疫学・統計

人間を多面的にみる疫学の視点

――高度な統計データ分析に必要なものとは
 竹内啓(内閣府統計委員会委員長・東京大学名誉教授)

 3月29日(日)の夕方に開催された第79回日本衛生学会の市民公開講座で、内閣府統計委員会委員長の竹内啓氏(東京大学名誉教授)が、「高齢化と予病医学の重要性」の題で講演を行った。疫学がいかに人間的な学問かが誰にも理解できるざっくばらんな語り口の一方で、専門家ならではの鋭い指摘がいくつもみられた。下記に、講演を抜粋再録した。

100歳まで老化しないのもねえ......
 皆さんご存じの通り、日本の高齢化というのは規定の事実ですね。生まれちゃった人が死ぬまで生きているとすると、老人比率が圧倒的に増えることが予測されています。長生き自体はおめでたいことですが、一方で国民医療費が、1955年の2,388億円から2006年には331,276億円へと増えています。物価の上昇もありますから国民所得に対する割合でみると、3.42%が8.88%になっている。中でも高齢者の医療費が問題になっています。
 そこで財政負担が問題になりますが、医療を受ける方だって医療費が上がってたくさんの医療サービスを受けることが幸せかというと、もちろんそうではありません。ならば事前に何とかしなければ、というので、予防医学という概念が出てきます。「予防」は「予病」という言葉でもいいかなと思うので、今日はそういうタイトルにしてみました。
 健康の概念は、非常に多面的かつ複雑なものです。なぜなら、健康イコール正常という単純な図式にはならないからです。そもそも何が正常かということも、いろいろと厄介な問題をはらんでいます。何となく調子が悪い状態を病気と言えるでしょうか。私も新米の後期高齢者ですが、年をとると物忘れがある、頭の回転だってゆっくりになる。では、老化は病気か。むしろ老化しないで100歳になったら、そっちのほうが異常じゃないでしょうか。
 WHOでも健康の定義に「社会的に適応していること」という言葉を入れていますが、健康は人間関係の中で論じられる必要があると思います。健康な人とは、「本人、まわりの人にとって、身体的、精神的に望ましい状態にある人」と言えるでしょう。
 そうすると、ほどほどに役立つということが健康と言っていいのかなあと思います。勝手な思い込みで大きく役立とうなどと思うと、かえって人に迷惑をかけたりしますから。
 もうひとつ、価値観の問題もある。本人はいいつもりでも家族やまわりが迷惑していたりする。つまり、医療と社会の価値判断には矛盾があるわけです。
 一例ですが、かつてハンセン病や結核の患者さんは隔離されていました。今日では、人権侵害にあたるとしてこのようなことはなくなりました。しかし、さかのぼって当時の状況を考えると、治療法も確立されていなかった時代に、果たしてそのような感染症の人に自由な行動を許すことができたか。そう簡単には行きません。それを思うと、当時そのような決断を下した人を安易に糾弾することもまた、むずかしいのではないかと思います。
 つまり、本人の幸せと社会の幸せは、一致しないことがあるのです。

人間は矛盾をはらんだ存在
 そもそも、人間には生老病死(しょうろうびょうし)といって、仏教でいうところの「四苦(しく)」つまり、四つの苦がある。「生まれる」は英語で受け身形のwas bornと言いますが、われわれ、好きこのんで生まれたわけではありません。親だって選べない。老化もまた必然です。病もまた避けることができない。寿命があるから死も必然です。こればっかりは、いくら世の中が進んでも自分の選択で自由にはできません。予防医学でも老化を遅らせることはできるかもしれませんが、なくすことはできません。
 つまり、科学による根本的な解決は不可能だと言っていいのです。それでも科学は、人間に内在する矛盾を緩和することができます。ここが重要です。昔のように若い人が結核で亡くなったり、小さい子が伝染病で亡くなることがないのは、科学の進歩のおかげであり、天寿を全うされる方が増えています。
 しかし、進歩のために生じた矛盾についてはどうでしょうか。脳死の人の生命維持や、遺伝子診断で生まれる前にわかった障害児についてどうするか、臓器移植の問題などもある。とくに臓器移植はその供給源が大きな問題となっています。これらは、技術が進んだことから生じた矛盾と言えるでしょう。
 それでは、予防医学または予病医学を、もう少し限定して、「病気を防ぐこと」と定義しましょう。病気の発生には、感染症や中毒、傷害などの外的要因と、遺伝病や生活習慣病、がんなどの内的要因が関与しています。さらに、細菌、ウイルス、毒や遺伝子などの直接的原因、衛生状態、栄養状態、ストレスなどの間接的な原因が複合的に組み合わさって起きています。
 しかも個人差があるため、発症は非常に不確実です。どうしたらどうなるか、はっきりしません。なっちゃった病気を治すならまだしも、これからなるかもしれない病気を事前に防ぐのは、大変なことです。
 ここに疫学的アプローチの重要さがあります。統計的な方法を用いることで、判断の基準とすることができるのです。ただし、通常の科学は、きわめて制御された環境と条件の中で実験を行いますが、人間集団を相手にしている疫学では、制御された実験は容易ではありません。統計はそれだけでは科学的真実とはいえないからです。そのように、因果関係の確定は、大変むずかしいことなのです。

