フードファディズムと健康教育――メディアに惑わされない食生活

群馬大学・高橋久仁子教授

 「健康教育のスキルを磨く」をテーマに開催された第17回健康教育学会において、6月21日、身近な「食」情報の解釈に求められるポイントを短時間で聴き手に理解させた特別講演がある。演者は群馬大学・高橋久仁子教授、危険な食情報とメディアリテラシーの必要性について、十年あまり前から警鐘を鳴らしてきた人物である。
 この日の話は、われわれがごく普通に摂るべき食材を映したスライドで始まった。平均的な人が一日に食べる主食、副食などの材料となる米、野菜や肉、魚などを、その量とともに具体的に示すというシンプルなプレゼンテーションは、食事バランスガイドが作成された背景にも通じる。
 どの食材をどれだけ、どのような料理にして食べれば、自分が必要な栄養素を摂取できるかに関する理解欠如から種々の問題が生じている。下記に高橋教授の講演を抜粋・再録した。

食情報とフードファディズム
 世の中には、食品に対する期待や願望を与えるようなたくさんの情報が溢れています。情報提供のスタイルは発信源によって異なり、食品業界は我田引水で「これを食べるとからだに良い」と宣伝し、健康食品業界は効能と脅しの両面から「健康は健康食品で買えるのだ」と誘いをかけます。
 雑誌や書籍、テレビなどのマスメディアに至っては、効果のみを強調することによって、特定の食品が店頭から一掃されてしまうなどの社会現象まで引き起こしています。根拠となる論文があっても、引用のしかたによっては事実がねじ曲げられて伝えられてしまうのです。
 「フード・ファディズムFood Faddism」とは、ありえないことをあるかのように言う針小棒大な情報や、科学的知見の拡大解釈あるいは科学的根拠のない神話のような情報に、受け手である消費者が踊らされ、食や栄養に対して抱く過大な期待や幻想のことです。昨年はじめの「納豆騒動」は、その代表的なものでした。
 私は、1991年に"Nutrition & Behavior"という本の中でフード・ファディズムという考え方に出会いました。世の中には変な情報があるものだなあ、と感じ始めていた時で1994年にこの本を翻訳出版しました。痩身用食品で死者まで出る現代日本に、フード・ファディズムはすでに蔓延しています。
 「やせるためには死んでもいいの? 変なものには手を出すな」ですが、変なものかどうか、どうしたら見分けられるかお話したいと思います。

量を無視した影響、期待と不安の煽動
 フード・ファディズムにはいくつかのパターンがあります。まず、ある食品の影響を、量を無視して語るというもの。すなわち、食品AはBを含む。BはCをもたらす。だから食品Aを食べれば作用Cがもたらされるという論理です。
 例えば、「タマネギは血糖値を下げる物質を含む。」という研究があってもタマネギを食べて血糖値を下げるには、体重50kgの人の場合、50kgのタマネギを食べなければならない。同様に、「ニガウリ乾燥粉末を飼料に10%添加して糖尿病ラットに食べさせたところ5週間で血糖値が30%低下した」という事実をヒトに当てはめると、体重50kgの人では9.5kgの生のニガウリを5週間食べ続けることに相当するのです。
 このような量を無視した食品影響の一般化は、よく行われていますので、注意しなければなりません。
 もうひとつは、食品に対する期待と不安の煽動パターンです。「よい食品/悪い食品」を単純に二分し、「これさえ食べればすべて解決」と、ある食品をマジック・フードか万能薬のように崇めたり、逆に「摂ってはならないもの」として砂糖や塩や脂肪を目の敵にするような態度を生みます。どういう状態でそれを摂取するかは、考えられていません。
 牛乳や乳製品を巡る議論には、この両方があり、「ヨーグルトを食べれば健康万全」「低温殺菌牛乳こそ本物」「牛乳より豆乳がヘルシー」などの説があります。ヨーグルトは食品のひとつであり、牛乳の加熱処理温度は栄養と無関係、そして牛乳と豆乳は似て非なる食品だということが事実です。
 れっきとした医師が、「牛乳の飲み過ぎで骨粗鬆症になる」とか「学校給食の牛乳でアレルギー急増」などと書いた本がベストセラーになるという現象は、嘆かわしいことです。
 また日本には、「健康食品」の定義はなく、栄養補助食品、健康補助食品、サプリメントなどの呼び名があり、「いわゆる健康食品」と呼ばれています。「健康食品」は、医薬品成分を含有することも、有害物質を含有する場合もあります。また、含有物質が一般的な食品成分でも病態によっては有害になったり、抽出・濃縮によって大量摂取すると危険な場合もあります。

