保健師らしい保健師をいかに育てるか

 2008年、8月2日、3日の両日にわたり、全国保健師教育機関協議会(村嶋幸代会長)主催で夏季教員研修プログラムとスキルアップ講座が行われた。
 2日は、聖路加看護大教授・麻原きよみ氏による「保健師の基礎教育における技術項目と卒業時到達度」に関する検討結果の報告に続き、「目標到達を可能にする具体的な教育内容」をテーマに、佐伯和子(北海道大)、鈴木るり子 (岩手看護短期大)、錦戸典子(東海大学)、海原逸子(横浜市健康福祉局)の4氏が、それぞれの立場から報告を行った。3日は、川本利恵子氏(九州大)が、スキルを見きわめる国試問題作成のコツを、午前、午後の2コマで詳細に解説した。
 保健師免許取得に看護師合格が要件となり、履修学生の数が膨れ上がる中、避けて通れない実習について、教育機関側は実習先確保に苦慮し、保健所等受入側も、多忙な業務の中での指導の困難と、温度差の異なる学生に一律に同レベルの実習を受けさせることへの疑問を隠せない。
 多くの経験を積むことは、保健師をつくる重要な過程である。と同時に、保健師らしい保健師の足跡と経験に学ぶこともまた、世界を開かれる経験のひとつである。その意味で、保健師の歴史の証言者ともいえる三育学院・名原壽子教授の膨大な資料を駆使した3日の講演は、保健師の何たるかを明確にし、養成に携わる人々を励ますものであった。
 もうひとつ、自身の経験を伊予弁をまじえて率直に語った愛媛の名教師・宮内清子氏の話は、おもに若い教育者への具体的なメッセージとなった。

保健師が行う地域保健活動の原点と教育方法

宮内清子(愛媛県立医療技術大学教授)より抜粋再録

 保健師が行う地域保健活動の原点を学生に伝えるべき私たち自身は、公衆衛生看護活動を"伝えたい、学んで欲しい"と願いながらどのように教育活動を行っているでしょうか? いろいろと工夫し、輝いて関わっているでしょうか。
 教育のあるべき論は、もう何年も前から語り尽くされてきましたが、保健師の活動は、書物の字面だけを追っても伝わらないことが数多くあります。
 私は、保健師活動の原点は、自身の活動体験と先達からの学びをしっかりと見つめる中で見出すことができると考えています。自らがどう学び、どんな実践をしてきたか。感動し、怒り、揺すぶられ、考えてきたか・・・。
 今日は、私自身がどのように学び、どんな実践をしてきたか、どんな歩みの中で、どんな人々と出会い刺激を受けてきたかを紹介しつつ、私が考える保健師活動の原点、そして、厳しい教育環境の中においても達成感のある教育活動を行うための工夫について皆さんと共有したいと思います。

◆私の駆け出し時代~先輩たちに育てられた
 私の保健師人生は、京都府の八木保健所から始まりました。今から40年以上も前のことです。私が受け持った町は日吉町、鉱山(公害)・貧困・同和問題など健康生活を蝕む課題に懸命に取り組む保健師-吉田幸永さんと出会いました。初めて町を訪ねた日、吉田さんは、当時はまだめずらしい軽自動車で、町の谷から谷に点在するすべての集落、そして関係機関を案内して下さいました。50ccのバイクのライセンスをとった駆け出しの私は、この先輩の一言一言に触発され、"まずは地区踏査から"と町内をくまなく巡る中で、多くのことを学びました。
 「うちの町の健康課題は何やと思う?」「保健所保健婦としてあんたが貢献できることは何や?」「何でも好きなことをしいや」等々、町へ出向くたびに矢継ぎ早に意見を求められ、四苦八苦しながらもぶつかっていったこと。その中で、仕事の評価は自分だけで行い満足したのではいけないことも教わりました。
 評価とは、住民の反応から判断するもの、つまり私たちの仕事によって住民がどれだけ賢くなったか。どれだけ行動が変容したか。それを見れば、自分が的確な仕事をしたかどうかがわかる。住民をしっかり見よ、先生は住民だと・・・。

