女性性機能障害の旅2

 ひさしぶりの登場の関口です。前回は、女性性機能障害という学問分野があるという話を書きましたが、今回は、さらにこの学問を深めるために、日本性機能学会と国際間質性膀胱炎学会というのに参加した時の雑感を書こうと思っています。前回に比べるととりとめのない文章になりそうですが、お付き合いください。
 今年の日本性機能学会は、徳島で行われました。この学会は、以前は日本インポテンス学会という名前でしたが、男性更年期障害や、女性性機能障害など、より包括的に性機能を研究するために現在の名前に改称されました。日本にはもう1つ性科学会という学会があり、こちららも性機能を包括的に研究する学会のようですが、歴史的には研究の対象が、性の心理や精神に比重を置いているようです。一方日本性機能学会のほうは、以前の学会名が示すとおり身体機能に比重の高い学会です。会員は、内科や婦人科の医師もいますが、多くはインポテンス学会からの流れの泌尿器科医でした。
 さてこの日本性機能学会ですが、今年は残念なことに、女性性機能障害の演題はありませんでした。しかし男性性機能の最新知識が得られ、結構充実した時間を過ごせました。
 学会の早朝に行われた教育講演では、EDの手術療法に関してレビューを行われました。
 バイアグラが発売されて以来、バイアグラが効くのならば、原因の検索はあまり重要視されなくなってしまった現状に対して、講師の先生は憂えておられました。弱年者のEDに関しては、手術を行えばバイアグラなしでもセックスが行えるようになる症例があるのに、このタイプの患者さんが、精密検査を受けないまま、放置されているというのです。まあ薬を使用すればセックスできるのだからいいのではないかという意見もあるでしょうが、特に若年男性の場合、薬を飲まなければセックスできないということは、アイデンティティーに関わる大きな問題であるのです。実は私も、“バイアグラが効くのならば、原因の検索はあまり重要視していない”医師の1人であったのですが、このことに関しては深く反省し、今後は原因検索をしっかり行おうと考えています。
 ところで現在日本で処方可能なED治療薬はバイアグラ、レピトラの2種類なのですが、これらは薬の有効時間は数時間と短いため、薬を飲んでからすぐにセックスを行わないと、タイミングがずれてしまい、セックスできないことがあります。これは、すでにセックスパートナー歴が長いカップルならばなんら問題ないのですが、バートナー歴が短い場合は、大変不都合な問題があります。例えば男性のほうが、セックスをしたくて、女性のほうがまだセックスをあまりしたくないという状況で、男性の熱心な説得が功を奏して、めでたくカップルがベッドインするという男性のもっとも好むシュチュエーションの際に、現状のED治療薬では、なかなか服用のタイミングが難しいのです。これに関しては、すでに第3のED治療薬が、欧米では発売されており、日本でも治験中とのことでした。この第3の治療薬だと、有効な時間が長いため、例えばデートの前の夕方に飲んでも、その日の深夜まで効果があるため、セックス直前の薬の服用で、ムードが壊れるという危険はなくなりそうです。このように男性の性機能障害治療に関しては、その進歩は著しいものがあるようです。
 しかし、こうして若年男性の悩みが解決される一方で、熟年男性の悩みは、もう少し複雑のようでした。同じ教育講演で、別の先生が、勃起にかかわる筋肉の標本を提示して、説明しておられましたが、若年のときには、たっぷりあった勃起にかかわる筋肉が、加齢するとどんどん量が減っていき、その減り方は、定期的にセックスしていない人で特に著しいのだそうです。前回のエッセーで、パートナーの片方が性機能障害になると、もう一方も性機能傷害になってしまうということを書きましたが、その理由が、これだったのです。講師の先生によると、少なくとも40歳代後半から50歳前半くらいからは、月に4回くらいは、ED治療薬を使用してでも、セックスをしていく習慣をつけないと、その後一生セックスができなくなってしまう可能性があるということでした。男性も大変です。
 男性の性機能の話は、これくらいにしましょう。徳島の性機能学会の後、国際間質性膀胱炎会議というのに参加してきました。記念すべき第1回でした。場所はローマのバチカン市国の近くの山の上の大学の中で行われました。間質性膀胱炎とは、膀胱の粘膜が弱くて、尿中の物質や、微生物が、膀胱の粘膜をこえて間質というところに入り込んでしまうため、悪性の病気や、明らかな感染がないにもかかわらず、へそ下のどこかの痛みと、頻尿を、訴える人たちとのことです。
 最近アメリカでは、この間質性膀胱炎という概念よりも慢性骨盤部痛症候群という概念で病気を理解しようという流れにあります。慢性骨盤部痛症候群とは、悪性の病気や明らかな感染がないにもかかわらず、下腹部に痛みがある病気での総称です。この中には、間質性膀胱炎、重症の月経時痛、子宮内膜症関連痛、外陰部痛、過敏性腸症候群などが含まれます。
