摂食障害の回復に必要な気づき――摂食障害を科学する

鈴木眞理(政策研究大学院大学)

2008年9月20日、タンポポの集い(東京ウィメンズプラザホール)の中の講演「摂食障害の回復に必要な気づき」より抜粋再録した。

摂食障害はストレス病
 本日は、こんな素敵な会場でお話させていただき、有難うございます。プロの学会屋さんでも運営は大変です。タンポポの会のみなさんのご努力に敬服いたします。
 私が摂食障害の治療に携わるようになって30年です。研修医の時にはじめて拒食症の患者さんをもった時、何をしても食べてくれず、なぜこんなに医者が無力でこんなにわからない病気なのだろうと思いました。私は天邪鬼なのか、わからないといわれると「なぜ?」、むずかしいといわれると「なぜ?」と考えるほうで、この病気とのおつきあいが始まりました。
 私は内科医で、研究者です。ですから今日は、この病気を知ると戦い方がわかるというお話をします。
 本当は摂食障害は、戦うというより一緒に過ごして、徐々にさよならしていく病気です。発病理由がなぜなのか、本人もわかりません。
 科学的な側面から言うと、拒食症は心身症といって心の動きが身にあらわれる病気です。
 無理の積み重ねや解決困難な問題、嫌な現実は、誰にとってもストレスですが、通常私たちは、「こんな嫌なことがあった」「上司にこんなことを言われた」と認知と感情で受け止めて適切に処理し、家へ帰れば普通にごはんを食べます。犬を蹴っ飛ばしたり、明日はこう言ってやろうなんて思ってやり過ごします。ですが、少しこぼれてしまうことがあります。すると、血圧が上がる、喘息やアトピーになる、などの症状が出ます。
 摂食障害になる人は、この感情の部分をショートカットして、すぐ症状が出ます。ダイエットしたくなる、食欲がなくなる。つまり、からだが「No!」と言っているのです。症状は無意識の本音です。診察室へ入ってくるなり、「食べられないんです」「過食しっぱなしです」などと言う患者さんには、「それは結果でしょう。何か原因になる出来事はありませんでしたか?」と質問します。だって、私たちは、「試験と体育祭でくったくた。食欲も落ちて調子悪いです。」ときちんと言えるのですから。

ストレスとコーピングスキル
 人生には、さまざまなライフイベントがあり、その時々にストレスがあります。1967年につくられた社会適応スケールでは、ストレスが点数化されています。最大のストレスは配偶者の死、次いで離婚、別居などがあり、1年の合計が、165~199点で37%、200~299点で51%、300点以上で79%の方がストレス病を発症するといわれています。
 この点数を「いいこと」で見てみましょうか。結婚が50、妊娠40、子どもが生まれて新しい家族が増えて39、仕事への再適応39、経済状況の心配37、夫との喧嘩35――全部ごく普通のことなのに、これだけで軽く200を超えます。私も、あともうひとつ来たら倒れそう、と思う時は、早く寝るようにするなど、自分で調整してストレスをいなしています。
 摂食障害になる人は、まずストレスの数が多い。さらにストレスが、その人のコーピングスキルを上回る。コーピングスキルというのは大切なキーワードで、ストレスがあった時にそれを「いなす」、あるいは「対処する力」のことです。
 私やタンポポ*の主宰の麻生洋子先生のように、年齢を重ねると、物事に優先順位をつけて、何かをやらなかったりしますが、若くてまじめな方は、私たちがスルーするようなことも、きっちりとやってしまい、キャパを超えてしまいます。病気の原因探しをするのは不毛なことで、複数の原因が重なって、コップから水があふれるように発病してしまうのだと考えられます。
 ストレスとキャパのバランス以外の因子もあります。ストレスで食の異常をきたしやすい遺伝子や、いじめられてもいじめない性格傾向、「0か100」の極端な認知のしかた、過保護・過干渉でコーピングスキルが育ちにくい今の日本の文化もあるでしょう。
 拒食症になりやすい人は、「おはよう」と言って相手が無視すると、ふつうなら「よく見えてなかったのね」ですませるところを、「あれ、私、何かしたのかな?」と、自分のせいにします。
 コーピングスキルとストレスは、病気の発症と回復の両方に影響しています。

