炎の外来術

 大学を卒業してからずっと臨床医として働いてきました。二人目の子供が産まれてからは、病棟からはずれ、市中病院に出てからは外来診療ばかりです。
 大切な外来診療について、実は「いつ、どこで、誰に習ったか」、はっきりした記憶がありません。教授の横についてカルテ書きをしたり、上司の診療を見る機会はありましたが、「このようにしなさい」と正面から教えられることはなかったようです。
 内科の外来は急性病、慢性病両方の疾患が混在しています。
 喘息発作、急な胸痛、腹痛、下血、血尿、不整脈など、すぐに何らかの処置をとらなくてはならない病態の場合は、とにかく診察、検査、説明、処置、治療を迅速に行う必要があります。診断力、行動力が問われます。
 反面、慢性病、生活習慣病の診療では、長い経過を付き合ってゆくために、「どうやっていい関係を作ってゆくか」「患者さんを元気づける方法は何か」に頭を悩ませます。
 20年前から、素晴らしい外来診療技術が身につくような「炎の外来術セミナー」はないものかと探してきましたが、見つけることができませんでした。「心電図」「腹部エコー」「糖尿病診療」セミナーはとても多いのですが……。
 けれども、転機は訪れました。大学病院を離れたあと、学生時代から始めていた漢方の勉強と診療を再開したのです。患者さんを全人的な眼差しで診る漢方診療のスタイルは、とても魅力のあるものでした。
 そしてもうひとつ、阪神大震災に罹災したあと、心を惹かれるようになった「カウンセリング」です。学生時代少し齧ったのは、カール・ロジャースの「傾聴カウンセリング」でした。その後この世界も様々な進化を遂げており、友人から紹介されたセラピストのセミナーに参加し「ブリーフセラピー」(短期間で効果があると言う意味です。下着とは無関係!)「ソリューション・フォーカスト・アプローチ」「Neuro-Linguistic Programminng」などの手法に触れることができました。
 そこで学んだのは、次のようなことです。
 1.クライアントの秘密を(真剣に)守ること。
 2.クライアントを尊敬すること。
 3.クライアントは言葉よりも態度に敏感である。
 4.クライアントが元気になるような言葉を選ぶ。
 5.クライアントは自分のことを一番よく知っている。
 6.クライアントのできている、やれていることを評価する。

 医学教育では「知識の少ない患者さんに正論を伝え理解させる」ことしか学んでいなかったので、眼からウロコが落ちるような思いでした。
 同時に、セミナーでクライアント役を演じた時、セラピストとのセッションで自分の中に大きな変化が起きました。驚いたことに、その後の仕事の方向性が自ずと決まってしまったのです。
 どうやら私の意識の下には「自分にあったやり方で診療できるクリニックを持ちたい」という気持ちが封じ込められていたようです。自信がなかったのです。自己評価を高めることができずに勤務医を続けていました。
 新しいタイプの心理療法は、目標とモチベーションを私にくれました。そうして私は、自分のクリニックをもつことになるのですが、外来診療の場でも早速学んだ手法を使ってみることにしました。慢性疾患の患者さんにです。10分程度の時間でもそのエッセンスを意識して盛り込みました。
 果たして、その日から何かが変わるのでした。
 患者さんは安心し、信頼関係が生まれ、意欲が出てきます。医師の考え方や態度が変わると、こうも違ってくるのかと感激しました。
 さらにこの方法は、医療従事者を疲れにくくするという利点があります。医療現場での意思の疎通がよくなり、わだかまりがとけやすくなるのです。
 漢方医学の診察法と漢方処方、心理療法を応用したエンパワメント(力づけ)は慢性疾患の患者さんにとって優しく、負担の少ない治療法です。
 「女医の魔法の杖」と仲間内で評価し、大切に使っています。これからも女性医師同士で交流し、さらなる研鑽をはかりたいと思います。