 これらの疾患は、それぞれ泌尿器科、婦人科、内科・外科で別々に治療されていたのですが、それぞれの合併率はとても高く、相互に関係し合っていることが分かってきて、アメリカなどでは、より総合的に治療しようという気運になっています。今回の学会ではより強くその流れを感じました。そしてこの慢性骨盤部痛症候群の全ての病態が、女性性機能障害の原因になるわけです。一般的には、セックスすると下腹部痛はさらに悪化する傾向にあるため、女性はセックスを避けるようになります。アメリカのような夫婦関係においてセックスが重要な国では、男性にとっても、女性にとってもこの問題は非常に深刻なのです。
 さて学会のトピックスですが、まず診断に関してお話します。間質性膀胱炎の診断は、麻酔なしの膀胱鏡では、確定診断が難しいので、麻酔をしっかりかけて、ある程度水圧をかけて膀胱を日常の状態より拡張させ、その後に膀胱粘膜に点状出血が出現することを確認することが必要とされています。この麻酔下水圧拡張法は、施術後3ヶ月から数年にわたり痛みや頻尿が改善するので、診断もできて治療をできるというすばらしい方法です。よって重症の場合は、ぜひ積極的に行うべきなのですが、そこまでしなくても内服薬で治療可能な患者も多く、この場合返って診断が難しいという問題があります。
 診断しなくても治ればよいでないかというのが、最近の生活の質を向上させる医学の流行なのですが、あまりにこの傾向が強くなると、かえって医療は後退していきます。現代医療は、より多くの人がその恩恵を受けることを志向するわけですが、とにかく治ればよいという傾向が強くなると、1人の名医は出現しやすくなりますが、多くの患者さんを救うことはできなくなってくるのです。この問題の1つの解決策が、尿中マーカーの発見です。尿検査で、間質性膀胱炎を診断できたらこんなに楽なことはありません、膀胱鏡ができない医師でも間質性膀胱炎がある程度診断できるようになるのです。
 前置きが長くなりましたが、この間質性膀胱炎の 尿中マーカーがいよいよ臨床化されそうだという話が、数年前より出ていたのですが、ついに今回の学会で、そのマーカー物質の構造式が明らかにされました。数年のちには、この尿中マーカーを日本でも使用できるようになるようです。これはとてもエポックメイキングなことで、私の先輩でこの病気を30年くらい研究しているY先生は、とても感動されていました。このマーカーが実用化されると、間質性膀胱炎を尿検査で早期に診断できる可能性があり、そうなるとその後の治療が速やかになります。間質性膀胱炎を含む慢性骨盤部痛症候群は、なるべく初期の痛みの軽いうちに、治療を開始したほうが、治りやすいことが、痛みの理論から提唱されています。早期診断早期治療で、メリットをうける患者の数ははかりしれないでしょう。
 さてこの学会で、興味深かったもう1つの事は、間質性膀胱炎を含む慢性骨盤部痛症候群と骨盤底機能障害の関係、さらに関連痛に関する研究でした。非常に簡単に内容を言ってしまうと、骨盤内のどこかが常に痛いと、これを支える骨盤底の筋肉は常に収縮し、弛緩しなくなるため、もともとの頻尿に加えて、尿の排出障害も出現するというのです。さらに骨盤底の筋肉が硬くなると、背筋や腹筋が緊張して硬くなり、背部痛などが出現し、これも患者の生活の質を低下させるということです。
 鍼灸マッサージが生活の隅々までいきわたり、温泉好きの日本人にとっては、そんなの当たり前と感じるかもしれませんが、欧米の医学者が、膀胱の粘膜の弱さが、骨盤の底の筋肉や、背筋の症状の原因であると説明するのは、結構新しいのです。そしてその筋肉の緊張をとる治療に、針治療が紹介されており、日本製の針が使用されていました。そして彼らの言う初期治療は、なんと痛いところを暖めることと、姿勢を正しく生活することだったのです。
 つまり温泉や、銭湯などによく行き、ゆっくり入浴し、座禅とか、武道とかの姿勢をよくする行為を定期的にするという日本人的隠居生活を送れば、骨盤内の不快感がかなり解消できるということです。
 生活に話が及んだところで、最後に少し食事の話も付け加えておきます。慢性骨盤部痛症候群の原因の1つに食事があります。痛いときに食べたり飲んだりするのを避けたほうがよい食事はだいたい推定されています。代表的なものは、アルコール類、カフェイン含有飲料、柑橘系のくだものやそのジュース、トマトとトマト料理、チョコレートやナッツ類などです。詳しい話は、この年末から年初にかけて講談社から参考本を刊行する予定です。とにかく下腹部痛を感じながら、コーヒーや、グレープフルーツジュースなどを毎日飲んでいる人がいたら、一度だまされたつもりで、控えてみることをお勧めします。
 さて来月は、いよいよ国際女性性機能学会というのに行ってみようと思っています。
 そのお話は、女性性機能障害の旅(3)としておとどけできると思います。お楽しみに。