リスクコミュニケーションって何?

根拠を知って、疑問をぶつけ、変化が起きる
~神田敏子先生に訊く

 インタビュー当日(2008.10.24)はあいにくの大雨。待ち合わせた御茶ノ水のホテルロビーに、神田敏子先生は雨の滴をぬぐいながらの登場。恐縮しつつ、珈琲でひと息入れて、取材の始まり。「CHOI-BEN 2009」で既報のお話から、食の安全や食品表示に関する未公開トークを再録した。

◆客観的な事実認識=○、極端な考え方
インターメディカル(以下IM):リスクコミュニケーションの説明図では、厚労省と農水省が並列的な位置に置かれていますが、これはなぜですか?
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神田:この構図は、食品安全委員会を第三者的な評価専門機関として2つの省とは別に設置したことで生まれました。大まかにいうと、生産者関係は農水省が、食品は厚労省の管轄で、そういった管理を行う機関から評価機能を切り離したことに意味があります。より客観的な評価ができるようになった。
IM:食品安全委員会では中立的、科学的に評価を行うのですね。
神田:そうです。食品に含まれる有害な物質を食べることが人間の健康に悪影響を及ぼす確率や程度を調べるのがここでの仕事――つまり、リスク評価です。
IM:それをもとにリスクコミュニケーションが行われる。
神田:例えば農薬の残留基準のつくり方は、まず食品安全委員会が人間が一生食べ続けても健康に悪影響を及ぼさない量(ADI)を求めます。ADIは、まず動物にとっての無毒性量を出して、人間にはそれを10分の1にする。子供やお年寄りなど個体差を考えて、さらに10分の1。
IM:動物の無毒性量の100分の1ですね。
神田:それを受けてリスク管理機関の厚労省は、それにまたさらに80%くらいの安全率をかけて、規格基準となる安全な値を決め、それぞれの食品に割り振っています。その経緯を知れば、それほど神経質にならずにすむと思います。
IM:「冷凍餃子事件」以来、誰もが「この食べ物は安全なのだろうか」と、過剰な猜疑心にさいなまれている気がします。
神田:あの時は冷凍・加工食品がすべて悪とみなされて、店頭から消えてしまいましたよね。ある新聞記者から、「この事件の影響で、養護老人ホームの食事に冷凍食品、加工食品が使えなくなった。予算が少ないなかでどうしたらいいのでしょう」と聞かれて、呆れてしまいました。
 問題のある食品を食べなければいいのであって、その他のものまで避ける必要はない。中国産餃子も、念を入れて相当広範囲に回収していました。それでも消費者が冷凍食品、加工食品を避けたいと思ってしまうのは、マスコミ報道の責任もあると思います。
IM:新聞記者にも誤解がある。
神田:何かが起きると、みんなが一斉にひとつの方向を向くというのは危険ですね。食の安全は、生産者から消費者までの距離が近いほうが確保されやすいとはいえますが、リスク低減と国内自給率が高いことは、必ずしも一致しない。現に国内でも問題は起こっていますから。
IM:中国産は×、カナダ産は○、国産は○と、単純に考えてはいけませんね。

◆どんな食品にもリスクがある
IM:リスクというと、農薬も思い浮かびますが。
神田:昔の消費者運動では、食品添加物は悪、農薬もダメ、食の安全は白か黒、イエスかノーかでした。新しい食品安全行政の考え方は、「どんな食品にもリスクがある。食べ方や食べる量によってリスクの程度が決まる」というのが基本です。水だって飲みすぎればイオンの関係で死ぬ。塩は1日に7~8gは健康に必要。一生食べ続けても問題ない。だけどもし1日に200g食べれば死にも繋がるような害がある。
 ADIは、一生食べ続けても健康影響のない量として決められた基準ですから、ごく微量です。ところが、基準をオーバーした数字が出たときに、いかにもそれですぐ健康に被害が起こるような雰囲気をつくりますよね。
IM:おもにマスコミが。
神田:ええ。でもそれは違うんです。ルールはきちんと守らなくてはりませんが、食べちゃったからこの子の将来が心配だわって思う必要はないということです。中国産冷凍餃子のように大量の毒物が意図的に混入された問題と、基準オーバーという通常のリスク管理問題は、区別して考える必要があります。問題の整理をすべきです。
IM:「添加物や農薬イコール×」のような思いこみがよくないのですね。
神田:食品添加物も同じです。たとえば、亜硝酸塩を使用しないハムは、きちんと管理しなければボツリヌス菌の食中毒の可能性が高まる。カビをたくさん食べるのと、微量の防腐剤、それも安全が確認された基準を守っているものでは、添加物が入っているほうが安全であるという考え方も成り立つんですね。
IM:単純に使ってないほうがいいとか、カビが生えたほうがまし、ではない。
神田:少なくとも食の専門家はそういう選択肢を消費者に与えられるような知識を持っていてほしいです。そうでないとなおさら普及しないですからね。
IM:そこにコミュニケーションの必要性があるわけですね。
神田:天然着色料と化学合成の着色料。化学合成のほうがいやだと思うでしょう? でも天然は、使う量が多いうえに着色にばらつきがあって、しかも価格が高い。化学合成は微量できれいに着色できて価格も安い。どっち選ぶ? というと、簡単に天然とはいいにくい。天然だから安全というのは......。
IM:誤解、というか錯覚。
神田:たとえば、学校給食。親たちが「天然のもの」にこだわっていても、学校の管理栄養士が、化学合成着色料なら微量ですむからリスクも少なく、費用的にも優れていると説明できれば、変わると思うんですよね。ここが本当のコミュニケーションで、正しい知識が広がるために力を発揮できる場面です。
IM:管理栄養士の腕の見せ所ですね。

