「Wounded Healer」

 医者になって既に25年以上の歳月が流れました。
 私が最もエネルギッシュに働いていたのは30歳代の頃です。小さな病院に勤めていましたが、漢方を臨床にいち早く取り入れたのも幸いして、それまでの内科患者と合わせて毎日150人以上の外来患者が来るようになりました。その上に入院患者の回診もしていましたから、超多忙な毎日でした。
 その頃ヒットした、ロボット警察官が活躍する「ロボコップ」という映画の題名からもじって、私は「ロボドック」と呼ばれていました。自分でも不思議なくらいのスピードで仕事をこなし、それが楽しくてしかたない生活でした。
 それが7、8年程続いた頃、突然、嫁いでいた妹の癌が判明し、既に手遅れ状態であるとわかりました。またちょうど同じ時期に、プライベートなことでも様々な試練がふってわくように続きました。妹の最後を、仕事もしながら私の病院で看取ったこともあり、すべてが終わった時には体重が5kgも痩せていました。それでもたくさんの患者を放り出すこともできず、私はまた元の多忙な日常に戻りました。
 しかし以前と何かが違って、テキパキと仕事がこなせなくなってきたのです。はじめは、こんな試練の後だから疲れているのだと思っていましたが、どうやらそうではなくて、一人ずつの患者さんの話を聞く時間が長くなっていることに気がつくようになりました。話を途中で中断できなくなっていたのです。私の外来終了時間は午前も午後も1時間以上遅くなり、回診や食事の時間さえ危なくなる始末で、ついに新しい医者を増やしてくれることになりました。
 的確に早く仕事をこなすことにやりがいを感じていた私は、ロボドックの部品が欠けて、ポンコツロボットになった気分がしました。
 そんなある日、友人の誘いで心理学の講演を聴きに行くことになりました。そんな分野に興味はなかったのですが、色々なことがあって何かを変えたい気分だったのです。目幸黙僊(みゆきもくせん)先生というカリフォルニア州立大学教授の演題は、「Wounded Healer」というものでした。
 「Wounded Healer」とはユング心理学の言葉で、「傷ついた癒し人」という意味でした。人生の中で傷ついた治療者が、自らの傷を自覚することで、他者の痛みを理解して、それがお互いの癒しへと成就していくという内容でした。
 その講演の後、現在の自分に起こっている外来作業の変化の意味が心から納得できました。傷ついた治療者の私は、同じように病で傷ついている患者さん達の言葉に、知らず知らずの間に耳を傾け、共感するようになっていたことにやっと気がつき、胸が一杯になりました。そして患者を機械的にさばける医者ではなく、癒し人になりたいと強く思いました。
 あれからもう10年以上の年月がたちます。私の心の傷はすっかり癒えましたが、「Wounded Healer」としての気持ちは、これからも変わりなく持ち続けたいと願っています。