません。
スエヒロは、ベーコンと同じ畝須を水煮したもので、煮ることで脂分が程よく抜けているので、さっぱりしています。でも、私はベーコンのほうが好きですね。
こんな具合に、鯨の肉にしばし酔いしれました。

次に何を飲もうかと見渡すと、「案楽子」と命名された酒もあります。しかし、焼酎の品揃えがすごい。ここで日本酒を飲んでしまうと後が続かなくなってしまうことも考え、焼酎を注文します。銘柄は忘れましたが、とにかく九州のものしか目に付きませんでした。

もうひとつどうしても食べてみたいものがあります。イイダコの刺身です。イイダコといえば塩焼きかおでんのような煮物で、刺身というのは味わったことがありません。これを注文します。わさび醤油で食べてみると、コリコリした歯ごたえはありますが、思ったほど生臭いということもありません。その代わり、あまり味もなく、フーン、これがイイダコの刺身かという程度の感想しか持てませんでした。やっぱり刺身には向いていないんだろうな。

店内も8時近くになって、ほぼ満員状態です。それではもう一軒まいりましょう。
昨日の思案橋横丁に行って「味処こいそ」を探します。地図を持っているのですが、なかなか見つかりません。ようやく人が一人通れるくらいの細い路地の奥の奥に店の看板を探し当てました。これはもう地元の常連さん相手の居酒屋としか言いようがありません。

中へ入ります。チョッと洋酒バーのような雰囲気で、薄暗く細長い店です。右側がカウンター席、左側がテーブル席、奥に小上がりという配置で、どこも人で埋まっています。カウンターの真ん中あたりに一席空きがありました。
カウンターの上には10種類ほどの大皿料理が並んでいます。野菜を使った惣菜が目に付きます。そして、見るからに日本酒の品揃えが豊富です。

久留米の万年亀という純米酒を燗でいただきます。肴は刺身類もあるのですが、目の前に並ぶ惣菜から揚げ茄子の唐辛子味と長芋の唐揚げを注文。鯨のカツもあるのですが、やめておきました。
一人酒は私だけで、みんな連れと賑やかにやっています。人のよさそうな主人が、フラッと入ってきた私に、料理の説明など丁寧にしてくれて気を遣ってくれます。客層もすいずん若いし、女性も多いのです。主人と奥さん、それに手伝いの人でよくこれだけの客を愛想よく切り回せるなと感心します。
残念ながら、料理は私がたいしたものをとらなかったせいもあるが、可もなく不可もない一般的な味です。店の人はこの上なくいい人なのですが、欲を言えば、居酒屋としてもう少し雰囲気づくりを工夫してほしい気がしました。

もう腹はいっぱいだし、酒もそう飲みたくはないのですが、もう一軒、おでんの「はくしか」が残っています。おでんは昨日食べたし、もういいかと気持ちが引っ込みましたが、「はくしか」は長崎では名店らしいのです。せっかく来たのだから、エエィ、こうなったら行っちまおう。

また思案橋に戻り、電車通りを渡って飲食店街の中を、今度は、ブラブラではなくてフラフラと歩きます。横丁は昼間よりも多い人の波で賑やかです。時間が時間だからでしょうか、すれ違う人はみんな陽気な顔に見えます。まるで夜の新橋駅あたりの光景です。
大通りから百メートルくらい路地奥へ進んだところに「元祖淡口おでん はくしか浜町店」はありました。これがおでん屋?と疑いたくなるような立派な店構えです。