◆地域の中に入り学んだこと
 私が地域に入ったのは、森永ヒ素ミルク事件から10年ほど後のことでした。町では、この事件を契機に、子どもの生命を守る活動が保健師や母親の手によって生まれ、地区の強固な婦人組織として成長しており、母子保健や公害問題など、みんなのいのちを守る活動に懸命に取り組んでいました。地域の家々を回り、地域の人たちに溶け込んで活動する醍醐味、診療所の医師など関係者との膝をつき合わせた話し合いから活動の方向性を見出していく方法論、本当に心揺すぶられる経験の日々でした。森永事件は、その後、養護教諭や保健師の草の根活動により「14年目の訪問」に結びついたことはご存知のとおりです。
 新任3か月目、和知町の保育所で赤痢が集団発生しました。疫学調査をどう進めたらよいか、新任の保健師長と新人保健師3名、薬剤師も新人という小さな保健所で、唯一の経験者である衛生課長の指導を得て手探りで取り組んだ喫食調査。訪問による採便に追われ、手作りの寒天培地に現場で塗沫をして持ち帰ったこと、統計的分析は手回し計算機が大奮闘したことなどを思い出します。
 ある日、若い家族が全員隔離され、約2週間、高齢者が1人で取り残されている家庭を訪問しました。「味噌も米も底をついて暮らしが成り立たん」と嘆く声にはっとしました。感染症対策に追われる中で、人々の暮らしに目を向けることを忘れていたと・・・。役場や地域の方々に提案し、直ちに実態把握、炊き出しや「お買い物大作戦」など行動を起こし、事なきを得ることができました。
 公衆衛生看護の「公」は、英語にすればpublicです。つまり「お上」ではなく、「権利や義務を有する市民」のことです。そして「衛生」とは、生命・生活・生産を衛(まも)ることです。保健師は、ただ単に法に沿った施策に関わるのではなく、人々が「人間らしく生きる」「人権を実現する」ために看護の立場から支援することを使命とする公衆衛生看護の実践者だと実感した経験でした。
 当時の活動ノートには、いろんなことを書き付けています。
「今、何ができるかではなく、何をしたらよいかを見つけ出すために、人々の生活に密着しよう。地域の中へ入っていこう」「住民の生活から遊離した活動はあり得ない。住民の中へ、住民の中で...」などの決意とともに、思うようにならない悩み、仕事の障害となるようなできごとに対して、「間違っているんじゃないか」「どう進めばいい?」などのジレンマや思いも書いたりしました。

◆ ふるさと愛媛へ
 3年目にして愛媛へ戻り、新居浜保健所勤務となりました。銅を採掘・精製している工業地域で、人口十数万の新居浜市と、当時は銅山のあった人口4,000人余の別子山村が管轄でした。
 保健所保健師の訪問活動の大半は結核。けい肺結核や低肺機能の患者さんを200人以上受け持っていたでしょうか。長期服薬の人々、医療放置や病状不明の多いことなど、全体を把握することは困難をきわめましたが、「必ずみんなの顔を見よう」と決め家庭訪問に精を出しました。地理的に不便で検診に来られない人の地区には、「レントゲンは普通のコンセントでOK!」との情報を得て、上司に交渉をして希望者の家の近くに検診車を動かし、経過検診を行ったりもしました。
 最近、結核の患者さんに対しては、感染症対策を目標とする病院訪問や疫学調査が主となり、家族とともに結核に罹った人の生活支援を考える活動が減っているのは残念です。地域に出向いて特定の対象にきちんと向き合う活動から、地域全体の健康課題がみえてくることもたくさんあると思うのですが・・・。

