15年間のタオの旅

 私が気功と出会ったのは今から15年ほど前で、中国から輸入された気功がブームを迎えはじめた頃でした。治療に取り入れた漢方に手ごたえを感じ、専門にしようと考えていた私には、主要概念である「気」というものが何かを知りたいという気持ちがありました。
 最初に紹介された気功の会は、固定概念をなくし、自分の大きな気の力を信じて気功の練習をすると、思いがけないことが可能になるというユニークな会でした。いわゆる超能力気功といわれる考え方です。医療関係者も大勢集まっていました。教えられたようにやっているうちに、スリムな私が川原の石を素手で割る、スプーン曲げるなどと、我が身を疑うような離れ業ができてしまい、確かに人間には固定概念で考える以上の大きな気の力があるのかもしれないと考えさせられました。実際この会の仲間からは、透視能力を持つ人やプロの気功師も出現しました。
 次に入ったのは、中国人気功師が主催する外気功師養成講座でした。自分の内なる気を内気功という独得の気功法の動きで天地宇宙の気も取り入れながら整えたうえで、それを指先などから体外に出して病気を治す方法を外気功といいます。外気功を専門に教える講座というは当時めずらしく、講義のある大阪には全国から人が集まっていました。
 早速外来患者さんに試みましたが、多忙な外来でそのような技法を使うと、診療リズムが乱れて疲れがひどいので、すぐに止めてしまいました。しかしその頃に出会った肺癌患者さんが余りに必死なので、彼女にだけは週1回外来の最後に30分ほどの外気功を3年ほど、ほぼ毎週続けたでしょうか。その中で私と彼女との意識の境界線がどんどんなくなり、私の手が勝手に彼女の身体を癒しているのを、もう一人の私が不思議そうに見ているという貴重な体験をしました。お互い沈黙での外気功の時間なのに、さまざまな心の語らいをしているように感じられ、魂が純粋だったその女性から多くの教えを受け取ったように思います。その方は癌が拡大してもお元気でしたが、カゼをきっかけに数週間の入院で天に召されました。
 しかしその数年後、治療者である私自身が大きな病気で手術することになり、それをきっかけに外気功での治療は止めることにしました。更年期や病気のこともあり、自分を元気にする気功をやっていこうと考え、5年ほど前に生活全般で気功を考えようという会に入り、自分や家族のための健康体操のような技法を学びました。しかし'98年中国でおこった法輪功取り締まり事件の後は、日中共に気功ブームは急激にしぼんでしまい、あんなに賑わっていた気功教室に生徒は集まらず、その企画自体も数年で終わってしまいました。
 今、私は「簡化24式」という大衆的な太極拳を習っています。太極拳は健康気功でもありますが、拳の名前が示すように武道の一種から発展したものです。これまでの中では最も普通の気功ですが、ゆっくりと力を抜いた動きを、リラックスしながらやっています。
 身体には大自然と繋がった気がゆったりと流れている。そのことが我身体で理解できたこの15年間のタオの旅でした。