中へ入ると、けっこう混んでいますが、こざっぱりした店内は広くてゆったり感じます。コの字カウンターの中に立つ、大柄な割烹着姿の女将さんみたいな人が、「ここどうぞ」と言って入り口近くの角の席を指してくれます。
見晴らしの良い席です。カウンターの向こうもゆったりしています。そう感じるのは、おでん舟が大きいからでしょうか。昨夜の「桃若」よりもさらに大きいのは確かです。神棚があるではないですか、こういうのがあると居酒屋らしくて嬉しくなってしまいます。その下には「おでん一筋五十年」と書いてあります。長崎の居酒屋はどこも歴史がありますねぇ。
酒は白鹿で、焼酎は5種類くらい。おでん屋にしてはめずらしくワインが置いてあります。ボージョレ、シャブリと5種類くらい揃っているのには感心しました。おでんにワインとはどんなものかと考え、コノスル・カベルネ・ソーヴィニョンというチリの赤ワインを頼みます。
続いておでんはと思って見回すも、壁にはおでんの品書きがなく、どんなものがあるのかわかりません。わたしが舟のほうをそれとなく眺めるとすかさず、髪を大きく頭の上に丸めたアキ竹城似の女将さんに「こちらは初めてですか」と聞かれました。
「ここへ来たら、はくしか特選揚げを食べなきゃだめよ」と言われたので、それではと、それと豆腐と昆布を頼みます。ここから見るおでん舟の出し汁はお湯のように澄んでいます。女将さんが、すぐにユラユラ立ち上る湯気の中から注文の品を取り上げてくれます。おでん種は25種類くらい入っているそうです。言われるように、はくしか揚げは美味しい。柔らかいさつま揚げのようなもので、いろいろ野菜が入っています。

奥にある座敷の客たちが帰ろうとしています。そうか、もう9時近かったのです。客の一人が女将さんに何か冷やかしを言ったので、転げるように大笑いしながら言葉を返しています。その会話から女将さんの名前がのぶこさんであることがわかりました。
おでんを除く品書きが、剣道場の名札のように鉤状の釘に整然と掛けられてあります。美味しそうなメニューが並んでいます。
ハトシというのがあります。のぶ子さんが答えてくれました。
「ハトシっていうのはねぇ、長崎名物なんですよ。パンの間に海老のすり身を挟んで揚げたもので、おいしいですよーォ。お試しあれ」という言葉に、そのまま注文。ついでにこれも珍しいのでオランダコロッケもお願いしました。ほかに鰯のやわらか煮、鯖の燻製なども気になりましたが、とりあえず。

なぜか不思議とゆったりとした空気が漂っています。のぶこさんの個性が光りますが、もう一人、やはり割烹着を着た年配女性が奥で忙しく立ち働いています。のぶこさんより細身です。そこは調理場になっていて、彼女がおでん以外の肴を拵えているようです。そこそこ混んでいるのに、あまりうるさく感じません。客たちも話をしているのだけれども大騒ぎする輩はいません。
のぶこさんを見ていると、急いでいるようには見えないのですが、すごい手際の良さです。客たちとのコミュニケーションを絶やさないようにしながら、奥にも声をかけ、自分の持ち場を仕切っています。客に対する気配りもたいしたものです。私は、失礼ながら、のぶこさんの人生を思いました。毎日こんなふうにして、忙しくカウンターに立ち、愛想を振りまいて客の相手をして人生を終えるんだろうけれども、楽しくて幸せなんだろうなと。

おでんにワインも悪くはありません。つみれに、糸こんに、はんぺんを追加します。くどいようですが、おでんは、薄味で、形が崩れてなく上品な感じで、中までしっかり味が滲み込んでいます。
ハトシと、とろけるチーズをマッシュドポテトで包んだようなオランダコロッケも美味しかったです。

いつの間にか客たちが減ってきています。アーァ、いい気分だ。そろそろお暇しましょう。ウムッ、「こいそ」を出たときには腹がいっぱいと思ったのに、どうしてこんなに飲んだり食ったりできたのでしょうか。ワインで酔ってしまった、というより「はくしか」に来る前から酔っていたので、今は酩酊状態です。でも、最後にがんばって来た甲斐のある店でした。


はじめは5軒なんてとても回れないと思っていたのが、案外簡単に巡ることができたのは、まずは長崎の居酒屋がどこへ行っても美味しかったからにほかなりません。長崎の食文化の高さを知らされました。もう一つは、長崎の人が皆人懐こくて親切で優しかったからです。
明日の昼は、康楽(かんろ)の皿うどんにしようッと。
長崎は美味しい!