◆意外に知られていない景品表示法の重要性
IM:食品表示にはどんな問題がありますか。原産地表示などは?
神田:例えばお豆腐の原料原産地については、たとえば町のお豆腐屋さんが、故意にではなく表示を誤ることもあるので、義務化されていません。表示が義務化されている場合、違反には罰則規定がありますが、全員が必ず実行できる内容でなければ義務化はされないのです。
 というのは、お豆腐に使われる大豆は自給率がわずか5%、ほとんど外国産です。その上、たとえばカナダならカナダ1国の大豆を年間通して使えるわけではなく、材料の安定供給や価格変動に対応するために、常にいくつかの国で生産されたものをミックスしています。だから原料原産地の表示がむずかしいんです。
IM:なるほど。何でも表示できると思ってはいけないのですね。
 食品表示規制は、食品衛生法、JAS法、健康増進法などかかわる法律が多くて、いつも混乱してしまいます。今後、食品表示法のように一本化される可能性はありますか。
神田:一本化には難しさがあるのではないでしょうか。表示だけを一元化してもそれを保障するのは農水省、厚労省と分かれますから、結局は連携する必要が生じます。一本化するかどうかではなくて、漏れる食品が出ないようきちんと管理することが大切です。むしろ表示に関する法律で、私たち消費者が一番気をつけなければならないのは、景品表示法のほうではなかと思います。
IM:どんな法律ですか。
神田:公正な取引をするための法律です。効果を誇大に宣伝した健康食品などは、これにひっかかります。身近な例では、袋にぶどうの絵が描かれているゼリーの原材料表示で、りんごの果汁のほうが前に書いてあるとか。原材料は多い順に書くというきまりがありますから......。
IM:それは、ぶどうゼリーじゃなくてりんごゼリーですね。
神田:そうそう。袋に稲穂の絵がかいてあるおせんべいの表示が、コーングリッツ(とうもろこしの粉)が最初、次に調味料、その後に米、となっていたり。
IM:調味料より後ろでは、米がかなり少ないということですね。
神田:だから気をつけないといけないんですよ。

◆「○○○り○」の容器を小さくしたのは私です
IM:一般の消費者にもできることはありますか。
神田:消費者が自分からかかわっていくことは、変える力になります。大それたことでなく、わからないことがあったらお店で聞けばいいんです。
IM:スーパーなどでも、ですか。
神田:お店も消費者の声を聞こうという姿勢になってきているので、なんでもいいから聞いてみる。産地でも食べ方でも、日常的なコミュニケーションをはかっていく。お店の人がその時答えられなくても、次の時までに調べておいてもらえばいい。
IM:なるほど、こんなところでもコミュニケーションですね。
神田:消費者へのアンケートでも、メーカーに聞くよりお店で聞きたいという声は多いです。だから私たちがどんどん声を出していくことです。実は、私、有名なスティック状のスナックのカップを小さくした経験があるんですよ。
IM:ええっ!? 先生、いったい何をなさったのですか。
神田:2000年頃はカップがもっと大きかったの。空間率が多かったんです。食品以外にも洗剤やシャンプーなんかもそういうものが多いんです。ふつう消費者の多くは、容器から中身を想像する。だから、空間率の多さは、誤解を意図する行為、つまり「優良誤認表示」といって景品表示法違反です。
IM:出ました、景品表示法。
神田:そのスティックポテトの容器があんまりスカスカなので、疑問に思って、メーカーに電話しました。説明によると、「棒状のお菓子でベルトコンベアーで上からガサッと詰めるから、空間がないとふたができない。輸送中にがたがたして中身が下に下がるから、あたかも空間が大きいように見えるけど、これは必要な空間である」と言うわけです。
IM:どうなったんですか。
神田:それで私、自分でやってみたわけ。本当にそんなに空間が必要なのかしらって。何度も実験したけど、絶対ふたができないってことにはならないのね。2回目に電話したら、「すみません。いま空間が多いっていうお客様からの声があるので、お客様にわからないように徐々にカップを小さくする予定です」という答えに変わった。
IM:そこはやはり、「徐々に」のほうが......
神田: 3人くらい同じ意見を言う人がいると、メーカーも気にしますね。単なる電話でも。実際は、徐々にではなく、いっぺんに今のサイズになりました。私は「カップを小さくしないで中身を増やして」と言ったんですが、そうはならなかった(笑)。大きいカップは今でも記念に持っています。上げ底にもなっていて、中身をきれいに並べると上のほうがずいぶん空いて、60%以上空間ですよ。
IM:消費者の声で状況が変わったいい例ですね。
神田:苦情ではなくて、疑問に思ったことを伝えていかないと、お店やメーカーも気づかない場合がありますよね。疑問を伝えて、そこに気がつくと、実際に変わりますよ。今はどこでも相談室を持っていますから、同じ意見が複数くるとすごく気にする。3つくらいくると無視はできない。変わっていくと思います。
IM:経験者は語る、ですね。今日はどうも有り難うございました。

※神田先生ご推薦――サイエンスライターの松永和紀さんの著作。「メディア・バイアス」「食卓の安全学」「踊る『食の安全』」など。

(聞き手・瀧口香織、構成・重松伸枝)