日本栄養・食糧学会が 「特定健診・保健指導の現状と今後」でシンポジウム

「健診項目の選択は保険者の裁量」──尼崎保健師の野口緑氏語る

「健診の目的は早期介入」:プロたちの証言
 女子栄養大学で開催された日本栄養・食糧学会(女子栄養大学・岡崎光子会頭)において、五月三日、「特定健診・保健指導の現状と今後」と題するシンポジウムがもたれた。
 はじめに、座長の津田謹輔氏(京都大学)がメタボリックシンドロームの定義を再整理したのち、厚労省健康局生活習慣病対策室の常賀由子氏はじめ、予防医学や保健指導に従事する現場の専門職五名が貴重な報告を行った。
 常賀氏は、「保健事業の成果を高めるひとつの方策として、メタボリックシンドロームの概念を導入し、健診と指導を義務づけた。生活習慣病を川のイメージで捉えると、症状が下流に行く(重篤化する)前の段階で食い止めなければならない。厚労省のホームページにあるエクササイズガイド、食事バランスガイド、禁煙支援マニュアルをはじめとしたさまざまな学習ツールも是非活用してほしい」と語った。
 続く日本赤十字社熊本健康管理センターの小山和作氏は、今回の取り組みを、過去の健康作り政策の失敗に鑑みた予防医学への期待と捉え、「医療費抑制という明確なアウトカムを目指して、病気探しではなく、保健指導のために健診を行うことに意義がある。セルフケアのノウハウをつかむのは個人。今度こそ成功させたい」と力をこめた。
 野村病院予防医学センターの高橋英孝氏は、効果的な保健指導には人材の育成が不可欠として、人間ドック学会が精力的に取り組んでいる人間ドックアドバイザーと人間ドック食生活アドバイザーの認定状況等の現状を紹介した。
 神奈川県秦野保健福祉事務所ほか日本栄養士会の要職を務める迫和子氏は、21世紀の管理栄養士の役割を栄養ケアマネジメントであると明快に整理した上で、成果を上げるための保健指導には技術の標準化・統一化が不可欠と述べた。栄養ケアマネジメントの拠点となる栄養ケアステーションの全国都道府県への整備と、人材育成など、日本栄養士会の積極的な取り組みも紹介した。

尼崎はなぜ成果を上げられたのか
 兵庫県尼崎市の保健師である野口緑氏が行った報告は、とくに衆目を集めた。かつて尼崎では、職員の現職死亡が年平均12人、長期療養を必要とする休職者は年平均50人を数える「不健康」組織であった。これに対して生活習慣改善に向けた保健指導を積極的に取り入れ、職員の心疾患による死亡をゼロにした取り組みは全国的に有名である。以下に、野口氏の発表を抜粋再録した。

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 尼崎市では、2000年から市役所職員の健康管理を行ってきました。
 それには、57歳で倒れたある男性の事例を「予防しそこねた」経験が大きなきっかけとなっています。脳梗塞や心筋梗塞は、一足飛びに死に至るわけではありません。15年から20年という年月を経て発症します。明らかな異常が発見されるまでにも、必ず予兆があります。いつの時点でその人をどう予防することができただろうと考えると、健診受診者に、脳梗塞や心筋梗塞が一定の経過を経て発症するという疾病のメカニズムを理解してもらうことが重要であるという結論に至りました。
 男性については、2003年から4500人について腹囲測定を開始した結果、メタボリックシンドロームの該当者が2003年には20.8%、2004年は17.2%、2005年は14.4%と着実に減少させることに成功し、対策実施前に5名であった虚血性心疾患による死亡数を、5名から0名にすることができ、循環器疾患による休職者も大幅に減少しました。これは同時に、医療費削減という成果でもありました。

