かわら版詳報

いまどきの「コミュニケーション力」

圏外とKYといじめ----教育カウンセリング学会で土井隆義氏講演


 2010516日(日)、東京都文京区、跡見学園女子大学において、日本教育カウンセリング学会の公開講座シンポジウムが開催された。

 「友だち地獄」の演題で、同名の著書のある土井隆義氏の講演に続き、「場の空気を読めない子どもたちの行方」と題したシンポジウムとグループワークを、同学会理事長の國分康孝氏が総括した。


●「友だち地獄」(土井隆義氏講演再録)


ケータイ世代の不安

 最近、若い人は「圏外」という言葉にパニックになるほどの不安を抱いているようです。携帯電話でいえば電波が届かない圏域ということですが、不安の内容は、ここぞという時に自分から連絡できないことと、思うように自分が受信できないことです。そのため、入浴中などに特に不安を感じます。

 彼らには、「即レス」といって、受信したらすぐ返信するというマナーがあるために、即レスできない状態にストレスを感じます。その一方で、「先生の電話なんて圏外よ」というふうに、自分に都合の悪い人や情報を故意にシャットアウトする。うっとうしい教師は圏外にしてしまえというわけです。

 「圏外」に覚える不安は、この裏返しとして、自分自身が世界から消え去ったかのような感覚をもつがゆえに生じます。


KYと「そんなの関係ねえ」

 KYとは「空気が読めないこと」。「そんなの関係ねえ」は、切り離すという感覚。同じ頃に流行ったこれらのワードは、実は同じ現象の裏と表です。

 彼らの人間関係においては、仲間の内側で過剰に空気を読み合います。その分、外部に対して気を回すエネルギーが残っていません。内側の世界は生きやすいのかというと、実は息づまる関係で、この典型がいじめです。

 従来、いじめとは、異質なものを排除するという行為でしたが、彼らにとっては異質な人間はすでに圏外に切り離した「関係ねえ」存在です。このため、同質化した人間の中でわずかなちがいをいじり合っていじめが起こります。いじめを「いじり」と言い表すゆえんです。

 いじめの実態は、文科省の'80年代の定義から大きく変化してしまったため、2006年、いじめの定義が変更されました。


 従来の定義......①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているもの


 新たな定義......当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの


 昔は、いじめっ子、いじめられっ子という人間関係のタテの構図があり、いじめは、特定の生徒のパーソナリティに関係づけて固定的に行われていました。これに対し今のいじめは、加害者と被害者を分けるものは個人の性格ではありません。いじめの構図も継続的なものではなく、ターゲットは、時と場合によって場の空気次第で決まります。

 このためいじめは表面化せず、深刻さも「遊び」というものでラッピングされて、「いじられておいしい」などといいます。摩擦を避け、対立点は表面化しないよう圏外へ追いやられています。関係そのものが傷つくことは、自分が傷つくことに直結します。


「関係」----普遍的なものさしのない時代のナビ

 かつて私たちは、自身の抽象的な信念や信条、具体的な知識や技能、趣味などで、自尊感情を支えようとしてきました。周囲から評価されるかされないか、正しいか正しくないか、望ましいか望ましくないか、共通のものさしがはっきりしていました。

 '80年代までは、いじめも、学校という画一化された場で、「異質の排除」として行われてきました。その場の空気で評価が変わることはなく、いじめの標的も固定化し、継続的なものでした。

 今日では、自分を支えるものは人間関係です。ひとりで立っていることがつらく、むずかしい時代です。「個性の重視」が'90年代半ばに叫ばれ始めて以後、その傾向が顕著です。学校文化で表面上は多様性を称揚しても、あらゆる可能性が受け入れられるわけではない。まわりの期待に沿うものだけが受け入れられる。普遍的で画一的なものさしを押しつけられることが減って、まわりの人から個別的に具体的に評価される。そうするとウケを狙えるかどうかが自分の評価となり、ひとりで立っていられなくなります。

 社会に明確な評価の基準があった時代は、自分の内面にそれを取り入れてよりどころとし、自己肯定感をもつことができた。それがあれば周囲の評価は気にせず、信念に従って生きられる。その信念も勝手な思いこみではなく、きっといつかわかってくれるという客観性に支えられて、「これが正しいはずなんだ」という自分を超えた普遍的なところに、羅針盤としてありました。

 今日、そのような明確なものさしはありません。昔より多様な生き方が認められた社会で、あたかも自分で人生を決められるかのような錯覚がありますが、判断基準がないから、自分の方向がこれでいいのか、対人レーダーで相手の反応をみて自分のよりどころとする。GPSナビのようなものです。

 ケータイは人間関係のナビだといえます。誰かから自己承認を得ることが支えになる。しかし相手の評価というものは、前もって予想しづらく、簡単に変化します。'90年代に流行った浜崎あゆみの歌に、「僕が絶望感じた場所に君はきれいな花見つけたりする」という歌詞がありますが、同じ状況を生きていても見え方も反応も千差万別です。安全牌を求めることが同質なものを求めさせるのです。


「関係」をいじり合って起こるいじめ

 相手から否定的な評価を受けると傷つく。だから深入りしない。価値観のちがいも起こらない。かつての「腹を割って話す」という文化は通用しない。こっちでもあっちでも腹を割ってたら破綻する。むしろ腹を割って話さないことがマナーとなる。だからキャラ化する。キャラがたつようにわかりやすくして見通しをよくしている。

 仲間内での対策として、差別がなく、上から目線を極端に嫌うフラットな関係を好みます。親子関係もしかり。一方で、格のちがい、身分のちがいなど、グループ間のちがいは過剰に意識します。スクールカーストという学校のヒエラルキーでも、上や下は格がちがえば圏外として排除します。

 そのような対策のバランスが崩れたとき、いじめが起こります。人間関係がなければいじめの対象にはなりません。外部に共通の敵がなく、共通の価値観もない。それでも関係は維持する必要がある。関係が、関係のための関係として自己目的化しています。だから関係自体をいじり合って活性化し、そこにいじめが起こります。

 ここでいう活性化は、ポジティブな意味ではなく、「場を消費する」「やりすごす」というほどの意味です。共有する基盤があれば会話をしなくてもいいけれど、基盤もなくつながるにはあえて何かをしなければならない。

 たとえば、中学生のオヤジ狩りなどは、オヤジ狩りが目的なのではなく、そのような非行をネタにしてつながり、人間関係を維持しているのです。もしも共有するものがあれば離れていてもいいし、自分の羅針盤が自分の内部にあれば、つきあいも対決もできる。ですが、常時接続するためには、つながる時のネタを必要とします。


「関係」の中での生きづらさ

 かつて大人の価値基準を押しつけられる抑圧的な状況で、子どもは思うようには生きられなかった。そんな不自由さが生きづらさだった頃、尾崎豊の「15の夜」のように、あえて学校で煙草を吸うことは抵抗の証でした。

 今の子どもは「家で吸えばいいじゃん」と、学校で吸う意味を見出せません。このため思春期は反抗期とならず、親との関係は良好です。対立を避けて波風を立てない。一方で本音の話もできない。親そのものに子どもから認められたいという承認欲求があります。

 今、生きづらさの質が変わってきたのではないでしょうか。建前上の多様さと意識の上での自由さはあります。しかし現実には開かれた自由ではありません。現代の子どもの生きづらさは、同質化した人間関係の中での生きづらさになっているように思います。

 学業やスポーツができる子が上ではなく、今日的な意味での「コミュニケーション能力」----それは「空気が読める能力」や「関係調整能力」を指します----のある子が上です。ここでは優等生がカーストの下で、ギャル系の子が上です。

 空気の読めないKYの子はどうしたらいいのか。ひとつの方策は、人間関係の軸足を増やすことです。多元化して別の世界をもつ。もうひとつ、"Look at me." という際限のない欲求からベクトルを変換して、「見てもらって安心する私」から、「私が誰かを見る」という立場に移行することも有効でしょう。

 捨て猫を拾ってセックス依存症から立ち直ったある女性がいました。それは、猫エイズに罹っていて世話をしなければなりませんでした。自分が誰かに見てもらっていないと安心できなかった彼女は、猫を見てあげているうちに解放されていきました。自分が誰かの役に立つという経験は、それほど貴重なものなのです。


***


 シンポジウムでは、まず片野智治座長が、土井氏の著書『友だち地獄』を「人としての根源的な存在を脅かすむずかしい問題」と評したあと、「人はふれあいと自他の発見を通して成長する。誰しも他者の人権を侵さない限り、『ありたいようにある勇気(courage to be)』をもつ自由がある」と話した。

 これに続き、「場の空気を読めない子どもたち」と題したシンポジウムで、教育現場から4人の話者が、現場でのいじめの発覚の困難、子どもたちの表面的な仲の良さ、小・中学校など過去のいじめを高校・大学までひきずるケースの多さ、孤立への恐怖、子どもたちの人間関係能力の希薄さなどについてそれぞれ語る中で、アドラー*1が提唱するワンネス(One-ness、人の内面世界を共有しようとする姿勢)、ウィネス(We-ness、人の役に立つことをしようとする姿勢)、アイネス(I-ness、自分は自分であると自己開示する姿勢)のうち、ウィネスの重要性が指摘された。

 いじめ被害に遭った子の保護者については、子どもの問題と親の問題を分離し、援助者が「子ども問題」を子どもに預けたまま、子どもによる問題解決を支援する学習プログラム(STEP)なども紹介された。すべての議論をもとにして、会場内でグループに分かれて意見を述べ合った。


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國分康孝氏によるエンディング

 今日は、社会学の観点からの問題提起、アドラーの話、STEPの話などが出ました。僕は実存主義的にコメントをしたいと思います。

 オヤジ狩りは、オヤジ狩りという行動をともにすることによって仲間すなわちsense of belonging がkeepされる。人を殺してまで友だちとつながることは、person addictという。どうやら人間関係なしには生きられない時代が来とるらしい。

 また、孤独を悪と思うbeliefの子の話も出た。Courage to be とは、人間関係を拒否しても自分のありたいようにある自由です。人間関係がうまくいけばそれに越したことはないが、人間関係以上に大事なことがあると、ムスターカス*2は言っている。日干しになっても四面楚歌になっても自分自身でいるということの大事さです。

