グッピー日記 泳ぐ宝石

 風薫る五月。バラの季節でもある五月。クレマチスとバラの饗宴がみられる五月。しかし、我が庭は、咲き乱れるはずのもっこうバラは咲かず、クレマチスは咲いたが三輪で、なんとも寂しい五月の始まりとなった。
 グッピーまでも元気がない。注意して水換えもしているのに動きが悪く、おとなし過ぎると心配しだすころにはすでに病気に罹っている。原因はおそらく水質の悪化だ。餌の残りや排泄物が汚物となって水槽の底に溜まり、水換えだけでは水質を良好に保てないのだ。
 これを改善するには水槽を丸洗いするしか手がない。水が57kg、水草を植えるのに底の石を厚く敷いたので簡単には動かせない。全体の重さは100kg超である。中には、グッピーが成魚から赤ちゃんまで40匹ぐらいいる。
 水草を移しグッピーを移し、石を洗い、水槽を洗う。重くてしんどい。時間もかかる。それでも、グッピーを生かそうと、がんばる。生き物なので手が抜けない。根気も集中力も体力もいる。清潔にしすぎてもいけない、そうしないと善玉微生物がいなくなる。水温、水質とグッピーの住みやすい環境を作る。グッピーを飼って得た教訓。日本で熱帯魚を飼うのには、気力、体力、知力、観察力が必要である。もちろん経験も。
 たかが熱帯魚だけれど、人間相手より力がいる。どうしてかと言うとしゃべってくれないからだ。でも不思議なことに力を使うわりには疲れない。楽しいぐらいだ。しゃべってくれない人や、しゃべっても意味の通じない人を診る仕事は、ものすごく疲れるのに。特に肉体の疲れより精神の疲れかたがひどい。人間相手だとどうして疲れるのかな。本当に疲れる。
 最近、光もののアクセサリーを買わなくなった。古い物は、あまり使わないからと妹にあげたり病院の夏祭りに寄付し景品として使ってもらったりしている。気に入って大切にしていたアクセサリーもすんなり処分できる。未練はまったくない。今は、泳ぐ宝石があれば充分に思う。
 殴られ、蹴られ、怒鳴られ、叱られ、ものすごく疲れても続いているこの仕事。患者さんの状態によっては身の危険を感じることもあるし、その家族からは、いろんな苦情をぶつけられることもある。それでも続いている精神科医としての仕事。自分で選んだ仕事なのだから当たり前と言われればそれまでだけれど。今も選んだことを後悔はしていない。これで好かったとも思っている。ただちょっとここまで続いたことを考えてみたい心境になった。あのJRの事故をテレビで知ってから。
 宝塚も尼崎も自宅の近くで福知山線も利用する。阪神淡路大震災の時はよく使った。尼崎駅でいつも乗り換えていたが、尼崎駅に着くと焦って乗り換えていた。電車が待っているので乗り移ったとたんドアが閉まり発車してしまうこともあった。乗り換えの待ち時間はなくなったけれど、機敏に反応しなければ乗り損ねてしまう。こども、老人、障害のある人には危険な駅になったと思ったりしていた。私以外の利用者も同じようなことを感じていたと思う。そこで働いていた人も分かっていたと思う。そんな思いを持っていたのだけれど、あのような事故が起こるとまでは予測できなかった。
 私はテレビを見ていて、あの電車に乗ろうと自分で決めた人の運命が生と死に分かれたことや、自分自身も危険を感じていたにも係わらずそれ以上何もしなかったことに、人には操作することのできない力の存在があることを知った。車の中で練炭火鉢をかこんで死のうとする人達もいるけれど、電車に乗り合わせた人達は死など考えてもいなかったにちがいない。安心して電車に乗っていただけなのだ。しかし死が待っていた。それぞれの人生はそこで終わってしまった。死に神に選ばれた人達に続きはもうないのだ。
 私の仕事が続いているということは、私が生きているということなのだった。それも自分の意志と意志以外の力も作用して、私は生きているのだ。望む望まないにかかわらず生かされているらしい。生かされる力を無くした時この世との縁が切れるのだろう。いったいどこから生かされる力はくるのだろうか。自分の意志をも超えて。操作することができない力の前には、身をゆだねるしかない無力な私である。
 グッピーの世話ができ、仕事が続けられることに感謝しつつ、事故で亡くなられた方々へ合掌。