◆共同保健計画に基づく地区診断の経験
 次の勤務地は、八幡浜保健所でした。
 八幡浜はみかんの里です。地区になじむにつれて、みかんの花の甘い香り、おいしいみかんの栽培の影で、農薬危害の問題に直面することになりました。散布する農薬で皮膚炎や肝障害などの健康被害が起きていること、労働は過酷で食生活がなおざりになること、妊婦や女性の貧血が多いことなど、気になる課題が山積していました。
 その頃、県では「共同保健計画に基づく地区診断」を事業として予算化し、鳥取大学の加茂先生の指導の下、モデル地区を選定して地区診断に基づく活動を推奨しており、私の管内の地域でも名乗りを上げることになりました。
 卒業して3年余を経て初の本格的な地区診断。住民や関係機関の人々と協議を重ね、生活意識、生活実態、生活環境、健康状態などを明らかにするために、チームを組んで地区内をくまなく足で稼いで回りました。
 その結果を受けて、各地区に健康づくりを推進する組織として「○○地区健康を守る会」や「農薬危害防止対策協議会」などが誕生し、活動が根付いていきました。「実態を把握する→結果をまとめる→地区に結果を返し対策を検討する→計画を実践する→評価する」というプロセスの大切さと手ごたえは、各戸にフィードバックした手書きの報告書とともに今も私の元に残っています。
 老人保健法も健診システムもないこの時期に、自由に調べ、判断し、活動を創造していく面白さを学んだ経験は、私のその後の活動の大きな糧になりました。
 岩波新書に、『草の根に生きるーー愛媛の農村からの報告』という稲葉峯雄さんの本があります。当時の活動が書かれているこの本を今も折々に開いています。
 
◆ 「自分の活動計画は自分で立てんかい!」
 八幡浜で4年間活動したのち、大洲保健所へ移りました。保健師として、自身の活動計画を立てて活動するという大命題が待っていました。「あんたは冬眠してたんか!」と、当時の保健所長・堤先生に一喝され、当たり前のことなのですが、チームでの多忙な活動の中で、保健師固有の役割を突き詰めて考えていなかった自分に改めて気づかされました。
 それまで決して受け身で仕事をしてこなかったつもりの私も、「はい、あなたの役割はこれね」と言われることを、無意識のうちに待っていたのだと思います。
 そんな時に、「あんた、保健婦やろ! 自分らしい計画を立てんかい!」と叱責され、身が引き締まりました。そうです。私は、自分で考え、判断し、自分のなすべきことを具体的に計画し、実行しなければならなかったのでした。ここに保健師活動の意味と醍醐味があるのです。慌てて、本当に何年ぶりかに『保健師業務要覧』をひもときました。
 そんな中で、全国を10年先取りしているといわれる愛媛の高齢者の健康課題にいち早く着目することができ、寝たきり予防に取り組む活動も生まれました。

◆ 国立公衆衛生院での学び
 卒業して10年後、冬眠から脱皮してこいとの励ましを受けて、愛媛県から一年間、国立公衆衛生院専攻課程看護学科に派遣されることになりました。
 ここでの経験はまさに目からウロコでした。橋本正巳、西三郎、重松逸造先生など著名な先生から集団の健康現象をどうみるか、地域保健活動をどう進めるか、徹底的にたたき込まれました。
 多職種の仲間と話し合いながら、エビデンスにもとづいて仕事をするおもしろさを知った一方で、数字はあくまで数字であることも分かりました。「数字情報」を「意味情報」に変える、すなわち数字の背景にあるもの、原因・誘因となるものを明確にする必要がある。それには、私達がいつも接している住民の日常生活から得るものが手がかりになることを。
 ある程度実践を経験してから、学習の機会を得たことも私にとっての幸運でした。東村山市での合同臨地訓練では、寝たきり老人の訪問看護活動や難病のモデル事業などに行政が着手しており、保健師活動の実践から把握した地域のニーズを事業化していくことの大切さや方法の一端を学んだと思います。
 研究テーマは『活動計画と評価』、指導教官は橋本秀子先生でした。先生の書かれた書籍や文献を何度も読み込み、現場での資料を意味づけしていく過程を通して、手元にある素材を大切に「自分で考える」ことがどれほど重要か、「一から十まで教わろうとするな」という言葉の意味が身に染みて分かっていきました。