 KYの逆で子どもたちが空気を読みすぎて疲れるという話も出ましたが、この場合の気の使い方は、nervousnessと言って、自己の防衛機制に基づいている。カウンセラーに必須の資質である相手の期待に沿った行動をするときの気の使い方であるcare または sensitive ではありません。俗に言う空気が読めない人は、egocentricな人間ということになる。

 構成的グループエンカウンター(SEG)は、対人関係を訓練する方法ですが、個を強調します。個をちゃんと意識した人が個をちゃんと意識した人とリレーションする。ゲシュタルト療法の始祖パールズの弟子のタブスは、" You are you,  I am I."と言っている。個を自覚し、他との関係も自覚するというリレーションが大切です。


*1 オーストリアの精神科医、心理学者。

*2 実存主義的心理学者。


人間を多面的にみる疫学の視点

――高度な統計データ分析に必要なものとは
 竹内啓(内閣府統計委員会委員長・東京大学名誉教授)

 3月29日(日)の夕方に開催された第79回日本衛生学会の市民公開講座で、内閣府統計委員会委員長の竹内啓氏(東京大学名誉教授)が、「高齢化と予病医学の重要性」の題で講演を行った。疫学がいかに人間的な学問かが誰にも理解できるざっくばらんな語り口の一方で、専門家ならではの鋭い指摘がいくつもみられた。下記に、講演を抜粋再録した。

100歳まで老化しないのもねえ......
 皆さんご存じの通り、日本の高齢化というのは規定の事実ですね。生まれちゃった人が死ぬまで生きているとすると、老人比率が圧倒的に増えることが予測されています。長生き自体はおめでたいことですが、一方で国民医療費が、1955年の2,388億円から2006年には331,276億円へと増えています。物価の上昇もありますから国民所得に対する割合でみると、3.42%が8.88%になっている。中でも高齢者の医療費が問題になっています。
 そこで財政負担が問題になりますが、医療を受ける方だって医療費が上がってたくさんの医療サービスを受けることが幸せかというと、もちろんそうではありません。ならば事前に何とかしなければ、というので、予防医学という概念が出てきます。「予防」は「予病」という言葉でもいいかなと思うので、今日はそういうタイトルにしてみました。
 健康の概念は、非常に多面的かつ複雑なものです。なぜなら、健康イコール正常という単純な図式にはならないからです。そもそも何が正常かということも、いろいろと厄介な問題をはらんでいます。何となく調子が悪い状態を病気と言えるでしょうか。私も新米の後期高齢者ですが、年をとると物忘れがある、頭の回転だってゆっくりになる。では、老化は病気か。むしろ老化しないで100歳になったら、そっちのほうが異常じゃないでしょうか。
 WHOでも健康の定義に「社会的に適応していること」という言葉を入れていますが、健康は人間関係の中で論じられる必要があると思います。健康な人とは、「本人、まわりの人にとって、身体的、精神的に望ましい状態にある人」と言えるでしょう。
 そうすると、ほどほどに役立つということが健康と言っていいのかなあと思います。勝手な思い込みで大きく役立とうなどと思うと、かえって人に迷惑をかけたりしますから。
 もうひとつ、価値観の問題もある。本人はいいつもりでも家族やまわりが迷惑していたりする。つまり、医療と社会の価値判断には矛盾があるわけです。
 一例ですが、かつてハンセン病や結核の患者さんは隔離されていました。今日では、人権侵害にあたるとしてこのようなことはなくなりました。しかし、さかのぼって当時の状況を考えると、治療法も確立されていなかった時代に、果たしてそのような感染症の人に自由な行動を許すことができたか。そう簡単には行きません。それを思うと、当時そのような決断を下した人を安易に糾弾することもまた、むずかしいのではないかと思います。
 つまり、本人の幸せと社会の幸せは、一致しないことがあるのです。

人間は矛盾をはらんだ存在
 そもそも、人間には生老病死(しょうろうびょうし)といって、仏教でいうところの「四苦(しく)」つまり、四つの苦がある。「生まれる」は英語で受け身形のwas bornと言いますが、われわれ、好きこのんで生まれたわけではありません。親だって選べない。老化もまた必然です。病もまた避けることができない。寿命があるから死も必然です。こればっかりは、いくら世の中が進んでも自分の選択で自由にはできません。予防医学でも老化を遅らせることはできるかもしれませんが、なくすことはできません。
 つまり、科学による根本的な解決は不可能だと言っていいのです。それでも科学は、人間に内在する矛盾を緩和することができます。ここが重要です。昔のように若い人が結核で亡くなったり、小さい子が伝染病で亡くなることがないのは、科学の進歩のおかげであり、天寿を全うされる方が増えています。
 しかし、進歩のために生じた矛盾についてはどうでしょうか。脳死の人の生命維持や、遺伝子診断で生まれる前にわかった障害児についてどうするか、臓器移植の問題などもある。とくに臓器移植はその供給源が大きな問題となっています。これらは、技術が進んだことから生じた矛盾と言えるでしょう。
 それでは、予防医学または予病医学を、もう少し限定して、「病気を防ぐこと」と定義しましょう。病気の発生には、感染症や中毒、傷害などの外的要因と、遺伝病や生活習慣病、がんなどの内的要因が関与しています。さらに、細菌、ウイルス、毒や遺伝子などの直接的原因、衛生状態、栄養状態、ストレスなどの間接的な原因が複合的に組み合わさって起きています。
 しかも個人差があるため、発症は非常に不確実です。どうしたらどうなるか、はっきりしません。なっちゃった病気を治すならまだしも、これからなるかもしれない病気を事前に防ぐのは、大変なことです。
 ここに疫学的アプローチの重要さがあります。統計的な方法を用いることで、判断の基準とすることができるのです。ただし、通常の科学は、きわめて制御された環境と条件の中で実験を行いますが、人間集団を相手にしている疫学では、制御された実験は容易ではありません。統計はそれだけでは科学的真実とはいえないからです。そのように、因果関係の確定は、大変むずかしいことなのです。

偉大なる歴史的大間違い
 ふたつの例をご紹介しましょう。
 近代統計学の基礎を築いた有名なR.A.フィッシャーという人がいます。20世紀最大の統計学者であると言ってもいいと思うんですが、この人は、たばこと肺がんの発症の関係を頑強に否定したことでも有名です。これは、イギリスで膨大な研究が行われて導かれた因果関係です。ところが、フィッシャーさん、大のたばこ好きでした。しかも遺伝学者でもあった。
 彼は、たばこが好きになる遺伝子と肺がんになる遺伝子とは密接な関係があるのだと主張して、たばこ好きがたばこを吸わなければ、もっと肺がんになるのだという屁理屈をこねたのです。
 ほんとはそんなことは、たばこ好きな人に吸うのを禁止する、禁止しない、たばこが好きでない人にたばこを吸わせる、吸わせない、といった4通りの研究を行ってからでないと言えないことなのですが、とにかく、フィッシャー先生は、こんなことを言っていたのです。
 もうひとつは、小説家の森鴎外の話です。彼は、陸軍の軍医総監でもあった。当時は日清戦争の頃で、戦争で弾に当たって死ぬ人よりも、脚気で死ぬ人のほうが多いという状況でした。海軍で、白米がよくないのではないかといって、パン食にしたり、麦飯にしたりしたところ、脚気で死ぬ兵隊が減ったので、陸軍でも試してはどうかと勧めたところ、鴎外は頑迷にこれを拒みました。
 時代は19世紀、すべての病気は細菌が原因だというコッホやパスツールの発見が出ていたので、鴎外は、白米が悪いという根拠などない、脚気菌のせいだと断固反対して、かえって病死者を増やす結果となりました。もちろん、脚気菌などないことは、その後、ビタミンBが発見されて明らかになりました。
 ですから、因果関係が厳密に確立していなくても、操作的因果性といって、麦がよいというなら麦にしてみたらよかったと思うのです。そのように疫学というのは、一定のロジックだけでは無理で、多面的なアプローチが必要です。人はいろんな条件のもとで生活しているわけですから、いろんな方向からアプローチしなきゃいけない。人の健康にはいろんなことが影響しているのです。
 何が実際にいいかを考えて、たとえば結核の場合だったら、今では結核菌に感染していることがわかっていますが、昔は、栄養をとって空気のいいところで静養するという方法で治していたのです。それを根本的な解決でないからといって否定することは、むしろ科学的ではないのではないでしょうか。

ものごとは単純ではない
 統計的指標には、たくさんの種類があります。その中で、家庭の状態などは相当大事です。貧しければ医者にかかれない。栄養状態も関係する。また夜更かしなどの生活時間も、まだあまり健康や医療と結びつけられてはおりませんが、かなり重要なことだろうと思います。
 アルコールも同じで、社会的な関係で飲むこともあるわけです。社会関係、職場の関係を考慮することが大切で、飲み過ぎが健康に悪いというキャンペーンだけでは不十分です。いろんなことを結びつけ、高度に利用する必要がある。沖縄の人が長寿だとよく言われます。でも、それは本当か? 統計とは、表面的にそれらしく見えたことを、本当かどうか確かめる学問です。
 景気が悪くて、実質経済成長率が-12.7%だとか-12.6%だとか言われます。なのに名目成長率は-6.6%です。なぜ差があるのか。物価が上がったか? いいや、物価は下がっています。デフレ経済ではGDPデフレーター(注)が上がって、輸入物価が下がっている。そうすると、実は輸入物価が下がると逆にデフレーターは押し上げられることになるのです。
するとこの場合は、むしろ名目成長率の数字のほうが実態に近いということになり、この-12.7%という数字がひとり歩きすることは非常に危険だと言えます。
 じゃあ、沖縄が長寿だというのは、どういう要因によるものか。まずは事実の確認です。考えられる要因をリストアップして、それぞれの効果の大きさを考える必要があります。複合要因、交互作用も検証しなけれなりません。「気候がいいからだ」と言うなら、他県の気候はどうか、調べる。栄養やお酒のことも調べないといけない。そんなふうにいろいろな要因があるので、特定のことに飛びついて簡単に決めてはいけないのです。
 充分に検討したあとも、残された要因についてまだ検討しなくてはならない。個人ごとにどういう生活なのか、いろいろと結びつけて分析する。ここには、プライバシーの問題もからんでくるので非常に難しい。
 このように予防医学と疫学的アプローチは密接に関連しています。統計的指標には、病気や死亡に関するもの、生活時間や栄養、医療、家計、職業に関するものがあります。関連する統計としては、人口動態調査、国民生活基礎調査、社会生活基本調査、患者調査、学校保健統計調査があり、基幹統計としての国勢調査があります。
 ここで大切なのが、統計データを高度に利用するということです。

