白川佳代子

振り向けばそこに

 子どものいない生活が始まりました。結婚後すぐに長男が生まれ、以来28年間、いつもそばに子どもがいました。お弁当作りはついこの間まで15年間続きました。ですから、半月前に末っ子が予備校の寮に入ってからというもの、ほうけたようになって、子どものいない生活とはいったいどのような生活なのだろうかと、現実感のないまま日々を過ごしています。
 子どもの寝顔はいつ見ても飽きることなく、どんな性格の子どもに育つのだろうと、わくわくしながら想像をめぐらしていました。楽しいこともどきどきすることも、そして悲しみに打ちひしがれることも、憎しみをぶつけ合うこともありました。背丈が伸びた思春期の子どもたちと格闘することなど茶飯事でした。
 私の育児は良く言えば、手をかける育児だったと思います。手作りにこだわり、おやつも衣服もせっせと手作りしていました。でも子どもたちからすれば、過干渉でうるさい母親だったのでしょう。世話し過ぎる母親、自己犠牲の母親というのは、精神医学で「共依存」の母親と呼ばれています。子どもを世話することが自分の存在証明になるような母親です。子どもたちはと言えば、母親の網の目に捕われないように、春風のごとくさわやかに母親の前を通り過ぎていったのでした。
 ああ、これでよかったのだと、理屈ではわかっているのですが、この現実感のなさは、いったいどうしたことでしょう。「空の巣症候群」という言葉がありますが、寂しいというより、ふわふわした感じなのです。喪失体験がありますが、うつ病ではなさそうです。
 ふわふわと当てもなくさまよいながら、ふと振り向けば、そこにライフワークがあり、趣味の手芸があり、そして夫が立っていました。状況を理解した夫はいちはやく、これからの二人の生活を心地よいものにするために、行動を起こしています。
 振り向けばそこに仕事があり、打ち込めるものがある私は幸せです。幸せだからこそ、子どもに依存することなく、新しい生活をスタートすることができるはずです。ゆっくりと切り替えていきたいと思っています。