偉大なる歴史的大間違い
 ふたつの例をご紹介しましょう。
 近代統計学の基礎を築いた有名なR.A.フィッシャーという人がいます。20世紀最大の統計学者であると言ってもいいと思うんですが、この人は、たばこと肺がんの発症の関係を頑強に否定したことでも有名です。これは、イギリスで膨大な研究が行われて導かれた因果関係です。ところが、フィッシャーさん、大のたばこ好きでした。しかも遺伝学者でもあった。
 彼は、たばこが好きになる遺伝子と肺がんになる遺伝子とは密接な関係があるのだと主張して、たばこ好きがたばこを吸わなければ、もっと肺がんになるのだという屁理屈をこねたのです。
 ほんとはそんなことは、たばこ好きな人に吸うのを禁止する、禁止しない、たばこが好きでない人にたばこを吸わせる、吸わせない、といった4通りの研究を行ってからでないと言えないことなのですが、とにかく、フィッシャー先生は、こんなことを言っていたのです。
 もうひとつは、小説家の森鴎外の話です。彼は、陸軍の軍医総監でもあった。当時は日清戦争の頃で、戦争で弾に当たって死ぬ人よりも、脚気で死ぬ人のほうが多いという状況でした。海軍で、白米がよくないのではないかといって、パン食にしたり、麦飯にしたりしたところ、脚気で死ぬ兵隊が減ったので、陸軍でも試してはどうかと勧めたところ、鴎外は頑迷にこれを拒みました。
 時代は19世紀、すべての病気は細菌が原因だというコッホやパスツールの発見が出ていたので、鴎外は、白米が悪いという根拠などない、脚気菌のせいだと断固反対して、かえって病死者を増やす結果となりました。もちろん、脚気菌などないことは、その後、ビタミンBが発見されて明らかになりました。
 ですから、因果関係が厳密に確立していなくても、操作的因果性といって、麦がよいというなら麦にしてみたらよかったと思うのです。そのように疫学というのは、一定のロジックだけでは無理で、多面的なアプローチが必要です。人はいろんな条件のもとで生活しているわけですから、いろんな方向からアプローチしなきゃいけない。人の健康にはいろんなことが影響しているのです。
 何が実際にいいかを考えて、たとえば結核の場合だったら、今では結核菌に感染していることがわかっていますが、昔は、栄養をとって空気のいいところで静養するという方法で治していたのです。それを根本的な解決でないからといって否定することは、むしろ科学的ではないのではないでしょうか。

ものごとは単純ではない
 統計的指標には、たくさんの種類があります。その中で、家庭の状態などは相当大事です。貧しければ医者にかかれない。栄養状態も関係する。また夜更かしなどの生活時間も、まだあまり健康や医療と結びつけられてはおりませんが、かなり重要なことだろうと思います。
 アルコールも同じで、社会的な関係で飲むこともあるわけです。社会関係、職場の関係を考慮することが大切で、飲み過ぎが健康に悪いというキャンペーンだけでは不十分です。いろんなことを結びつけ、高度に利用する必要がある。沖縄の人が長寿だとよく言われます。でも、それは本当か? 統計とは、表面的にそれらしく見えたことを、本当かどうか確かめる学問です。
 景気が悪くて、実質経済成長率が-12.7%だとか-12.6%だとか言われます。なのに名目成長率は-6.6%です。なぜ差があるのか。物価が上がったか? いいや、物価は下がっています。デフレ経済ではGDPデフレーター(注)が上がって、輸入物価が下がっている。そうすると、実は輸入物価が下がると逆にデフレーターは押し上げられることになるのです。
するとこの場合は、むしろ名目成長率の数字のほうが実態に近いということになり、この-12.7%という数字がひとり歩きすることは非常に危険だと言えます。
 じゃあ、沖縄が長寿だというのは、どういう要因によるものか。まずは事実の確認です。考えられる要因をリストアップして、それぞれの効果の大きさを考える必要があります。複合要因、交互作用も検証しなけれなりません。「気候がいいからだ」と言うなら、他県の気候はどうか、調べる。栄養やお酒のことも調べないといけない。そんなふうにいろいろな要因があるので、特定のことに飛びついて簡単に決めてはいけないのです。
 充分に検討したあとも、残された要因についてまだ検討しなくてはならない。個人ごとにどういう生活なのか、いろいろと結びつけて分析する。ここには、プライバシーの問題もからんでくるので非常に難しい。
 このように予防医学と疫学的アプローチは密接に関連しています。統計的指標には、病気や死亡に関するもの、生活時間や栄養、医療、家計、職業に関するものがあります。関連する統計としては、人口動態調査、国民生活基礎調査、社会生活基本調査、患者調査、学校保健統計調査があり、基幹統計としての国勢調査があります。
 ここで大切なのが、統計データを高度に利用するということです。

