苦痛と道中二人連れ

 ものごころついた時から、体調不良と二人連れの人生街道を歩んでいる。
 入院を必要とするほどの大病をしたこともなければ、病気で身体にメスが入るということも覚えがないものの、常にどこか体調がいまいちというのが、私の生活の基本形になっている。
 だのに消極的人生を送るという選択肢を選んでいないのは、ひとえに我の強さというか、流れている先祖の血を思わずにはいられない。聞くところによると、父方の二代前と一代前は、いわゆる満州一旗組であり、母方の一代前は明治大正期の医学部卒ではない書生あがりの医師とのことである。
 体調のことで悩まされるなんて考えられないと言う大多数の若い同世代の中で暮らした数十年に渡る孤独感は身にしみて、疲れた時の表情に影を落としもする。しかし、孤独の中でこそ蓄え得るエネルギーが表現の場を得たとき創造の源泉になるとは、あまたの芸術家の言の通りと自ら言い聞かせ、毎日過ごしてきた。
 創造などという作業が、先の方が短くなってきた人生の中でこの先できるかどうかわからないなあとおもう謙虚さは持ち合わせているつもりだが、永年にわたるこのおもい、身ぢかではしっかり役立っている。
 幸いにも医師であるために、私と二人連れの苦痛は、診療に大いに貢献しているのである。
 毎日の診察の場で、思うに任せない自分の症状の手かせ足かせを嘆く患者さん達の気持ちに添うて話を聞き、気持ちの上での杖になれと言葉を添えて薬を出す。
 しんどいですね、でも前向きでいきましょう──と。
 気持ちが通じてこころが楽になると患者さんから感謝されるたびに、これはもう私に常に寄り添う苦痛のおかげとしみじみおもう。
 漢方が私のこころを捉えたのは、身体が発する声を患者さんと一緒に聞き、それを薬に直接結びつけることができる率直さによるところが大きい。苦痛をひきおこす病気を治療するのに、直接症状をとるという攻め方の率直さと言い換えることもできる。
 今でも、薬が合うと正に「その効神の如し」で、苦痛が一気に軽減するのと同時に元気をとり戻すのには、たいそうな感動を患者さんと共に追体験する。
 長引く体調不良に不安や焦燥を浮かべているけれど、幸いにして重篤な基礎疾患がない患者さんには、もうひとつメッセージを送る。それは、自分の底力を信じろということであるが、直接言っても伝わらないので、表現を換えて発することが多い。
 無理してもぶっ倒れないぎりぎりラインがどの辺かを見極めましょう、そこまでは体調が悪くても押し通してしまいましょう、それが出来たらそのまま自信につながって、気持ちだけでなく身体の苦痛も軽減しますよ。そして、苦痛を完全になくすために努力するのはもうやめましょう、邪魔されないで暮らせる程度におとなしくなってもらったら、それでいいじゃありませんか、と。
 ながい人生、こんなん(こんな体調不良)でどうやっていこうか、と悩んでいた少女が、中年のベテラン女医さんになってこんなエッセイを書いておると感慨無量、更にもう三十年ばかりこの調子で過ごすことができてこの呟きを読んだらなんとおもうかな、という言葉でこの文を締めくくりたい。