◆専修学校→短大専攻科→大学での保健師教育を振り返って
 "現場での実践を少しでも意義あるものに"の思いを抱いて保健所に戻ったのですが、1年後、研修を終えた私に待っていたのは教育の場への異動でした。
 「保助合同コース」の厳しさを改めて実感しながらも、教育の質は大切にしようと教員たちで知恵を絞りました。
 公衆衛生看護学研究をカリキュラムに位置づけたこと、保健婦と助産婦のカリキュラムを総合的に考えるための議論に明け暮れたこと、短い夏休みを削って毎年全国の先進地を選んで研修旅行に出かけたこと、実習先での保健師とのディスカッションが相互の刺激剤になり実習内容や関係性が深まったこと等など・・・。最後まで試行錯誤の14年間でした。
 その間の卒業生は475人、今も大切な指導者であり仲間です。
 これらの経験を通して、目指す保健師像を描くことの大切さやカリキュラムの全体像を意識して自身の教育を組み立てることの重要性を痛感したことは、その後の短大専攻科や四年制大学のカリキュラムづくりのなかでも大切にし、指定規則になくても必要な教育科目・教育内容は入れようと、教員たちで徹底的に討論して作り上げ、独自のシラバスをつくり上げることができました。
 短大専攻科では、専門科目の大半を教員が担当し、念願だった年間を通してのフィールドワークの試みや公衆衛生看護学研究の時間が確保できるなど、時間が足りないと言いながらも保健師の育成を目指す1年コースならではの教育実践ができた年月であったと思っています。
 数年後、看護教育界が急激に大学化への歩みをはじめ、統合カリキュラムの誕生したころから本学も大学化の議論を始めました。迷いがなかったわけではありませんが、看護教育全体の質を高めることや地域の人々、とくに受験生のニーズに応えるために大学化へと歩を進め、今年は完成年度を迎えています。
 大学教育では、4年間の膨大な科目の中に保健師教育で学んで欲しい科目や内容が混在しています。科目相互の関連性を押さえることの難しさ、実習として経験できることの限界、読み替えるはずの科目のなかに公衆衛生の視点は? 学生の関心の深まりは? など多くの課題を抱え悩みながらも、教育の質を担保することに心を砕き工夫を凝らして取り組もうとがんばっています。
 皆さん、いかがですか。今の私たちは、地域の人たちと本気で勝負しているでしょうか。保健師を育てる私たちは、保健師のプライドにかけて本気で教育しなければなりません。公衆衛生看護の視点を教育にきちっと入れているでしょうか。科目相互の関連性を押さえ、学びやすい環境をつくっているでしょうか。
 改めて「公衆衛生看護とは」の原点について考えて見たいと思います。
 出発点は地域の人々の日常生活の中にあります。私たちが目指す教育は、
○すべての人々が  ○日常的に健康的に過ごせる状態であるために
○みんな(公衆)の力を高めるべく(エンパワメント) ○共に歩むこと
○公衆衛生看護の立場から参画し支援するプロであること、
 これらのことを字面だけではなく実感として学ばせることではないでしょうか。
 保健師に期待される能力を私なりに図に描いてみました。中心軸(中核)に「地域住民の健康課題を明確化し、企画・支援する能力」「公衆衛生看護技術」「公衆衛生マインド」を、周辺に「母子保健」「成人保健」「高齢者保健」などのライフサイクルに対応する能力、感染症や難病などの疾病対策への対応能力、健康危機管理、健康づくりなど公衆衛生上の課題への対応能力を置きました。

