横田 直美

お遍路ツアーを経験して

 平成17年7月に、徳島でお遍路体験してきました! 本当に初めてで感慨深かったです。「気の医学会」ならではの内容の濃いプログラムでした。この会は、帯津良一先生を会長に代替医療、伝統医療などを学び、医療の枠を広げる活動をしています。参加者は25人。年配の方や足の弱い方は歩かずに先にタクシーで回っておられました。引率は「4番札所」の大日寺住職・真鍋俊照師と先達・横田さんです。先達というのは何十回と八十八ヵ所を回っている地元のベテランのことです。
 日笠久美先生から頂いた柳澤桂子さんの「生きて死ぬ智慧」を携えて行きました。これは柳澤さんが般若心経を「超訳・解説」された本です。リービ英雄さんの英訳、堀文子さんの挿絵がついた豪華な内容です。「私も持ってきた!」と声を合わせた先生が3人。凄い普及力ではありませんか。
 実際に歩いてみて、お遍路の世界は実に奥が深いということがわかりました。白装束(白衣)を着て鈴の付いた杖(金剛杖)をつき、7kmほど歩きました。田圃のあぜ道や山道など、古い遍路みちを選んで歩いたのです。炎天下で汗が滝のように流れましたが、爽快でした。
 ひたひたと歩いていると余計な想念が入ってこなくて良いのです。マラソンみたいです。お寺に着き山門をくぐり、お手水で手と口をすすぎます。本堂にお参りした後、大師堂に参ります。それぞれ二ヵ所で般若心経を唱え、お寺に合った真言を唱えます。大日如来や薬師如来などです。終わりに納経をします。この作法は心理セラピーになりますね。
 真鍋さんは数年前まで東京の大学で教えておられ、徳島に帰られた今も四国大学の教授です。海外にも渡り講演されています。お話は面白く、大変興味深い方でした。仏教画もお上手です。
 大日寺は、戦前戦後の頃、ライ病のお遍路さんを受け入れ滞在させていたそうです。血膿のにじんだ身体に繃帯を巻き、筵に身体を横たえる病人さんたちのお接待の思い出を話してくださいました。旅の途中、その方達が亡くなられたという知らせを、他のお寺で聞くこともあったそうです。
 お遍路は、実は死出の旅を想定したものだということです。実際に自殺を企図して旅立つ人も多いそうです。しかし、黙々と歩いてお寺を訪ねるうちに別の価値観が生まれてきて、生きる気持ちが湧いてくるのだと、住職は仰っていました。
 私の年代にとって、お遍路は老後の楽しみにはピッタリです。地元の人に優しくされるのも嬉しいし、土地の風景や作物も味わえます。カーナビの付いた車に買い換えたらまた行きたい! クセになりそうです。
 お寺によって居心地の良いしっくりする寺とそうでもない寺とがあることにも気づきました。大日寺はとても良い感じのお寺でした。築300年以上らしく、蜂須賀小六の絵師が描いた天井絵がありました。33の観音像も。これは堺から寄贈されたものです。秀吉の頃です。四国は不思議な場所だと思いました。この歳になるまで知らなかったことが悔やまれました。
 京阪神の女性向け雑誌「サヴィ・SAVVY」9月号の特集は「四国八十八ヶ所まわってみました」です。関西にお住まいの方は、ぜひお近くの書店で手にとってご覧ください。

「映画よ、夢の貴公子よ」

 あれは私が小学五年生の頃のことでした。学校から帰ってランドセルを下ろし、茶の間の白黒テレビのスイッチを押すと、外国映画が画面に映り、西洋人男性の姿がそこにありました。
 彼を見たとたんクラッとめまいを感じ、胸の奥を突かれたような気がしました。「何と美しい男の人がいるものか!」と子ども心に驚いたものです。
 映画の題名は「悪魔の美しさ」。主演はジェラール・フィリップ。
 フランスが戦後に産んだ美男俳優でした。ロマンティックな王子様系の美貌と舞台出身の確かな演技力は高く評価されていたそうです。
 すっかり虜になった小学生は、別の日の同じ時間にテレビのスイッチを入れました。今度はジャン・コクトー作品の「オルフェ」で、ジャン・マレーが主演。彼もまた大変有名なフランスの美男俳優ですが、一旦フィリップ様を見てしまった眼には、さしものジャン・マレーも大味なおじさん顔にしか映らず、チャンネルは無情に変えられたのでした。
 当時、「美しい男性」というのは、「美人女医」と同じくらい珍しいものでした。日活のアクション映画が全盛の頃で、俳優もキレイキレイな人より個性的な風貌に人気が集まっていました。石原裕次郎、小林旭、宍戸錠などです。大映の市川雷蔵は別として。

