「僕の特技はお留守番」

 高齢出産で産んだ一人っ子がやっと10歳になってくれた。出産の年は去年と同じ冷夏で、東京は軽井沢状態で、妊婦にはありがたかったけれど、お米が不作で冬にはマーケットの米の販売に行列ができた。
 心配というと、最近は、「子供を一人で留守番させる心配」は格段に減った。以前は、長男が、「誰か家にいてくれるとなぜか安心なんだよね」と言っていた。そういえば、「子供は家に母親がいないだけで、もやもやする」と育児書の見出しにあった。幼い子供が一人で留守番では、なんとなく緊張状態になるのだと思う。「鬼のいぬ間にいいことしよう」までは自立していない。
 これまでは、誰が長男を見てくれるかが心配の種だった。私の緊急の仕事や、長男が病気になった時など、毎日が綱渡りといっても過言でなく、長男も「今日、僕を見てくれる人は誰なの?」と質問していた。
 私は、卒業後22年間、大学病院に内科医として勤務し、一昨年から国立大学の保健管理センターに移ったが、大学の使命の教育、診療、研究に携わって、臨床研究をして論文や本を執筆してきた。
 当然のことながら、生後1ヵ月から保育園児だった。早朝の医局会は早朝保育でしのいだ。延長保育はあるものの病児保育はなく、1歳からお手伝いさんを必死で探した。マンションの管理人さんの知り合いの未亡人で、幸いなことに、働くお母さんの経験のある方だった。
 熱があると子供を保育園に預けられない。解熱の座薬を入れて預けたという友人のつらい話もあるけれど。発熱すると、朝一番にお手伝いさんに電話して来てもらった。こんな緊急時に備えて、子供が健康なときは1日に3~4時間、掃除や買い物に通ってもらって、保険だと思って高給を払った。保育園には延長保育のシステムはあったが、長男の健康のために預けるのは18時までとし、子供が寝た後に大学に戻って実験もした。
 問題は小学校入学後だった。夫が静岡に単身赴任になった。小学校に併設の学童保育には保育園のような早朝保育はない。早朝の勤務に備えて、お手伝いさんに前夜から泊まってもらったり、近くの大学の女子学生さんに、当日、子供が登校するまで一緒にいてもらうアルバイトをお願いした。アルバイトがいない朝は、私と夫と京都在住の妹(専業主婦)から順番にラブコールを入れた。時々、お隣さんに預かってもらった。
 小学校3年生までは学童保育で下校後17時まで預かってもらえた。その後の時間はお手伝いさんに来てもらったり、私が17時半までに帰宅した。そのために、昼食は食べないで仕事を片付け、17時に病院を飛び出した。私の帰宅が遅れて、長男が家の前でべそをかいて待っていることもあった。国内や海外の学会に参加するときには、夫が帰京できる週末に出かけたり、山口の実家や京都の妹宅に一旦預けに出かけてから出発した。
 自分の健康、長男の健康、サポートしてくださった方々に感謝の10年だった。タクシーを乗り回して時間をお金で買い、ベビーシッター費用や旅費は大きかったけれど、自分が勉強できる時間とチャンスに投資することは大切だったと痛感している。
 10歳の今、週二日は下校後一人でお留守番している。夕立前には洗濯物も取り込んでくれるし、宅急便のお兄さんにお礼も言っているようだ。「僕の特技はお留守番」といっている。ついでに、「お母さん、のんびり仕事したほうがいいよ」と、フル回転の私にアドバイスしてくれる。ありがとう。