 医療保険者の立場からみた大目標は、医療費の適正化です。まず、国保加入者18万人の中で、特定健診の対象者は10万人でした。1年間でレセプトが1枚で200万円以上になっているものを拾い出すと、多くが血管系の病気であることがわかりました。平均単価の高い疾患です。
 一方、人工透析患者の状況は、昭和43年(1962年)から、年間に100人ずつ増加していました。それらの人の平均レセプトが550万円なので、100人分では年間5億5千万円の医療費増という計算になります。全部が予防できないにせよ、糖尿病によるものが40%としても、2~3億円という多額の医療費です。これを市民に還元するためには、予防に力を入れるしかありません。
 特定健診・保健指導では、受診率65%、保健指導実施率45%の実現により、メタボリックシンドロームとその予備軍10%減が目標に掲げられています。
 尼崎では、国の平均よりメタボリックシンドローム該当男性が多く、年齢とともに、太っていないのに内臓脂肪過多の人が増える傾向がありました。これらの人に対して保健指導を行った結果、6ヵ月で8割に改善がみられました。

 行動変容のために、「血圧が高いので、ラーメンの汁は残しましょう」とか「血糖が高いので腹八分」などと言ったところで、「どこが八分かわからん」という反応です。「このデータでは9割の人が倒れる」と言っても、「俺は残りの1割や」とすましている男性に、知識や指示、因果関係などを説明しても、自分のからだの状態を理解してくれるところまでいきません。
 つまり、保健指導は、「自分の問題として気づかせる」ことに大きな意味があるということです。これに気付いて私たちは、本人が自分で選択できるような形での情報提供に努めました。
 今回のメタボリックの概念導入の最大の功績は、肥満・内臓脂肪という共通の根っこから、高血圧、高血糖、脂質異常などが生えているようなイメージ、つまり「疾病の根はつながっている」ということを明らかにしたことです。
 保健指導は、個々の対象者について経年表(下図)を作成して、
 ○体重が変化した(増加した)のはいつ?
 ○その時、ほかのデータはどうだったか?
 ○その時、生活状況はどうだったか?
を対象者本人が自分で気づくことができる形で情報提供することから始めました。

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 自分の今の状況で、どこまでが有所見か、最終的に何にたどりついてしまうのか、その数値は、他のどの検査データとつながっているのかがわかると、「そうか! 俺は、やせたらええんやな!」と、本人自身が行動変容を起こしはじめます。
 それと併行して、行動変容の助けになるような客観的な情報、たとえば、「アルコールの種類とアルコール量の表」や「ビールジョッキ一杯にスティック5本分の砂糖と同じ糖分が入っている」などを伝え、これまで繰り返していた生活習慣について具体的に考えてもらうきっかけとします。

 もうひとつ、LDLやCKDなど、これまで除外項目とされてきたものについても、尼崎では、漏らさずチェックしていました。健診項目のどれをチェックするかは、保険者の裁量です。尿蛋白が出ていなくても腎機能障害の人もおり、そのあたりに検査値のむずかしさがあるといえます。
 今回のメタボプロジェクトでは、内臓脂肪蓄積のあるマルチプルリスク者に対する積極的指導となっていますが、はずれた人を放置するのか、といえば、尼崎では、やはり、それはやめようというのが取り組みの基本的な姿勢です。内臓脂肪がないとはいえ、血圧240mmHgの人を放っておくことはできません。検査値ごとに、丁寧に問題のある人を抽出し、保健指導を行ったことが、効果を上げたのだと思います。ヘモグロビンA1cでも、健診データとレセプトの突合は、未治療者の掘り起こしにつながります。健診データをどう見て、指導にもちこむかには、特に神経を使っています。
 「費用も人手もかかるのに、なぜ保健師がそこまでのデータを出せるのか」と聞かれることもあります。データは、市の財政担当者に市民の健康状態の実情を認識してもらうための重要なツールであると認識しています。たくさんあるデータの中から、とくに重要だと思われるものについて、問題が見えやすい形に加工することで、今のままの状態を放置すると、市の社会保障制度が堅持できないと納得してもらい、事業の妥当性を示して予算をつけていただきました。まさにデータの力です。
 病態レベルに至っている人を丁寧に保健指導し改善するには、管理栄養士の協力が不可欠です。メタボ対策、これからの予防のキーワードは「連携」です。ひとつの職種ではなく複数の専門職が共同して、分業するのではなく、実態をもとに、みんなで話し合う体制が、健康レベル向上をもたらすと考えます。

※図は、尼崎市国民健康保険特定健康診査等実施計画 P34
(平成20年4月、尼崎国保年金課)より許可を得て転載