最近興味ある話題:FSD(女性性機能障害)

 今年の春の日本泌尿器科学会総会のFemale Urologyのシンポジウムで、FSD(女性性機能障害)が取り上げられた。ここで強調されたことは、FSDの心理的治療を行う専門家は日本に組織立って存在するが、機能的な面を診断治療する専門家はごくわずかしかいないということだった。
 おなじ学会のランチョンセミナーで“女性の視点でみた、男性性機能障害”というのが行われた。ここで強調されたことの1つに、男性性機能障害の主要な原因の1つに、FSDがあるという事実であった。またこのランチョンセミナーでは、“日本女性は、いまだバイアグラをあやしい薬と認識しているが、自分の夫が自分のために使用するのであれば、バイアグラの使用は容認できると思っている”という統計結果が示された。
 つまり平たく言えば、“日本で使用されているバイアグラのかなりの割合が、婚姻関係を結んだパートナー間で消費されるのではなく、それ以外のところで消費されているので、女性達のバイアグラへの不信感は払拭されない”ということなのだ。
 この時点で私は、短絡的に“夫に浮気をさせないためには、妻はぜひFSDを治療しなければならないのだ”と考えた。
 その後、FSDに関しては、私よりずいぶん勉強している婦人科医のFさんと話をしたところ、1冊の本を薦められた。“バーマン姉妹のWOMEN ONLY”というアメリカの女性泌尿器科医と女性臨床心理士の姉妹が書いたFSDの一般書の翻訳版だった。この本を読んで、びっくりした。この本のなかでは、妻は、夫のためFSDを治療したいと思っているというよりは、自分のためにFSDを治療したいと熱望していたのだ。そしてFSD治療は、なんと“フェミニズム”の流れを汲む社会的ムーブメントだったのだ!!
 例えばこの本によれば、“潮ふき”の技術は、パートナーとの親密さを増すために絶対必要なものとは言えないが、自分の欲求を満たすために“習得を望むならば学習できる技術”であるらしい。また尿失禁治療のために行われる骨盤底体操(ケーゲル体操)は、自らの性感を高めるために、毎日行う必要があるらしい。つまりあの単調で退屈なケーゲル体操は、自分の尿失禁の治療や予防のためでも、夫を楽しませるためでもなく、自分がセックスの時に楽しむための努力だったのだ。なんと凡人でもモチベーションの高めやすい説明だろうか。
 このわかりやすさは、母乳育児の時に感じたわかりやすさと共通していた。日本では、母乳育児がいかに子供の心身の発達によいかを強調するが、欧米では、子供の心身の発達によいことを説明したうえで、母乳育児をすると、ダイエットになるし、母親の乳癌のリスクが減るのだということを強調していると感じたことが以前あったのだ。
 “WOMEN ONLY”に関しても、決してセックス指南書であるわけではなく、最も強調しているのは、セックスを超えたパートナーとの親密な関係性の構築である。たとえ人種が違っても女性であれば全ての人が共感できる夫婦愛を説いた後に、さらに“でも性の快楽を手に入れたいのならば、自分で手に入れる努力をしなさい”とメッセージを送ってくる。“欲しいと思うものは、自分で努力して獲得せよ”と主張しているという意味ではこの本は、まさに“フェミニズム”本であった。
 筆者は、自分はアメリカ崇拝者ではないと思っている。漢方を仕事の1つとしているということも理由の1つであるが、日本文化を愛し、中国文化を尊敬している。東アジア人が、全ての人種の中で、もっともシツコク生き抜く人種であるとさえ思っている。しかしFSD治療にみられるような、アメリカ人の人間の欲求を素直に認め、観察し、学問やビジネスにする力はすごいと感心してしまう。
 婦人泌尿器科は、まさにそのアメリカ人とイギリス人が患者のニーズを的確にとらえて始めた比較的新しい分野である。主に尿失禁、性器脱、間質性膀胱炎、腟痛症などの女性特有の泌尿器・婦人科疾患をあつかうが、日本でもこれらの疾患の潜在ニーズは多い。さらに機能的なFSDの治療のニーズが増加すると考えると、婦人泌尿器科医のすることはたくさんある。
 ところで、前述の日本語版“バーマン姉妹のWOMEN ONLY”は、日本の実情に合わない過激な部分は削除されているそうである。そう書かれてしまうと、本物が読んでみたくなるのが人の情というものであろう。さっそくアマゾンで調べたところ原文のペーパーバックが10ドル程度であった。20ドルの船便代を払って筆者がこれを買ってしまったことを最後に付け加えておきたい。