統計データを高度に利用するとはどういうことか
 いくつもの要因を調べてデータをマッチングさせることを多変量解析といいます。個人、世帯、調査区、地域レベルまでの特性を調べて、関係を調べる。県単位では大きすぎるので、小地域(コミュニティ)が適当でしょう。もうひとつ、同じ対象を10年、20年と時系列に追跡することも必要です。その間に脱落する人もいるので大変です。国の調査みたいに、「あなたが当たりました」と言って協力してもらえませんから、本人の同意も得る必要があります。
 小地域(コミュニティ)は、市町村合併で地域的なつながりのないところが一緒になった場合があるので、本当に行政区画の通りの地域を単位としてよいかも、検討します。
 残念ながら、現在の統計制度では、予防医学に役立つ分析を行うには、やや限界があります。日本の統計は、分散型の統計といって、データによって集計を行っている省庁が異なるのです。厚生労働省は人口や医療・保健統計、総務省統計局は生活全般に関する統計をとっています。国土交通省や農林水産省にもデータベースがあります。それぞれの省や庁が迅速に対応できるというメリットはありますが、垣根を越えたデータ利用がスムーズでないという難点があります。
 ここで体系的な統計データを整備すべく、調整を行っているのが統計委員会です。また地方公共団体もそれぞれにデータをとっていますし、役所以外に公益法人の統計もあり、それらを活用できるとよいのですが、データの統一化がはかられていない点も問題です。
 最近はプライバシーの問題にもかなりの配慮が求められますから、あるところのデータを他で使っては秘密漏洩になるといって、データを結びつけることが困難になっています。
 行政記録の中には、統計調査で得られた数字ではないものも、統計を作るために活用できるものがあります。また、カルテやレセプトなどにも多くの情報が含まれています。これらのデータもリンクしてスムーズに使えるようでないと、本当に高度な利用はできません。
 この点、カナダなどは統計先進国で、集中型統計制度によって、ひとつの大きな統計庁のようなところで、調査も分析も行っています。また、各省庁も要求されれば、データを提供する義務があります。日本の法律では、「統計のために利用できる」と書いてあっても、実際にはなかなかむずかしい面もあります。
 このような制度の問題を改善しなければ、ちゃんとした数字に基づいてものを言って、政策を立てるということもできないのです。役所でも統計資料をきちんと調べないで立案した政策が、あとで混乱する場合が少なくないのです。
 後期高齢者医療制度などはその典型です。誰もまともに議論せずに通してしまった。含んでいる問題はわかっていたのですから、統計データを使えば、あるいは少しの予備調査をすれば、マイナスもプラスも明らかにした上で、政策としてどうしても必要ならば押し切ることができたと思います。もしも制度が頓挫すれば、莫大な損失です。もう少し統計の重要性を評価するように、政府も、世の中全体も、ものの見方を変えてもらわなきゃならないと思います。
 現在の統計委員会のほとんどが経済畑の人で占められて、医療関係の専門家がいないことも、改善すべきだと思います。
 保健統計は、データとしては存在しますが、健康を中心に据えた統計として整理すべき点がまだまだあります。苦労して集めたデータも、使わなければ価値がありません。今後の若い先生方が、十分データを使って有益な成果を出して下さるようご活躍に期待します。

    (注)GDPデフレーター 一定期間の物価動向を把握するための指数のひとつで、名目GDPを実質GDPで割ったもの(GDP:国内総生産)。輸出入価格の影響を受ける。
竹内 啓(たけうち・けい) 1933(昭和8)年、東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学大学院博士課程修了。同大学教授、明治学院大学教授をへて、現在、東京大学名誉教授、内閣府統計委員会委員長。専門は数理統計学。統計学、経済学をはじめ、科学技術の分野にまでわたる著書多数。

産業衛生の現場では専門職も働く仲間

「作業衣に着替えて現場へ出よう」
住吉右光「さんぽ会」会長が語る

 産業保健にかかわる専門職や学生が集う「さんぽ会」は、現場目線重視の活動で知られる。2009年3月例会では、住吉右光会長自らが、45年にわたる産業医経験から、現場での種々のエピソードと、専門職の企業での在り方についての具体的助言を語った。

職場巡視では発見がある
 私が製薬会社で産業医としてのスタートを切った1964年は、健康管理という概念も明確ではなく、産業医という言葉もありませんでした。1972年、労働基準法から労働安全衛生法が独立して以降、職域での労働者の安全や健康を守るための取り組みが本格化してきました。その後私も、百貨店、銀行、自動車会社などで仕事をしてきました。
 産業保健にかかわる専門職というのは、事業所内で人に好かれなければ、なかなか仕事がやりづらい面があります。このこと自体は、時代が進み法律が変わっても変わりません。社員から相談にこられるようになれば、専門職として一人前です。
 時には白衣が有効なこともありますが、白衣を着て、なんとなくえらそうに見えてしまわないように気をつけなければなりません。できるだけ白衣から作業衣に着替えて現場に出るという姿勢が大切です。職場巡視では思いがけない発見があるからです。逆にいえば、現場を回らなければ見過ごされてしまうことも多いのです。
 製薬会社時代に、胃の悪い男性がいました。内視鏡検査などでも原因がわかりません。その人の働いている現場近くまで出かけて行って様子を見ていると、ビタミンB1の源末をちょこちょこ舐めています。普通、1日1~2mgの量しか必要のないところを、この人は無意識の癖で1000mgも舐めていたのです。これが原因でB2とB6をブロックして慢性胃炎になっていたことがわかりました。
 一見何でもない人たちのちょっとしたデータをきちっとみることも大切です。よくみると、とんでもないものがみつかったりします。横隔膜の少しの変形に気づいて検査をして、肝がんがみつかったこともありました。
 健診で得られたデータをきちんとみることは、大きな見過ごしを防いでくれます。

人を巻き込み動かし、自分も動き回る
 産業衛生にかかわる専門職は、社員の健康を守るのが仕事です。そのためにも、企業をよく知り、企業と上手に関係づくりをしていく必要があります。持ち株会に入る、社内報の枠をもらう、現場に行く、調査に参加する、安全衛生委員会に参加するなど、方法はいくつもあります。とにかく人に会うことです。
 人を動かすような資料を上手くつくるのもひとつの手です。同業他社との健康データを比較したような資料を提出すると、企業側も気になりますから必ず反応があります。情報をどんどん出して、会社に知らしめることは有効です。
 このほか、人事の人も巻き込んで勉強会の仲間に入れてしまう。いろんな提案は返事がもらえるように必ず文書で行う。また、出張したら、きちんと報告を出しておくと、次にも行かせてもらえます。
 会社で働くいろんな人と仲良くなることもたくさんの効用があります。役員付きの運転手は、しばしばキーパーソンですし、掃除のおばさんなんかからもいろんな情報が入ってきます。そのような人たちの評判は大切です。私など、百貨店の産業医時代にあちこち動き回っていたら、顔を覚えられてスーツを安くしてもらったりしました。

健康だからいい仕事ができる
 日本の労働衛生の歴史は、昭和30年代に有害業務が問題になった頃、直接的に人の健康を害する物質について、自分たちで管理できるしくみをつくろうということから始まっています。
 健診は、法に基づいて行うとは書いてあるが、その先の判定についてはとくに規定はありません。医師によってはその産業が引き起こしている健康障害のみに注目して、ドックの結果に無関心な人もいるかもしれません。
 日本の職域での健康診断のあり方に、もう少し統一的な柱があれば、より精度の高い健康管理が国全体として可能になるのではないかとも思います。
 ともすれば企業は、労働者がいいアイデアを出してよく働き、収益を上げ、そして健康であればいいという考え方をしがちです。ですが、われわれ産業保健にかかわる専門職は、まず労働者の健康が第一。健康だからこそいい仕事ができ、会社に貢献できる。そういう立場で働く人たちの環境を整えていくのが基本姿勢です。
 一朝一夕にはいかないことも多いですが、大切なのは企業は人がつくっているということを理解してくれる人をみつけて、協力者にしつつ、小さな努力を積み重ねていくことだと思います。

フードファディズムと健康教育――メディアに惑わされない食生活

群馬大学・高橋久仁子教授

 「健康教育のスキルを磨く」をテーマに開催された第17回健康教育学会において、6月21日、身近な「食」情報の解釈に求められるポイントを短時間で聴き手に理解させた特別講演がある。演者は群馬大学・高橋久仁子教授、危険な食情報とメディアリテラシーの必要性について、十年あまり前から警鐘を鳴らしてきた人物である。
 この日の話は、われわれがごく普通に摂るべき食材を映したスライドで始まった。平均的な人が一日に食べる主食、副食などの材料となる米、野菜や肉、魚などを、その量とともに具体的に示すというシンプルなプレゼンテーションは、食事バランスガイドが作成された背景にも通じる。
 どの食材をどれだけ、どのような料理にして食べれば、自分が必要な栄養素を摂取できるかに関する理解欠如から種々の問題が生じている。下記に高橋教授の講演を抜粋・再録した。

食情報とフードファディズム
 世の中には、食品に対する期待や願望を与えるようなたくさんの情報が溢れています。情報提供のスタイルは発信源によって異なり、食品業界は我田引水で「これを食べるとからだに良い」と宣伝し、健康食品業界は効能と脅しの両面から「健康は健康食品で買えるのだ」と誘いをかけます。
 雑誌や書籍、テレビなどのマスメディアに至っては、効果のみを強調することによって、特定の食品が店頭から一掃されてしまうなどの社会現象まで引き起こしています。根拠となる論文があっても、引用のしかたによっては事実がねじ曲げられて伝えられてしまうのです。
 「フード・ファディズムFood Faddism」とは、ありえないことをあるかのように言う針小棒大な情報や、科学的知見の拡大解釈あるいは科学的根拠のない神話のような情報に、受け手である消費者が踊らされ、食や栄養に対して抱く過大な期待や幻想のことです。昨年はじめの「納豆騒動」は、その代表的なものでした。
 私は、1991年に"Nutrition & Behavior"という本の中でフード・ファディズムという考え方に出会いました。世の中には変な情報があるものだなあ、と感じ始めていた時で1994年にこの本を翻訳出版しました。痩身用食品で死者まで出る現代日本に、フード・ファディズムはすでに蔓延しています。
 「やせるためには死んでもいいの? 変なものには手を出すな」ですが、変なものかどうか、どうしたら見分けられるかお話したいと思います。