    *NPOフリースペースタンポポは、心に問題を抱える女性のための居場所で、カウンセラーの麻生洋子氏が主催している。

やせに守られている
 摂食障害の人で、「今日は、食べて吐くぞ!」と思っている人はいません。食欲は意志で起こせるものではないからです。視床下部から出ているさまざまなホルモンや、脂肪細胞から出るレプチンなどのホルモンが増えたり減ったりすることで、食欲は調節されています。
 CRFというストレスホルモンを調べるネズミの実験で、ストレスとホルモンの関係が証明されています。拒食症の患者もCRFが高くなっており、ストレスがホルモンを動かしているので、決してわざとではありません。
 拒食症の人たちの方程式は、ただひとつ。「困ると、やせたくなる」です。でも、何に困っているか、気づいていません。やせることにはメリットがあります。嫌なことに感受性が鈍くなって、いつもなら嫌なことができるようになる。勉強を頑張れるのもそのためです。
 患者さんはみんな、「やせてる時は守られていた」、「体重が増えると、みえてきてつらい」と言います。「やせていて友人がいないのは許せるが、健康体重で友人に好かれないなら許せない」とはっきり理不尽な思い込みを述べる患者さんもいます。やせていれば、学校へ行かなくてもOK。失敗してもOK。自分への言い訳があります。 やせはまた、「食べてあげない」などと、脅迫にも使えます。
 拒食症になるとおかしな行動が出ることは、アメリカのミネソタスタディ*など、有名な実験でも証明されていますが、すべて飢餓が原因です。

    *ミネソタスタディ 第2次世界大戦中のアメリカで行われた25週間の飢餓実験で、食への異常なこだわりや、過食などの、拒食症に酷似した現象がみられた。

思春期と月経と骨
 脳の視床下部というところには、下垂体という1cmほどのさくらんぼのような器官があり、さまざまな大切なホルモンを出しています。この下垂体が一番大きいのが思春期の女の子です。思春期は身長のスパートがある成長期で、半年遅れて体重のスパートが出ます。骨のカルシウムもピークです。この時期に体脂肪も増え、20%以上で月経が来て22%で排卵があります。生理が止まるのは標準体重の77.7%を切った時ですが、標準体重の90%まで戻さなければ再来しません。
 IGF-I(insulin-like growth factor-I)という骨をつくるホルモンは、体重と正相関しています。また、IFGと女性ホルモンの両方が低いと、骨粗鬆症になります。拒食症の人の半分は、骨密度が低下しており、下がりすぎると戻りにくくなります。

過食と自己嘔吐
 過食傾向のある患者さんに、「いくらぐらい使います?」と尋ねて「一回一万円ぐらい」と聞くと、そんなに悲しみは深いのかと思います。ただ、心が満たされたいのに、食物で心を満たそうと違ったことをしているので、いつまでたっても終わらないのです。
 やせてる段階では、飢餓になるので食べたいホルモン全開です。トイレが我慢できないのと同じです。飢餓の反動は過食で、「食べてる時、どうですか?」と聞くと、「食べてると快感」とみんな言います。でも、食べた後、やせていなきゃいけないことを思い出して、下剤や嘔吐で食べたものを出します。吐いてる時も爽快感があり、頭も楽です。ただ、悪循環で慢性化します。
 飢餓とストレスが二本立てなのはしかたないにせよ、嘔吐では大量の水分が失われます。私たちの体内で分泌される消化液の量は、唾液が1日1リットル、胃液が2リットル、膵液が700cc、胆汁500ccです。これらの水がリサイクルされて回っているのですが、吐くとこの水が失われ脱水になるとともに、体内のナトリウムとカリウムが不足すると、イレウス(腸閉塞)や不整脈、腎不全などの原因となります。吐いたあとは必ずポカリスエットや大塚OS-1という飲料水などを利用して、脱水と低カリウム血症を自分で予防するくらいの対処は必須です。
 下剤の錠数と効果は比例するという思いこみもまちがいで、かえって効果が落ちる上に、腸の内壁を内視鏡でのぞくと、ただれて血だらけになっています。下痢でまた水分とカリウムが失われます。下剤乱用は、ぽん、とやめても意外と平気で、ちゃんとお通じがあります。
 拒食でハイになるのと逆バージョンで、過食はうつとセットです。無気力でドタキャンしたりと大変つらい時期ですが、私は過食期を、お金と時間を使わないで体重を増やすことができるチャンスと捉えて、上手に活用するとよいと思います。