統計データを高度に利用するとはどういうことか
 いくつもの要因を調べてデータをマッチングさせることを多変量解析といいます。個人、世帯、調査区、地域レベルまでの特性を調べて、関係を調べる。県単位では大きすぎるので、小地域(コミュニティ)が適当でしょう。もうひとつ、同じ対象を10年、20年と時系列に追跡することも必要です。その間に脱落する人もいるので大変です。国の調査みたいに、「あなたが当たりました」と言って協力してもらえませんから、本人の同意も得る必要があります。
 小地域(コミュニティ)は、市町村合併で地域的なつながりのないところが一緒になった場合があるので、本当に行政区画の通りの地域を単位としてよいかも、検討します。
 残念ながら、現在の統計制度では、予防医学に役立つ分析を行うには、やや限界があります。日本の統計は、分散型の統計といって、データによって集計を行っている省庁が異なるのです。厚生労働省は人口や医療・保健統計、総務省統計局は生活全般に関する統計をとっています。国土交通省や農林水産省にもデータベースがあります。それぞれの省や庁が迅速に対応できるというメリットはありますが、垣根を越えたデータ利用がスムーズでないという難点があります。
 ここで体系的な統計データを整備すべく、調整を行っているのが統計委員会です。また地方公共団体もそれぞれにデータをとっていますし、役所以外に公益法人の統計もあり、それらを活用できるとよいのですが、データの統一化がはかられていない点も問題です。
 最近はプライバシーの問題にもかなりの配慮が求められますから、あるところのデータを他で使っては秘密漏洩になるといって、データを結びつけることが困難になっています。
 行政記録の中には、統計調査で得られた数字ではないものも、統計を作るために活用できるものがあります。また、カルテやレセプトなどにも多くの情報が含まれています。これらのデータもリンクしてスムーズに使えるようでないと、本当に高度な利用はできません。
 この点、カナダなどは統計先進国で、集中型統計制度によって、ひとつの大きな統計庁のようなところで、調査も分析も行っています。また、各省庁も要求されれば、データを提供する義務があります。日本の法律では、「統計のために利用できる」と書いてあっても、実際にはなかなかむずかしい面もあります。
 このような制度の問題を改善しなければ、ちゃんとした数字に基づいてものを言って、政策を立てるということもできないのです。役所でも統計資料をきちんと調べないで立案した政策が、あとで混乱する場合が少なくないのです。
 後期高齢者医療制度などはその典型です。誰もまともに議論せずに通してしまった。含んでいる問題はわかっていたのですから、統計データを使えば、あるいは少しの予備調査をすれば、マイナスもプラスも明らかにした上で、政策としてどうしても必要ならば押し切ることができたと思います。もしも制度が頓挫すれば、莫大な損失です。もう少し統計の重要性を評価するように、政府も、世の中全体も、ものの見方を変えてもらわなきゃならないと思います。
 現在の統計委員会のほとんどが経済畑の人で占められて、医療関係の専門家がいないことも、改善すべきだと思います。
 保健統計は、データとしては存在しますが、健康を中心に据えた統計として整理すべき点がまだまだあります。苦労して集めたデータも、使わなければ価値がありません。今後の若い先生方が、十分データを使って有益な成果を出して下さるようご活躍に期待します。

    (注)GDPデフレーター 一定期間の物価動向を把握するための指数のひとつで、名目GDPを実質GDPで割ったもの(GDP:国内総生産)。輸出入価格の影響を受ける。
竹内 啓(たけうち・けい) 1933(昭和8)年、東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学大学院博士課程修了。同大学教授、明治学院大学教授をへて、現在、東京大学名誉教授、内閣府統計委員会委員長。専門は数理統計学。統計学、経済学をはじめ、科学技術の分野にまでわたる著書多数。

統計法改正で死亡情報閲覧の危機?