行間を読まされる消費者
 「1粒に18種類の野菜を凝縮」と宣伝されている製品の成分表示は、1粒ににんじん60mg 、タマネギ39.3mgなどとなっています。野菜をミリグラムで表示すること自体あまりにも変ですが、1日の目安5粒は生の野菜22gにしか相当しません。ミニトマト約2個分です。これで野菜を食べたつもりになられては困るのです。
 それ以前に、野菜を食べることは、もっといろいろな意味を持っています。ビタミン、ミネラル、食物繊維を摂ることはもちろん、食事のカサを増して量的満足を得ること、味や香り、歯ざわり、季節感を楽しむなどのことは、実際に野菜を食べてはじめて得られるものです。
 食品メーカーの宣伝文句は、きわめて巧妙です。例えば、「燃焼系」と書いてあるだけで、何となく「それを飲んで運動すれば体脂肪を燃やす」と読めてしまう。メーカーに「燃焼系」の意味を尋ねたら、「日常生活を完全燃焼していただきたい」との答えで、「体脂肪を燃やす」などとは絶対に言いません。
 国語教育では行間を読む教育を受けてきました。そのため書かれていない宣伝文言の行間を、私たちは無意識に読んでしまっているのです。
 例えば、こんな宣伝文言は、いかにも「いいことありそう」です。
――塩分脂肪は、さようなら(さようならできるとはどこにも書いていない)
――カルシウム、食物繊維は補給(できるとはひとことも言っていない)
――ダイエットのおともに(すればよいことがあるとは言っていない)
 さらに、「カロリーオフ」と書いてあると、つい手にとってしまう。
 栄養成分表示基準では、食品100gあたり40kcal未満または飲料品100mlあたり20kcal以下の場合を「カロリーオフ」としてよいことになっているので、決してカロリーゼロではありません。ちなみに、食品100gあたり5kcal未満は、カロリーゼロと表示されることが許されています。
 現代消費社会の情報提供は複雑化しており、私は「読んではいけない宣伝文言の行間、読むべきは栄養表示」と言っています。栄養成分表示の充実こそが大切で、アーモンドチョコレートのカロリーも、およその一粒量を表示してほしいと思います。

食に過大な期待をしない
 現代日本の社会条件としては、見せかけだけにしても過剰な食糧供給、強迫的な健康志向がある一方で、生産・流通経路への漠然とした不安や不信があります。情報は過剰に提供されていますが、それらを批判的に読み解いて真偽を判断するメディアリテラシーが欠如しています。「行間を読まない教育も必要」だと、声を大にして申し上げる所以です。
 日本人の食生活が欧米化したと言われますが、脂肪摂取比率を見る限りでは、そうとは言えません。穀類摂取は低下していても、魚離れもとくにしていません。
 むしろ自分の適正体重やBMIを知らない人が意外に多いこと、肥満者の増加以上にやせの人が増加しているということが見過ごされているのは問題です。
 健康の維持増進には、栄養と休養と運動の三つのバランスが不可欠です。栄養だけで休養と運動の手抜きを補えるか――答えは「否」です。
 「食さえよくすれば健康問題がすべて解決する」という考え方は、フード・ファディズムであり、食だけに過大な期待をしても限界があります。
 大切なのは、「適切に食べる」ということがどういうことかを、具体的に理解することです。五大栄養素を適切に摂取するために、穀類、肉・魚類、乳・乳製品、卵、豆・豆製品、果物を適度な量で、野菜や海草、キノコ類を豊富に食べる、という言い方もできます。何をどれくらい、どう食べればよいかという「ものさし」を自分でもつことが必要です。
 健康教育の一環としての食の教育は、食品の機能性に過剰に注目することなく、「何をどれだけ」を自分で判断して、「そこそこの健康、ほどほどの食生活」を手に入れることを可能にするものであってほしいと思います。