いろんな治り方でいい 
 本人もご家族も、摂食障害が治るとは、体重も月経も回復して、社会でフルタイムできちんと働くこと、と思い込んでいませんか? たとえば、脳血管障害(脳溢血)では、リハビリで失われた機能をできる限り回復させて、社会復帰を図ります。発病前と同じレベルまで回復できることが一番ですが、少々、後遺症が残っても社会生活に支障がなければよいと思います。特に慢性の摂食障害は、そのような視点も必要だと私は考えています。慢性の3人の患者さんの治り方を紹介します。
 A子さん、14歳で発病、16歳、進学校の勉強の過重で悪化して入院、高校退学してサポート校と予備校から大学進学、18歳で体重と月経は回復しました。この段階で、一般には治癒です。でも、本当の治療はこれからです。適切な距離を持った人間関係が苦手です。嫌いな友人の誘いを断れず、いつも周囲に気を遣い、無理をしては、自宅で過食や家庭内暴力に及びます。カウンセリングを続けながら、「誰からも好かれなければならない」という人間関係における間違った思い込みを修正したり、上手な断り方の練習をしました。
 22歳、就職活動で「社会性がない」ことを指摘され、過食は悪化しました。常勤社員として就職することに不安を感じ、自ら派遣社員を選び、自分に合った柔軟性のある職場で働いています。この時期に、過食などの問題行動は修まりました。これが治癒と考えています。本人の「まあいいか」と思える心身の状態に至るのに10年かかっています。ただし、なかなか治らない10年ではなく、成長の10年です。
 B美さん、16歳のとき家庭内葛藤のしわ寄せがあるときに発病しました。18歳、大学進学とともに一人暮らし、アルバイトやサークル活動で活躍し、やせが悪化して入院しました。20歳、体重と月経は回復しましたが、ストレスが多いと過食嘔吐しました。就職しましたが上司と合わず、転職して落ち着いています。現在、過食嘔吐は週1~2回、1回15分程度です。誰にもわからず済ませます。どうしてもストレスがたまると、それで解消しています、私はこれも治り方の一つと思っています。週に1~2回、新橋あたりで飲酒して酩酊しているお父さんよりましです。過食嘔吐は絶対しない、なんて固く思わず、しなやかな悪友との付き合い方もあります。
 C江さん、中学校からいじめがきっかけで不登校です。18歳で発病し、21歳で体重と月経が回復しました。ただ、対人恐怖のため他人に会うことには抵抗を感じていますが、家事手伝いをしています。外出できないことが本人と家族の悩みですが、摂食障害は回復しているといえます。個々の患者さんの環境と実力にあった治り方があることを認識することが必要です。
 現実的には、治療のためにはまず体重を戻す必要があります。その次が本題である思春期の問題に取り組みます。たとえば、笑ってNoが言えるようにコーピングスキルを鍛えます。
 回復には、治したい気持ちになること、やせに逃げ込む当面の問題を改善すること、安心できる環境を整えることが大切で、少しずつ小さな目標を積み上げていきます。そして大切なのが、がんばらないこと。がんばりすぎて起きてしまった病気なのですから。
 また、縦軸に体重、横軸をコーピングスキルにしてグラフをつくり、自分がどの辺にいるのか、立ち位置をちゃんと認識してもらいます。
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 その位置によって回復の課題も変わります。厚労省では、何キロあれば何ができるといった体重のめやすを定めています。

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 回復の途上では嫌なことも起きますが、人それぞれ性格や環境に合わせて、上司に怒られたらどうするかなど、劇までやって練習して、コーピングスキルを養っていくこと、タフにしなやかに生きていく知恵をつけることが、この病気の到達地点だと思います。