疫学会が日本版データ・アーカイブ目指し活動
――日本疫学会学術総会本部企画「政府統計のあり方を考える」(2008年2月26日)より
 

●統計法改正が疫学研究に及ぼす影響とは
 日本では、国勢調査や人口動態調査などをはじめとする55の統計調査が総務大臣によって「指定統計」と定められ、国や地方公共団体によって実施されている。いずれも1947(昭和22)年公布された統計法により申告義務が課せられている。集積された情報は、政策運営に役立てられるほか、社会分析、研究等に広く活用されてきた。
 この統計法が、2007(平成19)年5月23日、全面改正・公布された。一般市民にはあまり知られていないこの事実が、疫学研究者を震撼させた理由は、従来申請等に手間取っても閲覧が可能であった人口動態統計の死亡小票(一次データである個別の調査票)へのアクセスを遮断すると思われる変更があったためである。
 統計法改正について、総務省は、「『行政のための統計』から『社会の情報基盤としての統計』へ」を謳い文句に、指定統計を「基幹統計」と改め、公的統計の体系的整備、統計データの利用促進と秘密の保護、統計委員会の設置を柱として示すとともに、秘密漏洩等には罰則も設けている。統計データの体系的整備そのものに異論はないにせよ、2005(平成17)年の個人情報保護法とのからみから、疫学研究者の生命線ともいえる一次データが使えなくなるのでは、精度と信頼性の高い研究が危うくなる。
 個人情報については、旧統計法でも、調査票の目的外利用禁止(第15条)と情報漏洩に対する罰金(第19条の2)など一定の配慮があった。さらに文部科学省と厚生労働省共同で出された「疫学研究に関する倫理指針」(平成14年発表以後、16年、17年、19年に改正)では、疫学研究において、個人情報を収集する際の利用目的の制限と、本人に対する説明義務・同意を必要とするインフォームド・コンセントの強調等を細かく規定している。
 改正統計法においては、一次データである「調査票情報の提供」に制限が加えられ、第33条の2に、調査票を利用できる主体が、「行政機関等と同等の公益性を有する統計の作成等として総務省令で定めるものを行う者」と明記された。つまり、省令で定めのない目的と判断された者にはデータが利用できないことになる。

●個人情報の追跡が不可欠の疫学研究
 個人情報保護法における個人情報の定義は、「生存している個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」となっている。取り扱いにおける目的外利用の制限(第16条)と第三者提供の禁止(第23条)などが拡大解釈されて、生活上での個人情報の収集・利用において無用の誤解を生じている側面もある。
 個人情報は、厳密にはプライバシー と区別して考える必要がある。ある種の疾病や遺伝的情報などはプライバシーに属するもので、人に知られることが個人の権利権益にかかわる。プライバシーの権利が侵害されて個人の利益が損なわれないことは、個人情報保護の目的のひとつである。
 しかし、公衆衛生という公益を目的とした疫学研究やその他の臨床研究では、プライバシーをも含む個人情報を積極的に活用してこそ得られる利益があるとして、個人情報保護法第16条3でも目的外利用を認めている。
 わかりやすい例として「地域がん登録事業」がある。ひとくちにがんの罹患率を把握するといっても、地域ごとの人口集団における罹患から治療あるいは死亡に至る全経過についての情報収集を行い、それを保管、整理、解析する作業なしには成立しない。しかも、長期間にわたってデータを保管し、追跡によって可能となる分析があるため、個人を同定する情報が必須となる。
 このような連続性ある個人データの保管や分析が大規模な疫学研究を可能にし、疾病発生の因果関係を明らかにして多くの人の健康に利益をもたらす。これには集計された二次データとしての政府統計では不十分で、必要なのはあくまでも一次データである。「地域がん登録事業」では、患者の予後や死亡のデータといった個人情報を行政と民間で共有し、がんの実態把握から得られた情報を医療機関へ還元し、医療向上と疫学研究に寄与している。