量を無視した影響、期待と不安の煽動
 フード・ファディズムにはいくつかのパターンがあります。まず、ある食品の影響を、量を無視して語るというもの。すなわち、食品AはBを含む。BはCをもたらす。だから食品Aを食べれば作用Cがもたらされるという論理です。
 例えば、「タマネギは血糖値を下げる物質を含む。」という研究があってもタマネギを食べて血糖値を下げるには、体重50kgの人の場合、50kgのタマネギを食べなければならない。同様に、「ニガウリ乾燥粉末を飼料に10%添加して糖尿病ラットに食べさせたところ5週間で血糖値が30%低下した」という事実をヒトに当てはめると、体重50kgの人では9.5kgの生のニガウリを5週間食べ続けることに相当するのです。
 このような量を無視した食品影響の一般化は、よく行われていますので、注意しなければなりません。
 もうひとつは、食品に対する期待と不安の煽動パターンです。「よい食品/悪い食品」を単純に二分し、「これさえ食べればすべて解決」と、ある食品をマジック・フードか万能薬のように崇めたり、逆に「摂ってはならないもの」として砂糖や塩や脂肪を目の敵にするような態度を生みます。どういう状態でそれを摂取するかは、考えられていません。
 牛乳や乳製品を巡る議論には、この両方があり、「ヨーグルトを食べれば健康万全」「低温殺菌牛乳こそ本物」「牛乳より豆乳がヘルシー」などの説があります。ヨーグルトは食品のひとつであり、牛乳の加熱処理温度は栄養と無関係、そして牛乳と豆乳は似て非なる食品だということが事実です。
 れっきとした医師が、「牛乳の飲み過ぎで骨粗鬆症になる」とか「学校給食の牛乳でアレルギー急増」などと書いた本がベストセラーになるという現象は、嘆かわしいことです。
 また日本には、「健康食品」の定義はなく、栄養補助食品、健康補助食品、サプリメントなどの呼び名があり、「いわゆる健康食品」と呼ばれています。「健康食品」は、医薬品成分を含有することも、有害物質を含有する場合もあります。また、含有物質が一般的な食品成分でも病態によっては有害になったり、抽出・濃縮によって大量摂取すると危険な場合もあります。

行間を読まされる消費者
 「1粒に18種類の野菜を凝縮」と宣伝されている製品の成分表示は、1粒ににんじん60mg 、タマネギ39.3mgなどとなっています。野菜をミリグラムで表示すること自体あまりにも変ですが、1日の目安5粒は生の野菜22gにしか相当しません。ミニトマト約2個分です。これで野菜を食べたつもりになられては困るのです。
 それ以前に、野菜を食べることは、もっといろいろな意味を持っています。ビタミン、ミネラル、食物繊維を摂ることはもちろん、食事のカサを増して量的満足を得ること、味や香り、歯ざわり、季節感を楽しむなどのことは、実際に野菜を食べてはじめて得られるものです。
 食品メーカーの宣伝文句は、きわめて巧妙です。例えば、「燃焼系」と書いてあるだけで、何となく「それを飲んで運動すれば体脂肪を燃やす」と読めてしまう。メーカーに「燃焼系」の意味を尋ねたら、「日常生活を完全燃焼していただきたい」との答えで、「体脂肪を燃やす」などとは絶対に言いません。
 国語教育では行間を読む教育を受けてきました。そのため書かれていない宣伝文言の行間を、私たちは無意識に読んでしまっているのです。
 例えば、こんな宣伝文言は、いかにも「いいことありそう」です。
――塩分脂肪は、さようなら(さようならできるとはどこにも書いていない)
――カルシウム、食物繊維は補給(できるとはひとことも言っていない)
――ダイエットのおともに(すればよいことがあるとは言っていない)
 さらに、「カロリーオフ」と書いてあると、つい手にとってしまう。
 栄養成分表示基準では、食品100gあたり40kcal未満または飲料品100mlあたり20kcal以下の場合を「カロリーオフ」としてよいことになっているので、決してカロリーゼロではありません。ちなみに、食品100gあたり5kcal未満は、カロリーゼロと表示されることが許されています。
 現代消費社会の情報提供は複雑化しており、私は「読んではいけない宣伝文言の行間、読むべきは栄養表示」と言っています。栄養成分表示の充実こそが大切で、アーモンドチョコレートのカロリーも、およその一粒量を表示してほしいと思います。

食に過大な期待をしない
 現代日本の社会条件としては、見せかけだけにしても過剰な食糧供給、強迫的な健康志向がある一方で、生産・流通経路への漠然とした不安や不信があります。情報は過剰に提供されていますが、それらを批判的に読み解いて真偽を判断するメディアリテラシーが欠如しています。「行間を読まない教育も必要」だと、声を大にして申し上げる所以です。
 日本人の食生活が欧米化したと言われますが、脂肪摂取比率を見る限りでは、そうとは言えません。穀類摂取は低下していても、魚離れもとくにしていません。
 むしろ自分の適正体重やBMIを知らない人が意外に多いこと、肥満者の増加以上にやせの人が増加しているということが見過ごされているのは問題です。
 健康の維持増進には、栄養と休養と運動の三つのバランスが不可欠です。栄養だけで休養と運動の手抜きを補えるか――答えは「否」です。
 「食さえよくすれば健康問題がすべて解決する」という考え方は、フード・ファディズムであり、食だけに過大な期待をしても限界があります。
 大切なのは、「適切に食べる」ということがどういうことかを、具体的に理解することです。五大栄養素を適切に摂取するために、穀類、肉・魚類、乳・乳製品、卵、豆・豆製品、果物を適度な量で、野菜や海草、キノコ類を豊富に食べる、という言い方もできます。何をどれくらい、どう食べればよいかという「ものさし」を自分でもつことが必要です。
 健康教育の一環としての食の教育は、食品の機能性に過剰に注目することなく、「何をどれだけ」を自分で判断して、「そこそこの健康、ほどほどの食生活」を手に入れることを可能にするものであってほしいと思います。

メタボ・キャンペーンの裏で奮闘する現場

産業医、産業看護職、企業人事労務、保険組合などが「さんぽ会」に集結し、率直に意見交換

参加者数今年度最多の6月月例会
 15年の活動実績を持つ「さんぽ会(http://sanpokai.umin.jp/)」(会長:住吉右光氏)月例会に、6月19日、今年4月から開始された特定健診・保健指導に関する情報交換のために産業保健現場のあらゆる職種が集まった。この日の月例会は約130名と今年一番の参加者数となり、発言者、聞き手ともに真剣な面持ちで、2時間あまりを過ごした。
 さんぽ会(産業保健研究会)は、1993年、順天堂大学医学部公衆衛生学の研究会として発足して以後、職域での多様な健康問題について、現場の健康管理スタッフの勉強・意見交換等に貴重な交流の場を提供し続けてきた。
 現在同会の事務局長を務める福田洋氏(順天堂大学総合診療科)は、6月下旬の産業衛生学会でも「多職種産業保健スタッフのネットワーキングを通じた経験、努力、エビデンスの共有」と題したさんぽ会の活動において同学会奨励賞を受賞している。
 この日は、まず5月に実施したアンケート結果を報告、引き続いて、健康保険組合、事業所、健診等の委託業者の立場から話題提供者として参加した7名が、フロアの参加者とともに現状を報告し合った。

メタボ健診開始直後のアンケート
 今回のアンケート回答者97名のうち、61%が企業に勤務しており、保健師が52%、管理栄養士1%のほか、医師歯科医師21%、看護師16%、事務系・運動系で各1%を占める。6割強が、特定健診・特定保健指導について188ページにわたって詳述された「標準的な健診・保健指導プログラム(確定版)」をひと通り読了しているものの、研修についてはほぼ同数が未受講であった。
 特定健診については、「すでに行っている」が3割強、約4割が年度内実施予定。保健指導については、実施がまだ1割強で、被保険者については「(階層化された)対象者全員」「優先順位をつけて行う」「未定・検討中」が約2割5分ずつあり、「希望者を中心に」が約1割。被扶養者への保健指導は、4割強が「未定・検討中」だった。
 メタボ対策としてのポピュレーション・アプローチ戦略は、半数以上がパンフレット配布等の情報提供やウォーキングキャンペーンを実施しており、歩数計等のグッズ支給、朝礼や講演会などで労働者に自覚を促している。
 特定健診については、4割近くが「制度そのもの」や「デジタル化」を問題点として挙げ、「被扶養者の受診率の低さ」、「マンパワー不足(他の業務との兼ね合い)」、「腹囲の妥当性」がいずれも3割近くに及んだほか、受診券発行などの事務手続き上のトラブルなどが挙げられた。
 保健指導の問題点は、4割弱が「マンパワー不足」を挙げており、「支援スキルとフォローの困難性」、「メンタルヘルス疾患等メタボ以外の疾病の扱い」が、3割超でこれに続く。
 自由意見では、喫煙対策やメンタルヘルス対策、がん検診など従来力を入れてきた保健指導の先細りを懸念する声や、外部の委託業者との連携法、人間ドックとの兼ね合いをどうするか、などが挙がった。
 新たに検査項目に加わって医学的なエビデンスが何かと取り沙汰される腹囲については、「健診の流れに組み込んだ」「心電図と一緒に測定」など、受診時の大きな混乱もなく、全般にほぼスムーズに受け入れられたとみられる。
 5年後のアウトカム次第では、後期高齢者医療支援金が加算されるペナルティが保険者に課される(かんもしかわら版詳報08年1月30日号参照)が、すでに「ペナルティを辞さない」覚悟の健保もあり、保健指導に対する負担感の大きさが窺える。