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 周辺部分は時代とともに変化しますが、中核部分はいつの時代も変わらない基本です。中核部分の能力がしっかり身についていれば大丈夫です。ここがブレていると実践の場に身を置いたとき、周りの動きに振り回されてしまうのです。今、メタボ対策が流行っていますが、みんなが"おらが村"の実態をみないで漫然と全国一律の取り組みに追われていはしないかと気がかりになっています。
 また、公衆衛生活動を支えるマインドは、言葉だけで説明するのは、なかなか難しいと思います。実践活動に真摯に取り組める保健師を育てるには、保健師がどのようなプロセスを経て成長するかを認識し、実践事例の活用や実習体験の意味づけなど、学生の心に響く教育方法を駆使する必要があると考えます。

◆保健師活動の意味と醍醐味をどう伝えるか
 現在の保健師教育は、約9割が大学等における統合カリキュラムによる教育です。定員も急増し、看護系大学における教育が就業する保健師の質を決定するともいえる状況のなかで、多くの課題を抱えています。
 統合カリキュラムといいながらも国家試験も含めて看護師のライセンスが優先される、看護師と保健師の教育の履修順序を段階的に組むことの限界、すべての学生に保健師のライセンスを強いている教育制度等など。
 一方で現場は、保健医療福祉に関する問題の複雑化に伴い保健師の関わる事例も難しくなり、学生に体験させるのに二の足を踏んでいる、ライセンスがないために体験できる内容が少なく見学が多い、学生の急増に伴い実習環境が整わないなど、実習の質保証が困難な状況です。今回の指定規則改正の意図や到達目標の達成は、本当に大丈夫なのでしょうか。
 保健師教育における技術項目と卒業時の到達度も、これから各教育機関が個々の置かれた状況に合わせて、教育内容や教育方法を具体化する必要があります。
 教員の保健師としての経験も多様ななか、魔法のような解決策はありません。3年あるいは5年かもしれない自己の活動例を意味づけ教育の中に生かすこと、地元の先達たちの活動例に学ぶこと、絵空事でないリアルな生活を実習フィールドの中で学生とともに感じることなどから、学生の心をタイムリーに揺すぶるような教育が可能になると思います。
 こんなエピソードを聞いたことがあります。地区診断の講義でウインドシールドサーベイ(地区視診)を学んだ学生の描いたマップに、ガソリンスタンドやコンビニが並んでいたと・・・。
 車で大きな道をすっ飛ばしたのでは視界に入らない生活道路や暮らしの営みをしっかりと捉えることのできる感性と力、「私がこの地域で働くなら、今の状況をどうアレンジし、住みよい健康的な地域にしたいか」を考える力を育てたいものです。
 保健師が大学教育を受けたことが活動にしっかりと跳ね返るには、教員自身が保健師の仕事をしっかりと押さえた上で、担当する個々の科目を位置づける必要があります。科目の中身をただ伝えるだけでは不十分です。何かしら熱く語れる実践例、体験的なものを盛り込んだ教育の形を模索する必要があります。
 そういった意味で、実習は、学生が保健師活動の実際に触れ経験を積む機会であるにとどまらず、私たち教員にとっても貴重な学びの場です。教員には、保健師活動のすばらしさに光を当て理論と実践を統合して示す役割、保健師活動の現場と日常的に関わり教育の意図を指導者と共有することなどが期待されます。
 これからの保健師に求められる能力は、教員にとっても必要な能力です。実習先にもちょくちょく顔を出して、学生達が学ぶフィールドに関心を寄せ、そこで起こっている事実を見極め、地域の保健師とともに保健師としての役割を考えてみる、そんな教員の姿に学生も大いに刺激を受けるにちがいありません。
 教員の日常は日々多忙ですが、建物の中で目前の仕事に追われるのではなく、保健師教員としての資質を高めるために、これからも「できそうなちょっと先」に向かって、みなさんと一緒にチャレンジしていきたいと思います。

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宮内清子先生編著の、国試直前完璧整理ブック「保健師用語集 ピース」はこちら