注)鯨についての記載の一部は、「くじら日和」(http://www.rakuten.ne.jp/gold/kuziran/)を参考にさせていただきました。

 

No.12 長崎は美味しい(1)

先日、長崎に2泊で出張しました。3日間の出張というのは飛行機やホテルの手配から始まって、パッキングまで、準備がけっこう大変です。出張に出るのですから、当然、夜は居酒屋へと思ってはいましたが、出かけるまであたふたしてしまい、そちらのほうは太田和彦氏の「居酒屋味酒覧」を適当にコピーして鞄に放り込みました。
往路の飛行機の中でコピーを取り出してみると、そこには長崎市内の居酒屋が5軒も取り上げられているではありませんか。いくらなんでも2晩で5軒を巡るのは難しい。

さて、大村市まで行って仕事を済ませ、長崎に5時半頃に戻ってきました。長崎は4度目ですので、街の感覚はつかめています。まずは思案橋あたりをうろうろしてみようかと迷いましたが、やはりせっかく長崎まで来たのですから、外れの店には入りたくないと思い、太田氏の薦めに従うことにしました。5軒のうち4軒が思案橋に集中していますが、一つだけ離れた場所にあります。『朱欒』(ザボン)という店です。いくつ回れるかわからないけれど、最初はその居酒屋へ行ってみることにしました。

長崎駅前から市電に乗って諏訪神社前で降りました。目の前に、長崎くんちで知られた有名な諏訪神社の立派な鳥居が見えます。それだけ見ても、神社の荘厳さが想像できます。チョッと寄ってみようかなと思いましたが、もう夕方でしたので酒を急ぐことにしました。
電車道を逸れて川伝いに進みましたが、地図の上ではもうそろそろだろうと思えるのにそれらしき店に出会いません。ふと向こう岸を見ると、植木のある少し大きな料亭のような建物があります。裏側からですが、あれが居酒屋であるはずがない、しかし、あそこしか考えられないなと思いながら橋を渡ってみます。橋の向こうの道路を挟んだ高台に、さらに立派というか豪壮な屋敷が現れました。それは卓袱料理で有名な富貴楼ではありませんか。入ったことはありませんが、何度か写真で見ていて、その楼閣は目に焼きついていました。しばし城壁のようにそそり立つ雄姿に見とれました。
川沿いに電車通りへ戻る道を歩いていくと、さきほどの料亭らしき建物の前に出ました。店先に釣瓶井戸があって小さい植え込みと花が生けてあり、居酒屋らしくない店構えです。やはり料亭かとやや落胆しましたが、よく見ると石灯篭に小さい字で『朱欒』とありました。

チョッと敷居が高いなとためらいましたが、格子戸を引きます。すると、「いらっしゃいませ」と言いながらきっぱりとした感じの細身の女性が出てきました。右側がカウンターで7席あり、反対側は子上がりになっていて座卓が3つあり、一番奥にはすでに客がいます。
店内はかなり変わっていて、まず居酒屋らしくありません。一言で言えば黒い木を使った民芸調で、どちらかというと喫茶店の雰囲気です。店内は、骨董の箪笥、芹沢圭介の作品、ガラスの電燈の傘、壁や棚を飾る数々の陶器やガラスの調度品などで整えられていて、それが店の空気を引き締めています。ややうるさく感じられなくもありませんが、カウンターに座ると妙に落ち着きます。たまにはこういうのもいい。

女将さんは六十路に差しかかろうかという感じですが、たいへんに愛想のいい人です。しかし差し出されたメニューを見てビックリです。値段が書いてありません。うむ、これはまずいところに入ってしまったなと一瞬思いましたが、この店構えでは仕方がないかと覚悟を決めました。それほど品数は多くはないけれど、どれも美味しそうで迷います。
まずはビールと刺身の盛り合わせを頼みました。料理を待つ間、ついきょろきょろ見回してしまいます。