条件は各所各様、悩みは共通
 一部には特定健診以前から、健診受診者にすべて個別の保健指導を実施していたり、社員食堂にヘルシーメニューを取り入れている企業もあるが、階層化システムがまだ機能していない、全社員への周知が不徹底など、開始にあたっての条件はばらついている。ただし、一様に顔をしかめるのがシステムの問題。
 健診データは、医療保険者や事業所、外部委託業者の間で電子的に受け渡しすることとされているが、階層化を含むデータ・システム上のトラブルが全国各地で確認されており、スムーズな運営にはまだ時間を要する見込みである。このほか、メタボが疑われた受診者がメンタル面で問題を抱えている場合の対応や、健診や保健指導の委託先の実力のみきわめも、共通の課題となっている。
 集合契約においては、特定健診受診のために受診券が必要となるが、その発行がスムーズに行かないことや、健診内容が大きく変わったことが周知徹底されておらず、これまでに地域で受けた基本健診が受診できないとの苦情が一部の健保に寄せられるなどのトラブルもある。
 メタボ健診をリスクマネジメントの視点で考えると、最終的には保険者責任となるため、健診や保健指導を外部委託したとしても、委託先に責任転嫁することはできない。ポイントを稼ぐことよりも、真に効果を上げ、メタボに隠れる重大な疾病を見逃さない工夫が必要で、多くの専門職は実施に抵抗感をもっている。
 目標達成に向けては、委託業者が労働者の働き方や食事の取り方に至るまで可能な限り社内事情を理解することはもちろん、健保など保険者と健診・指導の委託業者、事業所人事部等を含めた関係者すべてが連携し、協力すること。まずはこの認識の一致が不可欠という声に、参加者は深く頷いていた。

     ※厚労省では、同省サイト上で定期的に特定健診・特定保健指導に関するQ&A集(http://wwwhaisin.mhlw.go.jp/mhlw/C/?c=129003)を更新しており、6月27現在、下記のように、実務上の細かな質問が寄せられている。 ○ 腹囲が基準内であっても、内臓脂肪100平方cm以上の者の取り扱いは? ○ 検査項目に欠損があった場合、階層化はできるか? その場合、特定健診を行ったとみなされるか? ○ メタボの判定のない健診結果や、腹囲・メタボの判定なく、階層化に必要な質問票のない場合は? ○テレビ・インターネットを介した保健指導は初回面接、個別支援とみなされるか。

日本栄養・食糧学会が 「特定健診・保健指導の現状と今後」でシンポジウム

「健診項目の選択は保険者の裁量」──尼崎保健師の野口緑氏語る

「健診の目的は早期介入」:プロたちの証言
 女子栄養大学で開催された日本栄養・食糧学会(女子栄養大学・岡崎光子会頭)において、五月三日、「特定健診・保健指導の現状と今後」と題するシンポジウムがもたれた。
 はじめに、座長の津田謹輔氏(京都大学)がメタボリックシンドロームの定義を再整理したのち、厚労省健康局生活習慣病対策室の常賀由子氏はじめ、予防医学や保健指導に従事する現場の専門職五名が貴重な報告を行った。
 常賀氏は、「保健事業の成果を高めるひとつの方策として、メタボリックシンドロームの概念を導入し、健診と指導を義務づけた。生活習慣病を川のイメージで捉えると、症状が下流に行く(重篤化する)前の段階で食い止めなければならない。厚労省のホームページにあるエクササイズガイド、食事バランスガイド、禁煙支援マニュアルをはじめとしたさまざまな学習ツールも是非活用してほしい」と語った。
 続く日本赤十字社熊本健康管理センターの小山和作氏は、今回の取り組みを、過去の健康作り政策の失敗に鑑みた予防医学への期待と捉え、「医療費抑制という明確なアウトカムを目指して、病気探しではなく、保健指導のために健診を行うことに意義がある。セルフケアのノウハウをつかむのは個人。今度こそ成功させたい」と力をこめた。
 野村病院予防医学センターの高橋英孝氏は、効果的な保健指導には人材の育成が不可欠として、人間ドック学会が精力的に取り組んでいる人間ドックアドバイザーと人間ドック食生活アドバイザーの認定状況等の現状を紹介した。
 神奈川県秦野保健福祉事務所ほか日本栄養士会の要職を務める迫和子氏は、21世紀の管理栄養士の役割を栄養ケアマネジメントであると明快に整理した上で、成果を上げるための保健指導には技術の標準化・統一化が不可欠と述べた。栄養ケアマネジメントの拠点となる栄養ケアステーションの全国都道府県への整備と、人材育成など、日本栄養士会の積極的な取り組みも紹介した。

尼崎はなぜ成果を上げられたのか
 兵庫県尼崎市の保健師である野口緑氏が行った報告は、とくに衆目を集めた。かつて尼崎では、職員の現職死亡が年平均12人、長期療養を必要とする休職者は年平均50人を数える「不健康」組織であった。これに対して生活習慣改善に向けた保健指導を積極的に取り入れ、職員の心疾患による死亡をゼロにした取り組みは全国的に有名である。以下に、野口氏の発表を抜粋再録した。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 尼崎市では、2000年から市役所職員の健康管理を行ってきました。
 それには、57歳で倒れたある男性の事例を「予防しそこねた」経験が大きなきっかけとなっています。脳梗塞や心筋梗塞は、一足飛びに死に至るわけではありません。15年から20年という年月を経て発症します。明らかな異常が発見されるまでにも、必ず予兆があります。いつの時点でその人をどう予防することができただろうと考えると、健診受診者に、脳梗塞や心筋梗塞が一定の経過を経て発症するという疾病のメカニズムを理解してもらうことが重要であるという結論に至りました。
 男性については、2003年から4500人について腹囲測定を開始した結果、メタボリックシンドロームの該当者が2003年には20.8%、2004年は17.2%、2005年は14.4%と着実に減少させることに成功し、対策実施前に5名であった虚血性心疾患による死亡数を、5名から0名にすることができ、循環器疾患による休職者も大幅に減少しました。これは同時に、医療費削減という成果でもありました。

 医療保険者の立場からみた大目標は、医療費の適正化です。まず、国保加入者18万人の中で、特定健診の対象者は10万人でした。1年間でレセプトが1枚で200万円以上になっているものを拾い出すと、多くが血管系の病気であることがわかりました。平均単価の高い疾患です。
 一方、人工透析患者の状況は、昭和43年(1962年)から、年間に100人ずつ増加していました。それらの人の平均レセプトが550万円なので、100人分では年間5億5千万円の医療費増という計算になります。全部が予防できないにせよ、糖尿病によるものが40%としても、2~3億円という多額の医療費です。これを市民に還元するためには、予防に力を入れるしかありません。
 特定健診・保健指導では、受診率65%、保健指導実施率45%の実現により、メタボリックシンドロームとその予備軍10%減が目標に掲げられています。
 尼崎では、国の平均よりメタボリックシンドローム該当男性が多く、年齢とともに、太っていないのに内臓脂肪過多の人が増える傾向がありました。これらの人に対して保健指導を行った結果、6ヵ月で8割に改善がみられました。

 行動変容のために、「血圧が高いので、ラーメンの汁は残しましょう」とか「血糖が高いので腹八分」などと言ったところで、「どこが八分かわからん」という反応です。「このデータでは9割の人が倒れる」と言っても、「俺は残りの1割や」とすましている男性に、知識や指示、因果関係などを説明しても、自分のからだの状態を理解してくれるところまでいきません。
 つまり、保健指導は、「自分の問題として気づかせる」ことに大きな意味があるということです。これに気付いて私たちは、本人が自分で選択できるような形での情報提供に努めました。
 今回のメタボリックの概念導入の最大の功績は、肥満・内臓脂肪という共通の根っこから、高血圧、高血糖、脂質異常などが生えているようなイメージ、つまり「疾病の根はつながっている」ということを明らかにしたことです。
 保健指導は、個々の対象者について経年表(下図)を作成して、
 ○体重が変化した(増加した)のはいつ?
 ○その時、ほかのデータはどうだったか?
 ○その時、生活状況はどうだったか?
を対象者本人が自分で気づくことができる形で情報提供することから始めました。

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 自分の今の状況で、どこまでが有所見か、最終的に何にたどりついてしまうのか、その数値は、他のどの検査データとつながっているのかがわかると、「そうか! 俺は、やせたらええんやな!」と、本人自身が行動変容を起こしはじめます。
 それと併行して、行動変容の助けになるような客観的な情報、たとえば、「アルコールの種類とアルコール量の表」や「ビールジョッキ一杯にスティック5本分の砂糖と同じ糖分が入っている」などを伝え、これまで繰り返していた生活習慣について具体的に考えてもらうきっかけとします。

 もうひとつ、LDLやCKDなど、これまで除外項目とされてきたものについても、尼崎では、漏らさずチェックしていました。健診項目のどれをチェックするかは、保険者の裁量です。尿蛋白が出ていなくても腎機能障害の人もおり、そのあたりに検査値のむずかしさがあるといえます。
 今回のメタボプロジェクトでは、内臓脂肪蓄積のあるマルチプルリスク者に対する積極的指導となっていますが、はずれた人を放置するのか、といえば、尼崎では、やはり、それはやめようというのが取り組みの基本的な姿勢です。内臓脂肪がないとはいえ、血圧240mmHgの人を放っておくことはできません。検査値ごとに、丁寧に問題のある人を抽出し、保健指導を行ったことが、効果を上げたのだと思います。ヘモグロビンA1cでも、健診データとレセプトの突合は、未治療者の掘り起こしにつながります。健診データをどう見て、指導にもちこむかには、特に神経を使っています。
 「費用も人手もかかるのに、なぜ保健師がそこまでのデータを出せるのか」と聞かれることもあります。データは、市の財政担当者に市民の健康状態の実情を認識してもらうための重要なツールであると認識しています。たくさんあるデータの中から、とくに重要だと思われるものについて、問題が見えやすい形に加工することで、今のままの状態を放置すると、市の社会保障制度が堅持できないと納得してもらい、事業の妥当性を示して予算をつけていただきました。まさにデータの力です。
 病態レベルに至っている人を丁寧に保健指導し改善するには、管理栄養士の協力が不可欠です。メタボ対策、これからの予防のキーワードは「連携」です。ひとつの職種ではなく複数の専門職が共同して、分業するのではなく、実態をもとに、みんなで話し合う体制が、健康レベル向上をもたらすと考えます。

※図は、尼崎市国民健康保険特定健康診査等実施計画 P34
(平成20年4月、尼崎国保年金課)より許可を得て転載

保健指導における「保健師のアイデンティティ」とは?

