2011年8月アーカイブ

私の出版に関する恩師である箕輪成男先生が、この6月に『近代「出版者」の誕生―西欧文明の知的装置―』を出版ニュース社から刊行されました。
実は、本書は"世界史のなかの出版者"という全5巻のシリーズの最終巻です。以下に、そのタイトルと刊行年と頁数を記します。

① パピルスが伝えた文明―ギリシア・ローマの本屋たち―  2002.5  (232頁)
② 紙と羊皮紙・写本の社会史                       2004.9  (334頁)
③ 中世ヨーロッパの書物―修道院出版の九〇〇年―       2006.10 (246頁)
④ 近世ヨーロッパの書籍業―印刷以前・印刷以後―         2008.9  (350頁)
⑤ 近代「出版者」の誕生―西欧文明の知的装置―              2011.6  (354頁)

タイトルが示すとおり、文字の起こりから印刷が発達して出版が業態を成すまでの出版の社会史です。一言で言えば、膨大な古今東西の文献を紐解きながら想像力を働かせてイメージを纏め上げた書き物で、全5巻で1,500頁余に及ぶ、壮大な書史学になっています。
全巻を貫いているのは、「文明の装置としての出版が文明を推進してきた」という基本思想です。それを検証し裏付ける伏流として出版の経済活動が、どこでも平行して考察されています。

全5巻の出版の年月を見ると、目標に向かって確実に仕事を進められてきた姿が浮かんできます。全巻完結までに実に丸10年を要しています。箕輪先生につきましては、インターネットでお調べいただけばよいと思いますが、現在85歳というご高齢です。それなのに良くぞこれほどの大著を、10年をかけて完成させたものと、その頭脳と熱意と努力に心から感嘆します。

私が初めて先生の著書に接したのは、出版社に入りようやく仕事が身についたころでした。出版という産業、特に学術出版の社会的意味について興味を持ちました。その時に出会ったのが『情報としての出版』でした。それに続く『消費としての出版』、『歴史としての出版』でも勉強させていただきました。しかし、私にとって一番うれしかったのは、四十代のときに始めたフォーラム「科学情報の国際コミュニケーションを考える会」を後押ししていただき、そのうえ、先生が『国際コミュニケーションとしての出版」という本を出されたことでした。これは、私たちの活動を裏打ちしてくださるような内容で、有志の心を強くしたものでした。
私は箕輪先生の著書にたくさん触れてきましたが、中で最も心に深く残っているのは、訳本ながら『イギリス出版史』です。この本により著作者と出版社、著作権の起源について知ることができたからです。
このように、先生の著書は私の人生に絶えず刺激を与えてくれました。

この全5巻1,500頁に及ぶような、出版に限った歴史の本などは、きわめて高尚かつ高価なものゆえ、読者層はおのずと限られるかとも思われますが、この書籍を何年かかっても出版しようと決断された出版ニュース社の清田義昭氏にも敬意を表さなければなりません。
誰かが歴史をレビューして書き留め、そして残すということが、電子の世界における真実性に信頼が置けない現代において、大いに意味のあることであり、必要なことであると思います。その意味で、この"世界史のなかの出版者"シリーズは後世に残る出版物であると確信しています。

このたび国より介護保険証を拝受いたしました。これでめでたく高齢者の仲間入りです。
といって、喜んでいるわけではありません。
先輩たちの証言を集めると、介護保険証を受け取って、しげしげと見つめがっくり来るか、こんなものと不機嫌になって投げ捨てるか、意に介さず(気丈にも?)黙って机の引き出しに押し込んでしまうかのいずれかのようです。少なくとも、ありがたがって喜ぶ者はいないということです。

私としては、社会からのリタイアを促されたようでがっくり来ています。チョッと大げさに言うと、「あァ、ついに来たか」と赤紙で無理やり老人社会に引っ張られていく気分です。
えェーッ、65歳?と信じがたい気持ちが自分の中には本当にあります。しかし、この2、3年、緩やかに変調を来たしつつある体と頭の衰退に、これが歳をとるということなのかと思っていました。しかも、よく思い起こしてみると、この頃、無意識のうちにあと何年生きるのかなァ、何年生きなければならないのかなァ、なんて考えたりする時間が増えてきています。

それにしても、こうして介護保険証が届いてみると、あらためて現実にガコーンと頭を打たれた感じです。自分では思っていなくたって、他人から見れば「隠しようがないぜ」と言われるかもしれません。鏡を見れば、ロストしてしまった頭髪、目の下と頬肉の弛み、ハの字の眉毛......。確かに歳をとりました。
何よりも介護保険証の交付が、いっきに現実との間隙を埋めてくれました。こうなったら、いやであっても高齢者と呼ばれて仕方がないんだと覚悟を決めました。でも片っ方で、「それじゃあ、もうがんばらなくてもいい歳なんだ」と思え、体から急に力が抜けました。
 
うーむ、えーと、介護保険証、どこへしまったけかな。