ビールを持ってきた女将さんが注いでくれます。
「どこからいらしたんですか」「長崎は昨日まで天気が悪かったんですよ」「お薦めはざぼん揚げですよ。長崎で取れた魚を使ってすり身にした揚げ物です」と、こちらが黙っていても、とても自然に、心を解きほぐすように、気さくに話しかけてくれます。
刺身はたっぷりとした皿に、(もう忘れてしまったが)金目鯛、平目、しま鯵、〆鯖など5、6種類が美しく盛り付けられて出てきました。言うまでもなく、どれも新鮮で美味かったです。
刺身が食べ終わる頃、かなりのお年と思える老婦人が挨拶に現れました。女将さんの母親であるらしい、ということは大女将ということです。話し始めて間もなく、もうじき創業60年になると明かしてくれました。そうかぁ、ずいぶん歴史がある店なんだ。店に出るのが嬉しくてたまらないという顔つきでニコニコしています。

もちろん「ざぼん揚げ」も食べました。それから、鯛の白子焼。これが実に美味でした。料理が美味しく見えるのは器や道具にも凝っているからです。気取っているというよりは、しゃれているといったほうが適切でしょう。それだけ何でも丁寧なのです。これだけの店はそうざらにあるものではありません。そして、何といっても積み上げられた年月です。
女将さんの話によると、なんでもこの店では最後はカレーライスで締めるらしい。居酒屋で最後がカレーというのは何ともアンバランスな感じがしますが、そういわれるとつい食べて見たくもなります。しかし、今夜はここで終わるわけにはいきません。何としてももう一軒は行かなければなりませんので、このへんで失礼することにしました。

勘定の段になり、フッと値段のない品書きが頭を過ぎりました。しかし、それも杞憂に終わりました。差し出された手書きの札をみると、何と3,900 円とあります。一瞬、間違っているのではないかと思いましたが、何といっても値段が書いてなかったのだから、今更確かめようがありません。それにしても上等な店構えなのに、美味しくて安かった。


さて、ホテルに落ち着いて、荷物を解くと、気分も軽くなり、外へ出かけてみました。幸いホテルは長崎一の繁華街・思案橋のど真ん中です。車がやっとすれ違えるような狭い道をぶらぶら歩いていくと、すぐに思案橋横丁という飲食街に出合いました。確か、『居酒屋味酒覧』に載っている「桃若」という老舗のおでん屋がこの一角にあるはずです。探検家の気分でそこの路地に入ります。
ホルモン焼をはじめとして、居酒屋やバーの類の店、和洋中の小さな食堂が混然と並んでいます。どの店も歴史がありそうで、何とも昭和の懐かしさを覚える横丁です。まったく危ない感じはありません。一軒一軒覗きながら百メートルほど奥にはいった左側に、「おでん 桃若」とある赤提灯をみつけました。格子窓から柔らかな明かりが漏れています。入り口には縄のれんが下がっていて典型的な居酒屋の風情です。  
戸を開けると、店内はL字のカウンターとテーブル席があり、けっこう混んでいます。ご主人が人懐こそうな笑顔を向け、空いている席を案内してくれました。

店のつくりは小料理屋風で、おでん舟もどっしりと大きく、安っぽい感じはしません。
もうビールは飲めません。ここは九州の焼酎をロックでいただきます。
おでんを目の前にして、ネタを眺めながら頼みます。最初に「たこ」「「大根」「ふくろ」「はんぺん」など。薄味のおでんはネタがチョッと大振りです。フン・フン、しっかりと味がついています。どれも素材の新鮮さが伝わってきます。長崎ではおでんに和辛子のほか、柚子胡椒を付けて食べるのだそうです。これが悪くありません。病み付きになってしまいそう。

ご主人のほかに奥さんと息子さんらしき人がまめまめしく立ち働いています。
「関東は地震だけでなく原発問題もあって大変だねぇ。こっちは地震もなければ計画停電もなくて安心だが、それだけのんびりしてるといえばそうなんだがね。」とやや大きめな声で話しかけてきます。
話題を絶やしません。息子は息子で、動きながらもほかの客と楽しそうに話しています。女将さんも常連らしい人たちと話しこんでいます。なんともいえない陽気な雰囲気が店内を包んでいるのです。それに知らずに引き込まれています。客層もいいのかなぁ。
おでん以外にあるものといったら、新香、塩辛、それからご飯くらいか。「一年中おでんのみで、もう七十年、おでん一筋です」。息子さんが四代目だそうです。おでんだけでもこの店には客が寄ってくるのでしょう。

居心地の良さからか、酒は大して飲まなかったのに、けっこうたらふく食べてしまいました。おでんは別腹か?