保健師活動と能力継承のために必要なもの
───全国保健師職能集会でキャッチフレーズとともに確認

「みる つなぐ うごかす つくって みせる」をキャッチフレーズに
 五月二十二日、日本看護協会総会において全国保健師職能集会が開催され、平成20年度活動方針および19年度の活動報告、保健師を取り巻く現状と問題点について、さまざまな角度から討議が行われた。
 各地の活動報告では、「お茶と元気が出ます」で住民を集わせ、「らくらく体操」を地域に浸透させた鹿児島や、昨年の公衆衛生学会開催地・松山から、イラストで見る保健師のリアルなイメージなど、会場を沸かせる発表が続いた。

 「保健師が業とする保健指導検討会報告」では、保健師・保健指導をキーワードに136の文献を抽出したところ、2004年以降に急増していることがわかった。また、平成19年5月18日に「保健師が業とする保健指導」について、214名の参加者を23グループに分けてディスカッションして集められた561ワードを、継承すべき保健師の能力としてすでに挙げられてきた「みる」「つなぐ」「動かす」を基に検討したところ、保健師業務の内容であるコーディネート、ヘルスプロモーション、行動変容、住民参加、フォロー等を反映した下記5つに再分類できた。

(1)みてきいて ――― 生活の場に出向して個人・家族の生の声を聞く、ケアの必要性、将来の見通しを予測する、地域をみる
(2)つないで  ――― 人と人、人と社会資源、個と集団、集団と集団をつなぐ、相互理解
(3)うごかす  ――― 行動変容、地域の活性化など
(4)つくって  ――― 環境整備、支援体制づくり、住民組織育成など
(5)みせる   ――― 個人・家族・地域が変化した結果を見せる

 これらから保健指導は、原点を家庭訪問に置き、常に予防的視点を持った「保健師活動の総体」と結論づけられた。相手がニーズを感じていなくとも、保健師にとっては地域住民のすべてが顧客である。「顧客第一主義」を掲げ、自らが自分の足で歩き、地域に入り、人としての心を伝えることが、「みて きいて・つないで うごかし・つくって みせる」の本質であるといえる。
 一方で、保健師活動における問題点のひとつに、「みせる」ための手段が不足していたことにより、業務内容の表現と伝承が充分に行われてこなかったことも反省点として上がった。今後は、紙芝居や標語・川柳などを用いて、保健師の仕事をアピールし、地域社会に理解されるための努力が全国の現場で求められる。

「能力」と「連携」が現場共通の悩み
 保健師活動を巡る主な問題点としては、下記の3つが挙げられた。
1)保健師の大量退職を意味する2007年問題
2)市町村合併と介護予防・福祉重視による保健師の分散配置
3)看護基礎教育と資格要件
 1)と2)は全国に共通の課題で、ベテラン保健師流出で世代交代が加速する中、保健師ならではの能力継承が充分にできないこと、体系的な若手育成のための指導の時間がなく、指導不足の中で活動せざるをえないこと、地区担当制ではなく業務分担制の比率が高まることで地域全体をみる目が養われないことなど、地域全体での現任教育および能力継承システムの構築が不可欠とされる。
 業務担当制については、視点の共有がない中での地区診断のむずかしさに加え、ニーズ把握や現場を見据えた企画調整能力の獲得の困難さ、ともすれば保健師が孤立しがちな状況を生むことも問題視されている。
 3)の看護基礎教育は、実習先確保に苦慮する教育側と、学生の履修レベルや意欲のばらつきによる受け入れ側の負担と困惑など、双方に悩みがあり、教育そのものの内容充実が不可避であるとの見解が示された。

6つのテーマでグループワーク
 グループワークでは、保健師活動の基盤整備に関する内容を取り上げ、今年3月22日に設立された保健師連絡協議会の発起人集会で提言された6項目について討議された。
 保健師連絡協議会は、三月二十二日、看護協会、全国保健師教育機関協議会、全国保健師長会、産業保健師活動協会、公衆衛生看護研究会の5団体が参加して発足した。保健師の専門性を発揮できる活動基盤強化と力量形成のための仕組みを、相互に協力して組織的に取り組むことを目標としている。継続的に種々の課題検討や、実践者育成事業も行っていく。

1 地区担当を可能とする保健師の確保
 業務分担制では、地域全体が把握できない。保健師が生き生きしなければ住民も生き生きしない。保健師は住民の声と住民との一体感に育てられる。アンテナを高くしてネットワークをつくる必要。

2 統括保健師の配置を実現しよう
 災害時のガイドラインには、統括保健師が明記されている。そのほかの活動においても、分散配置を補うために、横のつながりを重視し、部分だけではなく全体をもみられる統括的ポジションが必要。

3 産業保健師の強化
 特定健診・保健指導が開始され、現場は混乱している。メンタルヘルスへの取り組みも含め、密な情報交換の場が必要。

4 保健師の現任教育の充実
 新人保健師を指導できる中堅の管理職が育っていない。保健師連絡協議会などでもいろいろな情報共有の必要がある。

5 看護系大学で保健師教育を卒業要件としていることの撤廃
 学生の実習意欲が低く、コミュニケーションが確立できないため、実習受け入れ側の負担が大きい。4年の教育を受けて1人で訪問できる能力が身いていない。保健師の離職も増えているように思われる。保健師の資質を大事にするために丁寧に育てたいが、現場の業務が多忙で充分にできない。4年に加え、2年の教育を上乗せする必要があるのではないか。

6 看護師要請4年、保健師養成上乗せ2年の教育体系を
 賛成多数。4年+2年ではなく、統合カリキュラムそのものを見直すべき。その上での2年延長が必要。助産師にはある卒業時の技術目標が、保健師ではまだ確定していないことも問題。実習に充分なモチベーションのない学生を、制限のある中で指導するのは大変。目的意識をもって保健師になりたい人材を育てる、また「なりたい」と思うような教育が必要。

    <参考文献> 平成20年度職能集会検討資料(日本看護協会 保健師職能委員会) 日本保健師連絡協議会発起人集会趣意書(平成20年3月22日) 保健師の2007問題に関する検討会報告書(平成19年3月) ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチの効果的な融合に向けて(平成19年11月)

安保免疫論の新テーマ~ミトコンドリア・パワーの謎

がん患者の体温と血流の研究で解明

 新潟大学の安保徹教授が提唱する免疫論は、自律神経作用を基盤に、薬や負荷の高い治療からの脱却を呼びかけている。三月二十日、千代田区で行われた「がんとどう向き合うか――がん患者のための特別講演会」(伊豆予防代替医療センター主催)において、ミトコンドリアのがん治療に及ぼす効果が明らかにされた。

●心身の無理ががんを引き起こす
 多くのがん患者の調査にもとづき、がんの発症が心身にきわめて高い負荷がかかることから起きるとする安保理論では、がんからの脱却は、生活を見直してストレスから逃れることであると明快に主張する。
 安保教授の研究から明らかにされたのは、がんという病が、能力の限界を超えた長時間労働や極端な夜更かしなど高いストレス環境下に長期間身を置いているか、職場や家庭で心に深い悩みを抱えて生きている人に発症しているという事実である。
 このような過酷な生き方は、医学的には交感神経緊張状態と表現される。交感神経緊張状態では、白血球中の顆粒球が増加し、体内の常在菌と反応して炎症を起こすため、口や胃、大腸の粘膜がただれるほか、歯周病などがみられ、女性では子宮内膜症、卵巣膿腫などを起こす。一足飛びにがんになるケースがさほど多くないとすれば、これらの症状を、「がんの前ぶれとみて注意しなければならない」と、安保教授は指摘する。

●血流障害→低体温→細胞の異常増殖
 交感神経は、人間の活発な活動を支える一方、過度の緊張は、血管収縮から血流障害をきたす。このため、さまざまな病気において交感神経緊張が体温低下を引き起こしており、とくにがん患者では健康な人(36・0~37・0℃)より低体温(36・0℃近辺かそれ以下)が顕著で、エネルギーが落ちた状態にある。
 血流が抑制された状態では、炎症を起こした組織修復も困難である。破壊された組織は、悪条件の中で分裂を繰り返す。これが細胞のがん化である。本来、細胞の分裂は、厳密な制御機構のもとで行われ、無制限には行われない。ところが、供給されるべき血流が途絶えた状態では、この制御機構が働かず、細胞が異常増殖することががん化に関連する。
 自律神経のうち副交感神経が支配する白血球中のリンパ球比率が30%以上あれば、がん細胞を排除することができるが、自律神経バランスが交感神経に偏って、リンパ球比率が25%を切れば、そこには「がんの芽ができる」(安保教授)という。

●酸素不足とミトコンドリア
 今年になって、低体温の弱点が明らかになった。酸素不足がそれである。これは、細胞内で酸素を使って大量のエネルギーを生成するミトコンドリアの機能が抑制されていることを意味する。
 ミトコンドリアは、細胞内小器官で、ひとつの細胞内に最低百個(心臓、脳、筋肉には数千個)存在し、電子伝達系で酸素を用いて大量のエネルギー産生に寄与する。安保教授は、「二十億年前、人間の細胞は酸素のない状態で分裂していたが、その頃酸素大好きなミトコンドリアが寄生してくれたおかげで、もっと大きなエネルギーをつくれるようになった。同時に、細胞分裂を抑制する遺伝子がもちこまれた」とし、「がんは悪者の細胞ではない。ミトコンドリアの機能が抑制されて、われわれの細胞が先祖返りして分裂過剰になったもの。いわば、一種の生き残り戦略として細胞ががん化している」と述べる。
 低体温のがん患者では、このミトコンドリア機能の抑制が認められる。血流不足、酸素不足でエネルギー産生が低下しているために、顔色は悪く、疲れやすい。さらに、蛋白質合成もスムーズに進まないため、皮膚の弾力は低下し、筋肉の収縮能は落ちる。
 このミトコンドリアを活性化させることができれば、種々の症状に大きな改善がみられるのではないか。
 
●ミトコンドリアを元気にする
 がんを含む種々の病気治療に高い効果を上げるのは、からだを暖めることである。
 深部体温(直腸温)を39・5℃に上げるような入浴法の実践が、伊豆予防代替医療センターでがん患者の治療に効果を上げているという。
 普段の生活で行える方法としては、
 1.入浴による体温上昇(41℃の湯に約三十分)、2.体操で筋力を強化し、内部から体温を上昇、3.電磁波によるミトコンドリアの活性化がある。3.については、玉川温泉(秋田)や三朝温泉(鳥取)のように、ラジウム放射能の存在する温泉の効能に代表され、日常生活では、日光浴によって赤外線や紫外線を適度に浴びることが勧められる。
 もうひとつの手軽な方法は、「野菜を摂ること」(安保教授)。野菜に含まれるカリウムの中に、ごく微量ミトコンドリアを活性化するものがある。野菜と果物には、肥料として窒素、カリウム、リンが与えられている。意識的にこれらを摂ることがミトコンドリア機能を活性化し、体内のエネルギー産生を促すのに効果があると考えられる。このほか、玄米や発酵食品を取り入れると、体内pHが調整され、便の腐敗もなくなる。
 安保教授は、血流障害に拍車をかける抗がん剤等の治療に反論し、人間の自然のメカニズムを重視する姿勢を崩さない。
 「がんは悪者じゃない。ある患者さんは、がん細胞を『過酷な生き方を教えてくれた命の恩人』と呼んで、がんに向かって『ありがとう。無理したおかげでつくっちゃってごめんなさい。せっかくできたんだから、すぐ消えなくてもいいよ』と声をかけている。
 がんがよくなったどうかの指標は、腫瘍マーカーでもサイズの退縮でもない。からだがぽかぽかして、顔色がよくなって気分がいいか、便の腐敗が減ったかなど、自分で気づくことができる」と締めくくった。

統計法改正で死亡情報閲覧の危機?