●疫学会の精力的な活動
 本来必要な情報が共有できず分析の精度が劣化すれば、公衆衛生の基盤が揺らぐ。改正統計法で、政府統計の利用が「総務省令で定める者」に限られるなら、何としても疫学および臨床研究に携わる者が「総務省令で定める者」として認定される必要がある。
 医学界で最初に動いたのは地域がん登録全国協議会であった。同会は、2007年5 月18日、がん登録事業に必須の死亡情報活用に対し法的配慮を求める要望書を厚労省に提出した。
 疫学会は、2007年7月24日にこの旨を含む数項目を要望書として厚労省に提出し、日本版の死亡情報データベースなど体制整備の必要性を強く訴えた。8月2日に総務省へも同様の要望書提出。また他学会へも働きかけ、10月19日、日本公衆衛生学会、日本衛生学会、日本産業衛生学会を加えた社会医学系4学会共同で厚労省に提出した要望書においては、社会医学研究における行政統計データの必要性を強調するとともに、すみやかな利用可能主体としての認定を求め、同様の配慮によって過去のデータも支障なく利用できることを希望している。11月7日に、先の4学会共同による総務省への要望書提出を受け、11月9日には日本医学会も厚労省と総務省に要望書を提出した。
 このほか、学会開催の機会を利用しての一般市民向け公開シンポジウムや対外的報告書の公表など、活動状況の周知にも努力している。
 今年に入ってからは、児玉和紀理事長([財]放射線影響研究所主任研究員)が内閣府の統計委員会の専門委員を医系研究者としてはじめて委嘱された。これにより医学界における統計情報の意義についての認識が深まることが期待される。

●日本版NDIの整備が急務
 2007年に疫学会に設置された将来構想検討委員会の辻一郎委員長(東北大学大学院教授)は、政府統計の活用に関して学会員にアンケートをとり、対象者215名のうち回収した61%の回答を報告した。過去二年に申請した政府統計の種類は、人口動態統計(死亡)、国民健康・栄養調査、患者調査、人口動態統計(出生)、医療施設調査で、入手における困難としては、申請手続きの煩雑さ、一年弱という入手までの時間(27件の申請のうち13件承認。申請書類の平均修正回数は10.2回)が挙がった。
 この中でとくに問題になるのが、「目的外利用」にあたる人口動態死亡小票の閲覧で、申請してから実際に目にできるまでに2年間を要する現状では利活用の促進にはほど遠く、国際的潮流からも取り残されると嘆く。
 死亡データのスムーズな閲覧と活用を可能にするひとつの方策として、日本でも米国のような死亡情報が整備されることが疫学研究者の悲願である。
 米国 には、国立健康統計センター(National Center of Health Statistics )という第三者機関があり、疫学研究の人口動態統計の小票データ(micro data)をもとにした膨大な死亡情報(National Death Index:NDI)が整備されている。医学・健康関連の統計的処理を目的とした利用には、所定の手続きを踏んで、特定の調査対象について社会保障番号等指定された項目を提出すれば、手数料を払って死因や死亡年などの希望データが抽出・提供される仕組みだ。
 現在の日本のシステムでは、許可を得て保健所で個人を特定して一次データを探していたとしても、紙の死亡小票を逐一閲覧しながら目的のデータを研究者が探し出すため、必然的に対象外の個人のデータも目に入り、求めてもいない個人情報を見る羽目になる。もし、実際のデータと利用者の仲立ちをする機関が必要なものだけを抽出してくれれば、このような事態は解消される。
 さらに、寄託された調査研究データを保管し、学術目的での利活用のために必要な研究者に対して公開するデータ・アーカイブが整備されれば、多くの疫学研究において、情報収集の労力は大幅に削減され、公衆衛生に寄与する解析が可能となる。
 唯一日本で存在するデータ・アーカイブは、東大に設置された社会科学研究所で、統計調査、社会調査の個票データを収集・保管することで散逸を防ぎ、二次分析によって学術研究に新しい可能性を与えるとして評価されている。疫学分野でも行政情報が同様に利用できれば、より洗練された形態での情報共有が研究を発展させ、人材育成にもつながっていくと学会は考える。少なくとも、追跡調査のために研究室総動員で電話をかけまくったり、同じような情報を別々の機関が収集したり、保管・共有のしくみがないために苦労して集めたデータが失われることはなくなる。
 疫学会では、疫学研究・統計調査についての国民の理解とバランスある組織的な対応を求めて今年9月をめどに対外的報告書をとりまとめる予定であったが、「『対外報告書』より『提言書』くらいのインパクトが必要か」(岸玲子北海道大学大学院教授)との発言もあり、より効果的な働きかけの方法を模索している。
 改正統計法で、統計情報が社会基盤であると明確に認識されているからには、公衆衛生を守る学会の立場が尊重され、今後の建設的な方向へと展開していかねばならない。