"長崎は美味しそう"、また明日の夜が楽しみです。

No.11 居酒屋の時間帯

15年ほど前になりますが、大学時代の同窓会が新宿であって、18時頃に始まり、何軒もハシゴして、気がついたら夜が明けていたということがありました。まだそういうバカなことができる歳だったからよかったけれど、今ではとてもできません。その時、新宿のような盛り場には朝まで営業している居酒屋がたくさんあるのに驚きました。

24時間営業というところはないかもしれませんが、東京ではどこかの店が開いてないという時間帯はないように思います。当然のように、新宿だけでなく、渋谷、銀座などには明け方までやっている居酒屋があります。逆に、赤羽にある「いこい」のように、早朝7時に開店するところもあります。

鉄道関係に勤務する知人から聞いた話ですが、夜勤明けなどには、やはり飲みたくなるそうで、朝から飲める行きつけの居酒屋がいくつかあるそうです。確かにそう人たちが朝に行ける酒場だってなくてはならないでしょう。

昼頃からやっているホルモン屋もけっこうみかけます。蕎麦屋も昼から酒を飲んでもおかしくない空気があるから不思議です。神田の「やぶそば」だって、赤坂の「砂場」だって、昼時に飲んでいる人を見かけるのは珍しくありません。もうなくなってしまいましたが、半蔵門にあった「三城」という蕎麦屋は― なかなか美味しくて高級でしたが―昼時しか営業しなくて、必ず片口に入れられた酒が2合と新香の盛合せがセットで出されました。蕎麦を口にする頃にはほろ酔い加減です。昼酒もなかなかいいものです。

いったい居酒屋というのは何時頃から開店しているのでしょうか。手元にある『東京居酒屋名店三昧』で調べてみました。

そこには東京23区の居酒屋70店が掲載されていますが、一番朝早くから店を開いているのは、前出の赤羽の「いこい」です。「いこい」の営業時間は7時~22時までと、実に15時間です。二番目はこれも赤羽の「まるます家」で、9時の開店(21時半の閉店)です。どうやら赤羽という場所には、朝から酒好きの人たちが集まってくるらしい。三番目は三軒茶屋の「味とめ」で、なぜか中途半端な10時です。

12時の開店率は11.4%(70店中8店)と、けっこう高い割合いです。これは東京だからこその数字だと思います。
その後も五月雨のようにダラダラと開店していくところがあり、16時になると一気に増えます(門前仲町の人気店「魚三酒場」は夕方16時に開店しますが、15時半頃から店の前に行列ができます)。16時の開店率は31.4%(22店)です。
16時半開店は10店。17時には開店のピークを迎えます。開店率は87.1%(61店)という状況です。さらに18時頃には95.7%と、ほとんどの居酒屋が開店します。
遅いのは、阿佐ヶ谷の「善知鳥」で18時半、日暮里の「麻音酒場」と中野の「石松」が19時などです。常連さんが中心だからでしょう。

さて、今度は閉店時間を見ることにしましょう。
早いのは青物横丁の「丸富」で19時半、次いで立石の宇ち多"の20時です。どちらも昼間の営業をしているから早仕舞いなのでしょう。遅いところは26時が2店(2.9%)、25時が2店ありました。
閉店時間の一番多い時間は23時で、22.9%(16/70店)が閉めます。次いで22時半の18.6%(13/70店)です。23時までに閉店する割合は 71.6%と、4店に3店が閉めます。22時が12.9%(閉店率30.0%)、23時半が11.4%(閉店率71.6%)となっています。

これにより居酒屋のスタンダードな時間帯というのは17時から23時ということになります。19時における開店率は100%です。20時における開店率は97.1%、21時では91.4%ですので、居酒屋のゴールデンタイムというのは、19時から21時の2時間ということになるでしょうか。

ついでながら、朝からやっている居酒屋を紹介した書籍があると聞いています。『東京朝呑み散歩』というムックですが、まだ入手できていません。