疫学会が日本版データ・アーカイブ目指し活動
――日本疫学会学術総会本部企画「政府統計のあり方を考える」(2008年2月26日)より
 

●統計法改正が疫学研究に及ぼす影響とは
 日本では、国勢調査や人口動態調査などをはじめとする55の統計調査が総務大臣によって「指定統計」と定められ、国や地方公共団体によって実施されている。いずれも1947(昭和22)年公布された統計法により申告義務が課せられている。集積された情報は、政策運営に役立てられるほか、社会分析、研究等に広く活用されてきた。
 この統計法が、2007(平成19)年5月23日、全面改正・公布された。一般市民にはあまり知られていないこの事実が、疫学研究者を震撼させた理由は、従来申請等に手間取っても閲覧が可能であった人口動態統計の死亡小票(一次データである個別の調査票)へのアクセスを遮断すると思われる変更があったためである。
 統計法改正について、総務省は、「『行政のための統計』から『社会の情報基盤としての統計』へ」を謳い文句に、指定統計を「基幹統計」と改め、公的統計の体系的整備、統計データの利用促進と秘密の保護、統計委員会の設置を柱として示すとともに、秘密漏洩等には罰則も設けている。統計データの体系的整備そのものに異論はないにせよ、2005(平成17)年の個人情報保護法とのからみから、疫学研究者の生命線ともいえる一次データが使えなくなるのでは、精度と信頼性の高い研究が危うくなる。
 個人情報については、旧統計法でも、調査票の目的外利用禁止(第15条)と情報漏洩に対する罰金(第19条の2)など一定の配慮があった。さらに文部科学省と厚生労働省共同で出された「疫学研究に関する倫理指針」(平成14年発表以後、16年、17年、19年に改正)では、疫学研究において、個人情報を収集する際の利用目的の制限と、本人に対する説明義務・同意を必要とするインフォームド・コンセントの強調等を細かく規定している。
 改正統計法においては、一次データである「調査票情報の提供」に制限が加えられ、第33条の2に、調査票を利用できる主体が、「行政機関等と同等の公益性を有する統計の作成等として総務省令で定めるものを行う者」と明記された。つまり、省令で定めのない目的と判断された者にはデータが利用できないことになる。

●個人情報の追跡が不可欠の疫学研究
 個人情報保護法における個人情報の定義は、「生存している個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」となっている。取り扱いにおける目的外利用の制限(第16条)と第三者提供の禁止(第23条)などが拡大解釈されて、生活上での個人情報の収集・利用において無用の誤解を生じている側面もある。
 個人情報は、厳密にはプライバシー と区別して考える必要がある。ある種の疾病や遺伝的情報などはプライバシーに属するもので、人に知られることが個人の権利権益にかかわる。プライバシーの権利が侵害されて個人の利益が損なわれないことは、個人情報保護の目的のひとつである。
 しかし、公衆衛生という公益を目的とした疫学研究やその他の臨床研究では、プライバシーをも含む個人情報を積極的に活用してこそ得られる利益があるとして、個人情報保護法第16条3でも目的外利用を認めている。
 わかりやすい例として「地域がん登録事業」がある。ひとくちにがんの罹患率を把握するといっても、地域ごとの人口集団における罹患から治療あるいは死亡に至る全経過についての情報収集を行い、それを保管、整理、解析する作業なしには成立しない。しかも、長期間にわたってデータを保管し、追跡によって可能となる分析があるため、個人を同定する情報が必須となる。
 このような連続性ある個人データの保管や分析が大規模な疫学研究を可能にし、疾病発生の因果関係を明らかにして多くの人の健康に利益をもたらす。これには集計された二次データとしての政府統計では不十分で、必要なのはあくまでも一次データである。「地域がん登録事業」では、患者の予後や死亡のデータといった個人情報を行政と民間で共有し、がんの実態把握から得られた情報を医療機関へ還元し、医療向上と疫学研究に寄与している。

●疫学会の精力的な活動
 本来必要な情報が共有できず分析の精度が劣化すれば、公衆衛生の基盤が揺らぐ。改正統計法で、政府統計の利用が「総務省令で定める者」に限られるなら、何としても疫学および臨床研究に携わる者が「総務省令で定める者」として認定される必要がある。
 医学界で最初に動いたのは地域がん登録全国協議会であった。同会は、2007年5 月18日、がん登録事業に必須の死亡情報活用に対し法的配慮を求める要望書を厚労省に提出した。
 疫学会は、2007年7月24日にこの旨を含む数項目を要望書として厚労省に提出し、日本版の死亡情報データベースなど体制整備の必要性を強く訴えた。8月2日に総務省へも同様の要望書提出。また他学会へも働きかけ、10月19日、日本公衆衛生学会、日本衛生学会、日本産業衛生学会を加えた社会医学系4学会共同で厚労省に提出した要望書においては、社会医学研究における行政統計データの必要性を強調するとともに、すみやかな利用可能主体としての認定を求め、同様の配慮によって過去のデータも支障なく利用できることを希望している。11月7日に、先の4学会共同による総務省への要望書提出を受け、11月9日には日本医学会も厚労省と総務省に要望書を提出した。
 このほか、学会開催の機会を利用しての一般市民向け公開シンポジウムや対外的報告書の公表など、活動状況の周知にも努力している。
 今年に入ってからは、児玉和紀理事長([財]放射線影響研究所主任研究員)が内閣府の統計委員会の専門委員を医系研究者としてはじめて委嘱された。これにより医学界における統計情報の意義についての認識が深まることが期待される。

●日本版NDIの整備が急務
 2007年に疫学会に設置された将来構想検討委員会の辻一郎委員長(東北大学大学院教授)は、政府統計の活用に関して学会員にアンケートをとり、対象者215名のうち回収した61%の回答を報告した。過去二年に申請した政府統計の種類は、人口動態統計(死亡)、国民健康・栄養調査、患者調査、人口動態統計(出生)、医療施設調査で、入手における困難としては、申請手続きの煩雑さ、一年弱という入手までの時間(27件の申請のうち13件承認。申請書類の平均修正回数は10.2回)が挙がった。
 この中でとくに問題になるのが、「目的外利用」にあたる人口動態死亡小票の閲覧で、申請してから実際に目にできるまでに2年間を要する現状では利活用の促進にはほど遠く、国際的潮流からも取り残されると嘆く。
 死亡データのスムーズな閲覧と活用を可能にするひとつの方策として、日本でも米国のような死亡情報が整備されることが疫学研究者の悲願である。
 米国 には、国立健康統計センター(National Center of Health Statistics )という第三者機関があり、疫学研究の人口動態統計の小票データ(micro data)をもとにした膨大な死亡情報(National Death Index:NDI)が整備されている。医学・健康関連の統計的処理を目的とした利用には、所定の手続きを踏んで、特定の調査対象について社会保障番号等指定された項目を提出すれば、手数料を払って死因や死亡年などの希望データが抽出・提供される仕組みだ。
 現在の日本のシステムでは、許可を得て保健所で個人を特定して一次データを探していたとしても、紙の死亡小票を逐一閲覧しながら目的のデータを研究者が探し出すため、必然的に対象外の個人のデータも目に入り、求めてもいない個人情報を見る羽目になる。もし、実際のデータと利用者の仲立ちをする機関が必要なものだけを抽出してくれれば、このような事態は解消される。
 さらに、寄託された調査研究データを保管し、学術目的での利活用のために必要な研究者に対して公開するデータ・アーカイブが整備されれば、多くの疫学研究において、情報収集の労力は大幅に削減され、公衆衛生に寄与する解析が可能となる。
 唯一日本で存在するデータ・アーカイブは、東大に設置された社会科学研究所で、統計調査、社会調査の個票データを収集・保管することで散逸を防ぎ、二次分析によって学術研究に新しい可能性を与えるとして評価されている。疫学分野でも行政情報が同様に利用できれば、より洗練された形態での情報共有が研究を発展させ、人材育成にもつながっていくと学会は考える。少なくとも、追跡調査のために研究室総動員で電話をかけまくったり、同じような情報を別々の機関が収集したり、保管・共有のしくみがないために苦労して集めたデータが失われることはなくなる。
 疫学会では、疫学研究・統計調査についての国民の理解とバランスある組織的な対応を求めて今年9月をめどに対外的報告書をとりまとめる予定であったが、「『対外報告書』より『提言書』くらいのインパクトが必要か」(岸玲子北海道大学大学院教授)との発言もあり、より効果的な働きかけの方法を模索している。
 改正統計法で、統計情報が社会基盤であると明確に認識されているからには、公衆衛生を守る学会の立場が尊重され、今後の建設的な方向へと展開していかねばならない。

