白と赤

 秋は紅葉。山の緑が赤や黄色に移っていく様子は、次に来る冬のモノトーンの世界を忘れさせてしまうほどの美しさ。春は桜。菜の花の黄色、桜のピンク、つつじの赤、花の饗宴が始まり夏の緑へと主役を交代する。そして秋。自然が生み出した色の組み合わせをクリスマスの飾りつけが始まる頃、私は装いにちょっと利用しています。
 この時期の私の装いのポイントは足元です。ブーツでなくカラータイツをはくことです。洋服や靴との色の組み合わせを考えるのは楽しい。足首が濃い色になって、ふくらはぎが薄くなっているのはみっともない。柄が伸びて変形しているのはもってのほか。色も柄も慎重に選びます。
 職場では白衣を着るのですが、白衣に合わせてタイツを選んだことはありません。白衣は職場で着るものですから。女性の看護士さんは、自分たちでユニフォームを選んでいますが、私は選んだことがありません。いつも同じデザインの白衣です。変わったことといえば20年の間にサイズがMからLになったことぐらいです。男性医師も私と同じ白衣です。医者の場合、白衣に関しては男女平等です。
 私の白衣はかなり汚れます。カレーうどんやスパゲティを食べたことがすぐに分かります。ルーを飛ばしシミを作るからです。袖口を味噌汁に突っ込んだりもします。インクのシミがポケットについたりもして、白衣が不潔なしろものとなっています。食事の時は白衣が必要だけど診察の時はいらないように最近思ったりします。ナースキヤップのように。
 男性医師はどう思うでしょうか。男性の意見も聞いてみました。後輩の精神保健指定医をめざしている卒後4年目の男性医師には、まったく興味のない話のようで、「どちらでもいいです。」と返事がありました。
 白衣の着用は医師法で決められたことではありませんが、精神保健指定医の資格は精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に定められており、厚生労働大臣からもらうことになっています。これがないと精神科の仕事がしにくいです。人権に関わる行為をする時や精神鑑定の時に必要です。私も持っています。5年以上の医療経験を持ちその内3年以上精神科臨床に関わっていないと申請資格もありません。講習を受けたりレポートを書いたり、なかなか面倒です。落ちる人もいます。
 白衣を脱いで診察室に座っているのには、どんな服装が似つかわしいでしょうか。医者として患者さんと向き合う大切な場面です。おろそかにできません。
 緒方貞子さんのようにシックなスーツに胸元にゴージャスなネックレス。それとも川口順子外務大臣のように真っ赤なスーツ。川口外務大臣の勝負服は赤だそうです。場の雰囲気や治療者の相手に与える印象が治療に影響を与えるので、精神科的には服装にこだわるのも意味のあることなのです。
 もう一度指定医をめざす青年医師の意見も聞いてみましょう。精神科医は視診から得た情報を治療に生かすセンスも必要です。
 「スーツというのは無難ですね、どんな場所でも。」と私。
 「シテュエーションによって違いますよ。」と彼。
 「でも一番あたりさわりがないと思うけど。」と私。
 「シテュエーションによって違いますよ。」と彼。
 「たいがい大丈夫でしょ。」と私。
 「ナンパや合コンだと浮きますよ。」と彼。
 「ナンパや合コン」、「ナンパや合コン」、「ナンパや合コン」──私はことばを失う。ほぼ同時に脳に軽い衝撃が走り思考は停止する。そのあと胃袋あたりで自問自答が始まる。(ゥん、この衝撃は何、アレ、何なんだろう、このギァップ、トシの差かな。いや、冷静に冷静に。)
 その間5秒ぐらいだと思うけれど、私は診察室にいる時のいつもの静かな口調で「そのような事もありますねェ。」と答える。
 この衝撃結構強い。脳が正常に動きだすまで、診察室での勝負服は白衣にしておこう。