グッピー日記 暑い夏

 外は暑い。エルニーニョに近い状況が起こっていると天気予報で言っている。日本だけでなく世界中で異常気象らしい。鳥インフルエンザも再燃している。
 でも家は涼しい。これもかわいいグッピーのおかげ。熱帯魚とはいえ、水温が30度超えると生命の危険がある。午前中に30度を超えそうになるので、28度を超えないようにクーラーを入れ扇風機で風を送っている。水槽を覗くとチョロチョロと元気に泳いでいる。一匹一匹、目で追いかけ、元気か大きくなったか確認していると、時間の経つのを忘れる。時々目線があったりもする。
 何考えているのだろう、と、こっちは思う。むこうは、あんた誰? とでも言いたそうにこっちを見ている。お互い声に出しては言わないけれど。
 毎日毎日暑い。うだるような暑さ。体温を超える暑さは、雨が降らなくても湿度を感じる。人間の発汗で湯気がたち湿度を上げるようだ。不快指数100%。
 そうだ、こんな感じの暑さを前にも体感した。それは確かあの夏だった。堆積した記憶の中から1995年の夏が呼び起こされ、はっきりとした映像にその時の心情を伴って、最も新しい意識の中に浮かびあがってくる。
 それは、阪神淡路大震災後の最初の夏だった。自然の力に叩きのめされ、もう春も夏も冬もやってこないのではないかと漠然と思っていた。しかし菜の花が咲き、桜が満開になり梅雨にもなって、いつもどおり夏もやってきた。そして、私は精神科医として仮設住宅の訪問をしていた。心のケアーと称して。何に対してか分からなかったけれど。一生懸命、急きたてられるように、訪問を続けた。気が急いていた。
 暑い夏だった。でも梅雨に雨はよく降ったので水不足ではなかった、1995年の夏は。1994年は雨が降らず水がなかった。この年は夏も冬も雨が少なかった。それで貯水池も川も水が底をついていた。地震の時、火事が発生したけれど、それを消し止める水がなかったのだった。電気やガスが止まる以前の問題で、前年度の雨不足が震災の被害を増長したのだ。なんともいえない自然の恐ろしさを感じていた。
 今では、仮設住宅もなくなり震災の話もしなくなったけれど、この体験はからだの中に残っている。普段は意識しない記憶として、無意識の記憶の中に収納されているようだ。
 ことば、音、雰囲気など、些細なことで呼び覚ますことのできる記憶として残っている。
 自然という、自分では制御することのできない大きな力に恐怖を感じ畏敬の念を抱く。それは我々の先祖が抱いた感情と同じなのだ。あの時、古代の人々と同じ気持ちになったのだ。どうしようもない力に出会った時、何を信じよというのか。少々頭の動きがにぶく、心の感受性も低下していたように思う。
 心のケアーといって仮設住宅を訪ね回ったけれど、このことの意味や意義はまだ良く分からない。心の奥底で眠っていて、ことばで表現する状態にいたっていない。熟成する時間が必要に思う。
 涼しい快適な部屋でグッピーと遊んでいる。今、この平安は私とグッピーだけで作りだしているのでなく、森羅万象の作る偶然の集合なのだと思う。あの夏から9年が経ち、自然の力に対して立ち向かうだけでなく受け入れるゆとりもできたかな。心の成長はしたように思う。なにはともあれ、精神科医はなんでも自分の栄養にして成長していくのだ。

2004年8月3日