特定健診・特定保健指導「で」何ができるか

~「メタボ元年」は保健医療専門職の意識・行動変容から~ 
             日本健康教育学会の交流型セミナーより


◆現場からの話題提供
地域から:池田康幸氏(埼玉県三芳町保健センター管理栄養士)
職域から:五十嵐千代氏(富士電機リテイルシステムズ(株)健康管理室主査)
医療保険者から:中村貞次氏(トヨタ関連部品健康保険組合常務理事)
◆ゲストコメンテーター
津下一代氏(あいちの森健康科学総合センター長件健康開発部長)
藤内修二氏(大分県佐伯県民保健福祉センター長)
岡田邦夫氏(大阪ガス(株)人事部健康開発センター統括産業医)
◆コーディネーター・進行
岩永俊博氏(地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究センター常勤顧問)
武見ゆかり氏(女子栄養大学教授)

■予防はハイリスク者から
 4月から国を挙げてのメタボ対策がスタートする。今後5年で「40~74歳の健診受診率70%、保健指導実施率45%、メタボ予備軍10%減」を目指す。ただのキャンペーンで終わらせないために、健診受診者に個別対応を徹底する方策をとる。まず健診でハイリスク者を特定・抽出し、リスクに応じた保健指導によって行動変容をもたらし、メタボ脱却へ導くという成果が、実施責任者たる医療保険者に求められる。多くの健保組合がすでに独自の対策プログラムを開発しており、保健指導担当者は、いかにして成果を上げるかに頭を悩ませている。まずは、やってみて、その途上で必要に応じて軌道修正するというのが現実的な姿勢である。
 大筋は、国民病である糖尿病を含む医療費抑制(2024年度の医療費2兆円減)のため、生活習慣病リスク者をメタボリックシンドロームという名のもとに括り、予防を徹底することが今回の取り組み。中でも60代の透析患者の治療費年間一兆円が、退職後、健保から国保に切り替わって生じる医療費であることに着目し、より早い段階で対処するため、勤労世代の予防にターゲットを絞った。
 1月12日、日本健康教育学会が女子栄養大学で開催した参加交流型セミナーでは、保健指導に当たる専門職たちが本音をまじえて率直に討議した。当日の多様な意見の中から、現状での問題点を整理した。

■メタボにどれだけのウェイトを置くか
 地域での国保による健診を別にすれば、今回の特定健診・特定保健指導は、勤労世代の男性が主たる対象となる。つまり、職域を中心とした取り組みとなることから、健康保険組合が実施者となり、事業主の責任となる。
 これまで健保組合の業務は、被保険者負担分を除いた医療費の支払いがメインであり、今回被保険者の健康レベルの把握と改善が課されたことは、「大異変であり、コスト増」(トヨタ関連部品健保・中村氏)というのが共通の認識であろう。同健保組合は、愛知県を中心に150社、12万人が加入する総合健保で、医療費の四分の一を生活習慣病が占める。     
 医療費削減につながる予防重視施策に異論をもつ人はない。ただ、生活習慣病予防は、これまでにも職域で取り組まれ、一定の成果を上げてきた。また、産業保健のテーマには、メンタルヘルスや過重労働等、総合的に労働状況を調整する必要のあるものも多い。この中で、情報提供、動機づけ支援、積極的支援の3段階に分けて支援計画から実施・評価まで厳格に個別対応するメタボ予防にどれだけのウェイトを置くべきかが、現場担当者を悩ませている。
 現実問題として、3ヵ月以上継続的に行う積極的支援については、多大な労力を要することからアウトソーシングが有力であり、新たな官製ヘルスケアビジネスに受託企業が殺到している。アウトソーシングにあたっては、提供される保健指導の質やマンパワーのみきわめと、企業側での労働調整も必要となる。
 健診結果の階層化、個別対応のためのIT投資など、医療保険者の規模や資金力によっては、取り組みの内容に差異が生じることが予想される。健保を擁する大規模事業所でも、地方の散在事業所での保健指導がどの程度確保できるか、政府管掌健保の被保険者、被扶養者などの保健指導が具体的にどうなるか、多くは未知数である。
 メタボキャンペーンがカバーしていない喫煙や非肥満者の健康問題、健診結果に異常が見出されなくても生活習慣に問題がある20代30代の予防など、今後検討を要する問題も残されている。

■「ポイント制」の是非
 保健指導は、動機付け・積極的支援とも1人あたり20分以上の個別支援か、1グループ8名以下80分以上のグループ支援の形態で、健診結果の理解や生活習慣の振り返り、生活習慣改善の必要の説明に始まり、健康に関する知識や食事・運動等具体的な生活改善の方法に関する指導、行動変容動機の形成、プランづくりなどの内容で行い、6ヵ月後に評価する。
 当初、厚労省では到達すべき数値目標の設定にとどめていたが、「したことにしてすませる」といった現場の姿勢に歯止めをかけ、支援の実施状況をより明確にするため、積極的支援にポイント制を導入した。これは、支援の内容と形態でポイントを算定(実践的な指導-個別支援5分間20ポイント、実施状況の確認-1回5分間以上の電話支援10ポイントなど)し、規定に従い合計180ポイント以上の支援実施を最低条件とするもの。
 現場担当者の具体的目標とはなるが、細部にわたる規定が自由度を奪うおそれや、ポイントをこなすことに追われて本来の目的を見失うことなどがやや懸念される。ただし、解釈次第では自由な取り組みの妨げとはならないとの指摘も一方にある。
 今後五年間で目標に対して成果を上げた医療保険者には、後期高齢者医療支援金として、保険者が地域の広域連合に拠出する負担金に対し、公費から10%が付与され、実質減算される。これが保険者のモチベーションとなって、被保険者の目標達成を支援するという構図となり、成功すれば保険料の低減にもつながる。逆に、目標達成に至らない保険者には10%加算のペナルティが課され、被保険者の保険料上昇を招く結果となる。

■対象者より支援者が行動変容を
 健診後は、リスクの階層化にもとづいて主として保健師と管理栄養士が、保健指導にあたるが、生活習慣の改善には、本人のやる気に加え、企業風土を含めドロップアウトなく行動変容維持を支える環境整備が不可欠となる。その意味でも、今回の討議においては、ハイリスク者をターゲットとした取り組みにもかかわらず、「いかにしてポピュレーションアプローチとリンクさせるかがポイント」という見方が強かった。
 保健指導を受けた対象者は、アドバイスを受け入れたかに見えても行動が伴うとは限らない。後期高齢者医療支援金がインセンティブとなる保険者ほどに、個人に対して強いインセンティブを形成することはむずかしい。対象者の健康観は、自身の経験の中で培ってきた思考の枠組み(スキーム)の中にあるためで、このスキームに働きかけ、主観的健康感と客観的健康度の乖離を埋めない限り、行動変容を起こすには至らない。
 保健行動学の知識を踏まえた上で、対象者のQOLに照準を当て、「幸せであるために健康に関する知識をもち、自分の健康状態を知る必要があること、さらにそのための手段として健診や保健指導があることを理解してもらう」(岩永氏)という専門職ならではのアプローチが必要となる。
 とはいえ、五年後の成功を確信する声はない。個別支援への負担感も強い。わずか20分の動機づけ面接を一回行ったとして、果たして6ヵ月で人が人の健康観と行動を変え、成果を上げられるのか。
 さらなる指導技術の向上とともに、気の進まないハイリスク者が喜んで保健指導を受けるような魅力的な支援プログラムを提供できなければならない。「対象者の行動を変容させようとすれば、むしろ支援に当たる専門職のほうが従来の活動の不十分な点を見直し、真摯に行動変容していくべき」(岡田氏)というシビアな指摘の通り、専門職の手腕とプロ意識が問われている。

■成果をどう評価するか
 特定健診・特定保健指導では、受診人数など事業実施量で計られてきた従来のアウトプット評価から、6ヵ月後、数値改善の状況等、具体的な糖尿病予備軍の減少率を問題にするアウトカム評価に変わることで、多くの現場担当者は不安を隠せない。
 今春から新たに健診項目として取り入れられる腹囲測定*についても、インパクトほどに効果があるか、ハイリスク者に絞った保健指導が成果を上げるか、現状で答はない。その中で何とか結果を出そうと、ITと人的支援を組み合わせる、健診結果に問診を組み合わせる、前年比10%の変化を『異常値』とする独自の健診プログラムをつくるなど、各者各様の取り組みを見せている。
 6ヵ月という期限つきの支援が、必ずしも数値の改善につながらなくても、専門職として数値に表れない行動変容の感触を得る場合もある。これは支援の中で切り捨てられない部分でもあり、どう評価するか判断に悩むところである。また、実施したポイントが低くても成果が上がっているというケースも今後予想され、それをどのように積極的に評価・アピールしていくかが課題となる。
 「これまで曖昧だった評価の基準が、今回の取り組みで俎上に載った。これを地域と職域の連携を進めるきっかけとし、ポピュレーションアプローチとリンクさせていけるのではないか」(県管理栄養士)など、前向きなとらえ方もある。
 重要なことは、職域における健康増進が、医療費削減だけをもたらすものではなく、働く人の生きがいやQOLに深く結びつき、労働生産性等経営資源として意味をもつという点である。
 「保健医療の専門職としては、あるべき姿を追求するしかない。特定保健指導をどうするかではなく、特定保健指導『で』何ができるか、制度をツールとして活用すべき」(津下氏)、「個々に分断された事業を展開するのではなく、総合的なヘルスプロモーションの構造の中に事業を位置づけ、それぞれの意義・目標を確認することが全体としての成功につながる」(岩永氏)という視点で、今後エビデンスを積み上げ、変更が望まれる場合、職域側から行政への申し入れを行うなど、柔軟に取り組むことになりそうだ。
 また、健康な被保険者の多い組合では保険料が安くなるとすれば、健康に投資可能な余裕のある層はより一層健康になり、そうでない層は保険料が上がれば支払いに苦慮し、医療も受けられず健康状態を悪化させることにもなりかねない。実際、健診の数値の悪い人の中には、「栄養バランスを考えずに安くて量のあるランチですませる」(企業保健師)人も少なくない。そういったケースの行動変容は、生活そのものの支援まで入り込む必要があり、一筋縄ではいかない。
 ヘルスプロモーションの理念は『すべての人に健康を(Health for All)』が示す通り、健康の公正である。医療制度改革が生きる権利を犠牲にし、健康格差を生む結果とならないことが、すべての専門職の願いであることはいうまでもない。

    *4月からの健診項目には、腹囲測定とLDLコレステロールの2つが新規追加され、総コレステロール定量、尿潜血、血清クレアチニンの3つが削除、空腹時血糖とヘモグロビンA1cはいずれかを選択することとなった。