2010年12月アーカイブ

昨夜は、今もっともチケットを手に入れにくいといわれる落語家の一人、立川談春の独演会に行ってきました。『文七元結』は75分の熱演でしたが、後半の仕上がりがもうひとつだった気がします。

落語を誘ってくれる友人がいて、ホールばかりですが、今年9回も聴きに行ってしまいました。その友人などは、週に2回行くことはざらにあるようです。私も今やすっかりはまってしまって、古典芸能は文楽から落語に乗り換えてしまった形です。

落語は昔から好きで、落語に親しみ始めたのは16歳くらいの時からです。高校2年のときに肺結核になり、世間と隔絶された森の中のサナトリウムで2年間の療養を余儀なくされました。希望に満ちた前途を突然立たれてしまった少年の私は、失望と落胆からなかなか立ち直れませんでした。

結核としては重症であったので、ただ、ただ、毎日ベッドで寝ているだけの生活です。最初のうちは本など読む気力もありませんでした。テレビも、病室にはない時代ですから、楽しみといえば枕元に備えられているラジオを聴くことだけでした。ニュースも、音楽も、ドラマも、スポーツも、すべてがラジオを通して伝えられました。東京オリンピックの頃で、ビートルズを夢中になって聴き、長島と王の活躍に歓喜した、そんな時代でした。

逼塞した暗い日常で、落語を聴くことがラジオによる娯楽のひとつになりました。両親が来所したときに、私が落語を良く聞いているという話をすると、落語全集を買ってくれ、私はそれで聴いたばかりの落語をなぞるように読んだのを思い出します。

まくらが長くなりましたが、そんなわけで落語にはずいぶん若い頃から馴染んではいました。しかし、生の落語というのは、この歳までにせいぜい2回くらいしか聞いたことがありませんでした。いつか、時間に余裕ができたら、落語を存分に愉しんでみたいと思いつつ過ぎてしまっていたのですが、ふと、友人が落語好きで、猛烈な勢いで毎週通っているのを知り、私の中に眠っていた落語への郷愁が呼び起こされました。今がいい機会だと決心し、落語にも手を伸ばすことにしました。

その友人にチケットを買ってもらい、落語デビューは今年2月の紀伊国屋サザンホールです。最初から柳家三三、林家たい平、柳家花緑、柳家喬太郎と芸達者ばかりで何ともラッキーでした。

それからというもの、ほぼ毎月出かけています。1年で40人ほどの落語家の噺を聴くことができました。そんな中で、今年の締めくくりに、私が聴いた今年のベスト5を挙げてみます。

柳家三三     おしくら(2月2日、紀伊国屋サザンホール)
柳家喬太郎    死神(3月15日、東京芸術劇場中ホール)
桂 染丸     浮かれの屑より(6月22日、国立演芸場)
古今亭菊之丞  替わり目(12月15日、浜離宮朝日ホール)
滝川鯉昇     歳そば(12月15日、浜離宮朝日ホール)

個人的には、桂文珍が好きです。古典でも創作でも、最初から最後まで笑わせます。今年聴いた中では柳家小三治、立川談春、柳家花緑も上手いと思いました。逆にがっかりしたのは、林家正蔵、桂三枝、三遊亭円楽、三遊亭小朝です。テレビに出る回数と芸とは反比例するのでしょうか。

落語の深さを少し知った一年でした。来年も新しい落語家に出会ってみたいですね。

私は週に1回、家の近くで英会話を習っています。習っているというよりも、お金を払って、アメリカ人に英語でのお喋りに付き合ってもらっているというのが正しいでしょう。

片言を喋り始めてからちょうど2年がたちました。しかし、ちっとも上手くなった気配がありません。予習も復習もしないのですから、当たり前といえば当たり前ですが、威張れるようなことではありません。家人には、「金をドブに捨てに行っているようなものだ、辞めてしまえ」と言われる体たらくです。

そんなある日、疲れた体を引きずって我が家のある駅に降り立ちました。しかし、どうしてもまっすぐ家に帰る気になれません。やっぱり一杯やっていこうというわけで、駅の近くのある居酒屋に立ち寄りました。

店は結構込んでいましたが、幸いにも片隅のテーブルが一つ空いていて、そこへ店の人が案内してくれました。私は早速ビールを頼んで、品書きを眺めます。店内はガヤガヤとしていて、どこか落ち着きません。

鰤の刺身と湯豆腐でも頼もうかと考えているうちに、生ビールが来ました。"あぁ嬉しや"、とビールを持ち上げて口元へ持っていきます。ちょうどそのとき店の人がやってきて「相席をお願いします」と言うので、「はい、どうぞ」と返しました。

私は、グイッと一口呑みます。とその途端、向かいの席から「Good evening」という声が。何だって?こんなところで変なことを言う奴はどこのどいつだと思って顔を上げると、男の外国人が2人、座ろうとしています。私は思わず、「アワワワワッ」と発して、ビールを口からこぼしてしまいました。

向こうも「Oh, Akiさん」と驚いています。当たり前です。私の英語の先生が立っているではありませんか。こっちはもっとビックリです。私はすっかりうろたえてしまい、「Nice to meet you. Please, sit down」というのが精一杯で、あとは何をしゃべってよいやらわかりません。
何でこんなところで会ってしまったんだ、のんびりして一杯のつもりだったのにチェッ、と心の中で舌打ちしました。

椅子に座った先生が同伴者に何か喋っています。どうせ「あいつは俺のできの悪い生徒なんだよ」とでも言っているのでしょう。そうして先生は私に彼を紹介します。

「この店の一番のお勧めは何ですか」
「焼き鳥とモツ煮ですよ」などと適当に答えます。

それからの話題はというと、「日本はコンビニが発達していてなんて便利なんだろう。チョッと歩けばすぐ見つかる。オハイオの田舎では買い物すら大変なんです」
「コンビニの弁当はうまいだろう」

そんな調子で何とか適当に話に加わって、というより話を合わせて、やり過ごします。

「日本では、なぜマスクをしている人が多いのでしょうかね」
「風邪を引いていなくても、予防のためにマスクをしている人も随分いると思うよ」
「日本人は神経質なんですかね」

しばらくして、注文した酒の肴が出てきました。先生は木の箱に立ててある割り箸を一本抜いて手元の紙オシボリで先を拭き出しました。
「案外、アメリカ人も神経質なんだね。そんなことするやつは日本人にはいないぞ」

そんなどうでもいい会話が続きます。

またこの二人が恥ずかし気もなくでっかい声で喋るのです。私のほうは、ビールの酔いが回ったせいか、気恥ずかしいせいか、緊張のせいか、汗がどんどん出てきます。周りには人がたくさんいるし、居酒屋で英語なんか喋りたくなんかない、勘弁してくれよ。

何食わぬ顔をしながら、頭の半分で、どこで逃げ出そうかと一生懸命考えていました。ですので、今となっては、くだらない話題しか思い出そうとしても思い出せません。

それから約45分後、「ごめんなさい、私は今日疲れていますので、ビールいっぱいだけで止めておきます。これで失礼します」と言って、這々の体で脱出しました。

45分というのは1回のレッスンと同等の時間になります。私は無料でレッスンを受けられて得したことになるのかもしれません。しかし、ちっともそんな気分ではありませんでした。それにしても泡食った。ちっとも酒を飲んだ気がしなかった(そうだ、飲んだのはビールだった)。

家路を急ぎながら、2年も英会話を習っているのに何ていうざまだ、とわが英語力を嘆きました。家人の言うとおり、もう習うのは辞めておいたほうがよいかもしれません。