 それ以来、フィリップ様は心の奥深くに住み付きました。すでに彼は1959年、 36歳の若さで亡くなっていたにもかかわらず……。
 思春期になってから「肉体の悪魔」を見ました。早熟なレイモン・ラディゲの原作を映画化したものです。とても切ない映画でした。人妻と高校生の恋物語です。撮影当時24歳だったのに初々しい高校生の演技でした。もっとあとになって、「パルムの僧院」「夜毎の美女」「花咲ける騎士道(ファンファン・ラ・チューリップ)」「モンパルナスの灯」などを見ました。ビデオが発売されると、手に入れました。何度も見たためビデオデッキが壊れ、買い換える羽目になりました。
 世の中には同じ気持の人々がいるもので、フィリップ様の人気は根強く生き延びました。若い世代に新たなファンを獲得するまでになったのです。そして、何と小さな映画館で「ジェラール・フィリップ映画祭」が特集で組まれるようになってきました。写真集や本もかなり出ています。もちろん、チェックは怠りません。
 最近のことです。70代の女性患者さんが診察室に入ってきて、大きな巻いた紙を見せました。「あの人」の映画のポスターでした。私にくださるというのです。秘蔵の品だったのではないかと思います。70歳を越えたその方の「乙女心」が嬉しくて、とても大切にしています。
 そして、何とフィリップ様本人に会ったことのある方がクリニックに来られたのです。哲学者・美学者の今道友信先生です。フランスに長く滞在し研究された学者で、著作に「エコ・エティカ」があります。
 彼のことを「俳優としても個人としても大変魅力ある人でした」といってくださり、胸がいっぱいでした。
 アイドル追っかけおばさんのような振る舞いではありますが、こだわるのは彼一人です。男性を超えた不思議な存在だと思っています。
 日常付き合う男性は「普通で無害なタイプ」が好みです。長年連れ添った夫は結婚当初「のび太くん」と呼ばれ、現在は「ミシュランのタイヤ人形」に変貌をとげました。
 フランス製には違いないですね。

*タイトルは岩波ホール支配人高野悦子さんの本から拝借したものです。

炎の外来術

 大学を卒業してからずっと臨床医として働いてきました。二人目の子供が産まれてからは、病棟からはずれ、市中病院に出てからは外来診療ばかりです。
 大切な外来診療について、実は「いつ、どこで、誰に習ったか」、はっきりした記憶がありません。教授の横についてカルテ書きをしたり、上司の診療を見る機会はありましたが、「このようにしなさい」と正面から教えられることはなかったようです。
 内科の外来は急性病、慢性病両方の疾患が混在しています。
 喘息発作、急な胸痛、腹痛、下血、血尿、不整脈など、すぐに何らかの処置をとらなくてはならない病態の場合は、とにかく診察、検査、説明、処置、治療を迅速に行う必要があります。診断力、行動力が問われます。
 反面、慢性病、生活習慣病の診療では、長い経過を付き合ってゆくために、「どうやっていい関係を作ってゆくか」「患者さんを元気づける方法は何か」に頭を悩ませます。
 20年前から、素晴らしい外来診療技術が身につくような「炎の外来術セミナー」はないものかと探してきましたが、見つけることができませんでした。「心電図」「腹部エコー」「糖尿病診療」セミナーはとても多いのですが……。
 けれども、転機は訪れました。大学病院を離れたあと、学生時代から始めていた漢方の勉強と診療を再開したのです。患者さんを全人的な眼差しで診る漢方診療のスタイルは、とても魅力のあるものでした。
 そしてもうひとつ、阪神大震災に罹災したあと、心を惹かれるようになった「カウンセリング」です。学生時代少し齧ったのは、カール・ロジャースの「傾聴カウンセリング」でした。その後この世界も様々な進化を遂げており、友人から紹介されたセラピストのセミナーに参加し「ブリーフセラピー」(短期間で効果があると言う意味です。下着とは無関係!)「ソリューション・フォーカスト・アプローチ」「Neuro-Linguistic Programminng」などの手法に触れることができました。
 そこで学んだのは、次のようなことです。
 1.クライアントの秘密を(真剣に)守ること。
 2.クライアントを尊敬すること。
 3.クライアントは言葉よりも態度に敏感である。
 4.クライアントが元気になるような言葉を選ぶ。
 5.クライアントは自分のことを一番よく知っている。
 6.クライアントのできている、やれていることを評価する。

 医学教育では「知識の少ない患者さんに正論を伝え理解させる」ことしか学んでいなかったので、眼からウロコが落ちるような思いでした。
 同時に、セミナーでクライアント役を演じた時、セラピストとのセッションで自分の中に大きな変化が起きました。驚いたことに、その後の仕事の方向性が自ずと決まってしまったのです。
 どうやら私の意識の下には「自分にあったやり方で診療できるクリニックを持ちたい」という気持ちが封じ込められていたようです。自信がなかったのです。自己評価を高めることができずに勤務医を続けていました。
 新しいタイプの心理療法は、目標とモチベーションを私にくれました。そうして私は、自分のクリニックをもつことになるのですが、外来診療の場でも早速学んだ手法を使ってみることにしました。慢性疾患の患者さんにです。10分程度の時間でもそのエッセンスを意識して盛り込みました。
 果たして、その日から何かが変わるのでした。
 患者さんは安心し、信頼関係が生まれ、意欲が出てきます。医師の考え方や態度が変わると、こうも違ってくるのかと感激しました。
 さらにこの方法は、医療従事者を疲れにくくするという利点があります。医療現場での意思の疎通がよくなり、わだかまりがとけやすくなるのです。
 漢方医学の診察法と漢方処方、心理療法を応用したエンパワメント(力づけ)は慢性疾患の患者さんにとって優しく、負担の少ない治療法です。
 「女医の魔法の杖」と仲間内で評価し、大切に使っています。これからも女性医師同士で交流し、さらなる研鑽をはかりたいと思います。