個人情報保護法が始まったけれど……

 今年の四月、『個人情報保護法』が施行された。各医療機関では、医師会や民間団体主催の講習会に出席して情報を得たり、院内での対策に追われた。そして患者さんのプライバシーを守るため、患者さんに番号札を渡して番号で呼んだり、中待合室を廃止したり、情報管理の徹底など様々な工夫がなされているようである。当院も小さな診療所ではあるが、法施行前にミーティングを行い対策を講じた。
 しかし、中にはそんなことよりも看護師や事務員、そして我々医師との会話を楽しみにしている患者さんもいる。特に開業医では患者さんとの他愛ない会話が大切なこともある。
 例えば家族ぐるみでかかっている患者さんたちに、「お父さんの風邪はよくなった?」 そんな言葉を掛けるのは、自分たちの家族に関心を持っていてくれているのだ……と感謝されることもあったが、それが気軽にできなくなってしまった。
 “ひょっとして、お父さんは家族に内緒で診察を受けに来ているのかもしれない”──そんな事をスタッフも私も真っ先に考えてしまう。何となくよそよそしくて寂しい。
 先日、開業当初からのお付き合いである七十代の男性が健康診断を受けた。その時間は、おたふくと水疱瘡の患者さんがいたので個室が埋まり、問診票にある細かい内容を聞くことができなかった。待合室には他の患者さんもいたため看護師が迷っていたところ、「ここで構わんよ」と平然とした顔で言ってくださった。
 申し訳ないと思いつつ、待合室の片隅で聞き取ることになった。「タバコは吸いますか?」の問いに「はあ? もっと大きな声で言ってくれや!」
 患者さんは周囲を少しも気にしている様子はない。看護師が今度は少し大きな声で聞くと、「ああ、タバコも女も五十でやめた!」
 待合室からくすっと笑い声が聞こえてきた。看護師も少し笑いながら次に既往歴を聞いた。
 「貧血はありますか?」の問いに、「貧血はないけど、金欠はある!」今度は患者さんもスタッフも大爆笑。しかし当の本人は何も気にしている様子はない。
 『個人情報保護法』──始まるまではすごく難しく考えていたけれど、今はその人その人に合った対応をとっている。基本的にはプライバシーを尊重した医療、そして個人情報の漏洩には細心の注意を払っているが、開業医としてあたたかい医療を続けていくには、患者さん個々に合わせた対応も大切なことだと思う。